「目褪め/目醒め」(2011/02/17 (木) 23:35:22) の最新版変更点
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*目褪め/目醒め ◆4etfPW5xU6
友達。戦友。仲間。友人。親友。
各々表現は違えど、どれも“友”を示す言葉だ。
とある娯楽番組で司会者が語っていたが、人――特に多感な中高生の時期は必要以上に自分と仲間とそれ以外の区別をつけたがる傾向があるらしい。
区別と言われてみれば聞こえが悪いが、幸いにして多感らしい時期の高校生活を送っている自分に当て嵌めて考えてみよう。
登校の最中に谷口や国木田と遭遇し、一緒に学校へ向かう。
そしてそのまま教室へ向かい邪魔な荷物を机に置いて雑談タイム。
昼休みもまた、あいつらと馬鹿な会話をしながら昼食。
面倒な授業を終え放課後になれば――ハルヒと、SOS団のメンバーといつもの馬鹿騒ぎ。
平日だけでなく休日も、結局はいつものメンバーで集まっている。
軽く思い返してみるだけでも、こうして一つの“グループ”が出来上がっている。
勿論、自分だけで無く他の友人たちもきっとこんなモノなのだろう。
毎日変わらない学校生活でいつもの友人と談笑しそれぞれがそれぞれで固まっている。
特に示し合わせたわけでもないし、違う友人と話さないわけでもないが、基本的には同じメンバーだ。
これらも一種のグループ分け、区別と呼ばれる行為になるのだろう。
よくよく考えても見ればそうだ。
大衆向けのドラマや漫画などで表現される普通の学校の教室に蔓延する所謂虐めと呼ばれる行為も、自分と違う存在を拒絶しようとする動きがエスカレートしていくものが多い。
こんなのは誰が教えたわけでもない。
幼少から成長する度本能的に刻み込まれてきた人間として当然の感情なのだろう。
……その行為の善悪は置いておくとして、だが。
友を信頼し、素直な意味で好意を抱く。
それは、多少の例外は有れどもどんな人間にも標準的に備わっている資質であり、今更語るべくも無いことだろう。
友人と遊べば楽しいし、喧嘩をすれば悲しい。
だから、だから。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
こんなにも胸が痛くなるんだろう。
+ + +
あぁ……痛い。頭が割れるように痛いんだ。
酔いから醒めたであろう頭の中は妙にクリアだってのに、一体全体何なんだよこの痛みは。
ズキン、ズキン、ズキン、ズキンと。
俺の罪を責め立てるように、罪を数えるように、さっきから一歩進む度に酷く頭が痛む。
ははっ……これがハルヒやあの子供の、ナーガのおっさんの怨嗟の声なのだろうか。
嘔吐や鼻水、体液を吐き出しただけじゃ物足りないってか?
……当たり前だ、“死”の苦しみはきっとこんなもんじゃない。
死んだ人間には何も残らない。
想いも、言葉も、何も残らず、命の重さまでも加害者へと降り注ぎ零へ還る。
そんな、そんな忌まわしいことをしちまった俺に、あまつさえその重さを背負うことすら出来ずに体液として吐き出した俺に、甘ったれるなとでも言っているのだろう。
疲労から、ともすれば動きを止めたがる両足に対し懸命に命令を送り、怨嗟の声になって鳴り響く頭痛に耐えながらふらふらと、幽鬼の如く歩みを進める。
……悪かったさ。悪かったと思ってるさ。
人を殺すのは悪いことだし、俺がしたことは許されることじゃあない。
でも仕方が無かったんだよ!ハルヒを――仲間を救いたかった!死にたくなかった!!
本当に、たったそれだけだったんだよ。
俺が生きていたところで意味なんかなくたって、生きる理由すらなくたって。
死にたくない、救われたい。平和な世界から来た極々普通の一般人がそんなことを考えて何が悪い!?
何も残らないなんて、誰だって嫌に決まってる。
ましてこんな場所で、誰かに殺されて自分が終わるなんて死んでも……いや、みっともなく生にしがみついたって嫌だ。
だから俺は、俺は――
意味もなく、誰へともなく稚拙な言い訳を繰り返す。
……いや、自分でもわかってるさ。
これは全部、俺が殺した奴らに対しての言い訳だ。
反論もない、自分を責めることで自分を正当化しようとしてる只の言い訳だよ。
責めながらも、自分は悪くないって辺りが殺人者らしくて見事な屑っぷりだよなぁ。
俺に相応しくて、相応しすぎる言い訳だよ……まったく。
「うげ……うげぇぇぇぇぇぇ……」
自虐的に感情がぶり返すと同時、どうしようもなく“死”を意識してしまい胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じる。
またか。
今更歩みを止めることすらしようとせず、勢いのままに吐瀉物を吐き出す。
当然、服からズボンにかけて更なる吐き気を催す悪臭を放つ体液が降り注ぐのだが、もうどうだって構わないさ。
既に服中嘔吐まみれでぐしゃぐしゃなんだ。何を気にする必要がある。
この体液があいつらの重みだろうが、何だろうがもう知ったことじゃない。
俺には重過ぎるんだよ……人の命の重さなんか、背負えないんだよ。
許してくれなんざ言わないさ。だから、そっとしておいてくれ。
意味もなく、意思もなく、俺は生きていくんだからな……。
ぶり返した感情がまた醒めきっていくのがわかる。
もしかしたら、これが所謂二日酔いってヤツなのだろうか?
だとしたら、缶ビールたったの一本でこの威力とはそら恐ろしいこった。
「痛ぇ……痛ぇよぉぉ……っ」
痛い。嫌だ。もう歩きたくない。
鼻を突く臭いに、頭痛が更に酷くなっていく気がする。
感情が、またぶり返す。
支離滅裂な思考は、纏まる気配すら見えない。
靄が掛かったように、視界が狭まる。
だが、歩みを止めることはない。
まるで鮪のように、歩くのを止めてしまったら死んでしまうかと思っているかのように。
己の思考に不安を煽られ、恐怖と疲労に全身を震わせながら。
それでもズリズリと足を引き摺り、歩みを進めていく。
「う…うぅぅ……」
足元に伝う吐瀉物が不快だ。
嘔吐感がみるみる増していく。いっそまた嘔吐してやろうか。
などと不明瞭な思考を掻き消すように、頭の中に言葉が鳴り響く。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
あぁ……まただ。またあの時の言葉が頭の中を反響し、残響する。
――"彼"が!? ハッ、まさか。あの"彼"が、そんな感情を抱くはずがないでしょう!
わかってるさ。古泉が俺を裏切ったんじゃない。
俺が、古泉を裏切ったんだ。
それより今はこの不快感を何とかしてくれ。
――"彼"はノーヴェさん以上に唾棄すべき存在なんですよ!
あぁ……そうさ、俺が醜く足掻いてることくらい自覚している。
それでも、生きていたいんだ。死にたくないんだ。
お前だってこの気持ちがわからないわけじゃないだろ?
――ノーヴェさんとは違い、自分から魔道に堕ちた!
そうだよ。全部、全部俺自身の意思であいつらを殺したんだ。
生きたから、死にたくないから。
今更お前に言われなくともわかってるんだ。わかってるから……。
――俺も"彼"を……あの悪魔を殺すためなら、阿修羅になると覚悟させるほどに、見苦しく!あざとく!狡く!
もう止めてくれ!
古泉にも、朝比奈さんにも、お前たちには関わらないから……俺にはハルヒだけだから。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
SOS団に、もう俺の居場所はない。
古泉の悪評を広め、雨蜘蛛のおっさんに朝比奈さんの殺害を依頼した俺が、どんな顔をしてあいつらの仲間だと言える?
そんなもん無理に決まってる。そんな当たり前なことは重々承知しているさ。
だから、俺にはもうハルヒしかいないんだ。
俺を救ってくれるのはハルヒだけ。俺の居場所はハルヒだけ。俺の全てはハルヒだ。
それでいい。それが俺の選んだ道なんだよ。
大体、だ。元から古泉の奴は好きになれなかったのだ。
胡散臭い笑顔に胡散臭い態度。
初対面の相手に超能力がどうこうだの、ハルヒが神だの意味のわからんことを述べ始めるしだな。
普通は信じないぞ? ……事実、俺も信じてなかったしな。
毎度毎度、肝心なところは俺に押し付けてきやがるのも気に食わない。
俺を過大評価して、自分を過小評価して、勘違いも甚だしいんだよ。
そんな、根拠も確証もない曖昧な評価で面倒事に巻き込まれるこっちはたまったもんじゃない。
ハルヒに対するあの妄信的、狂信的な態度もそうだ。
影であれ程動いてるくせにそんなこと微塵も表に出さず従順に従って、従って、従って。
お前がそんなに甘やかすから、ハルヒがまた調子に乗って、俺が迷惑するんだ。
まぁ……楽しくないこともないがな。
長門もそうだ。
元はと言えばあいつが宇宙人だの何だの言い始めたところからおかしくなり始めたんだ。
朝倉には殺されかけるし、巨大カマドウマには襲われるし。
融通が利かないわ、ハルヒを止めてくれないわ。
最近、少しずつ扱いがわかってきたとは言え本当に困った奴だよ。
そう言えば、無表情の中に、少しずつ表情があることを他の奴らは気づいているんだろうか?
朝比奈さんは言わずもがな、だな。
あの愛くるしい仕種、可愛らしい声、アンバランスな特盛。
全てが完璧過ぎる、まるで天使のようなお人だ。
ハルヒの傍若無人な態度にも逃げ出さず従って……性格も完璧過ぎる。
そして時折見せる大人びた態度。あぁ……なんて素敵なんだ。
「古泉……長門……朝比奈さん……」
走馬灯のように、あの時の思い出が脳内を駆け巡る。
もう忘れたってのに、今更仲間だなんて言えないこともわかってるのに。
なのに何で? 何でこんなにも苦しいんだよ!?
俺には……俺にはもうハルヒしかいないんだ。それでいい筈なんだ。
「う……っ……うぅ……っ」
それなのに、それなのに――
――何だってこんなにも涙と鼻水が止まらないんだよ。
「ひぐっ……ぐぅ……げほっげほっ……!」
もう、無理だ。
繋ぎ止めていた気力が音をたてて霧散していくのがわかる。
目と鼻から止めどなく体液を垂らしながら、ぐしゃりと崩れ落ちるようにしてその場に倒れこむ。
疲労感漂う全身が急速に安堵の息を漏らしもう歩けないとばかり脱力していく。
服から垂れてきていたのだろうか、吐瀉物の残滓が土の味と混ざり口内に入り込んで不快感を掻き立てるがもうどうでもいい。
何事かを喚いている恐ろしい同行者の存在も思考の隅へ追いやり、そのままゴロンと寝転ぶ。
何だ……星の浮かばない静寂の支配する夜空も、中々どうしていいものじゃないか。
死にたくない。殺されたくない、生きていたい。
でも、それ以上に……あの日だまりのような日常に帰りたいんだ。
「はっ……今更、何を言ってんだよ俺は……」
思わず言葉が零れ落ちる。
あまりのご都合主義染みた思考回路に笑いすらおきない。
あれだけの事をしておいて、今更帰りたいだなんて虫が良すぎる話だ。
今時、そんな展開少年漫画でもやりはしないだろうさ。
どれだけ泣こうと、喚こうと、俺が奪っちまった命は帰ってこない。
そんな甘ったるくて最高に素敵な展開は、この舞台じゃ有り得ない。
「わかってる。わかっちゃいるんだがなぁ」
今までハルヒや長門を見てきたからだろうか。
どうやら俺は、この期に及んで自分の望む最高の展開を諦めきれないらしい。
靄が掛かり不明瞭だった思考が少しずつクリアになっていくのがわかる。
どうすればいい? どうすればあの日常に戻ることができる?
俺にできることなら何だってやるさ、どんな手段を使ってでもあの日常に帰ってみせる。
だから教えてくれ。俺は一体どうすりゃいいんだ?
「なんて……結局は堂々巡りじゃねぇか。殺した奴の重さすら背負えない俺が、何をするんだっての」
何をどう足掻こうともあの日常には帰れない。
それを理解して、理解して、理解しても尚……諦めきれなかった。
急速にクリアになった思考に、急速に靄が掛かり始める。
「どうして……こうなっちまったんだよ」
何度目だろうな。無意味な言葉がまたしても口をつく。
なんで? もどうして? も意味はないんだ。
生きたい。死にたくない。ハルヒに会いたい。
今の俺にはそれだけしか残っちゃいない。
……なんだ、結局のところは単純じゃないか。
SOS団も、スバルも、他の奴も知らん。
俺は、ハルヒの為だけに生きる。
だからハルヒ――俺を助けてくれよな?
そうだ……こんなところで休んでる暇はないんだよ。
早く、立たないと――
+ + +
将軍の所に連れて行く価値も無い。
結局、ノーヴェが出した結論はそれだった。
逃げたしたかと思えば、ふらふらと死にそうな足取りをした戻ってきたキョンはやけに素直だった。
相変わらず足取りは覚束ないものの、木材を杖に自らの足で歩いている。
目の前の相手に対する殺意と悪魔将軍への恐怖を押し止め、取り敢えず将軍の元へ連れて行こうと歩き始めてから約数十分。
自分自身の行動や感情の変化に戸惑いつつあったが、悪魔将軍の命に逆らうわけにもいかないと言い聞かせモールへと向かう。
喋ってしまえば感情が爆発してしまいそうで怖いのだろうか、表層は無関心を装いながらもさり気無く背後に意識を向けながら山道を共にしていた。
(あたしは……一体何なんだ?)
木材を杖にしながら亀のような足取りで後ろを付いてはくるのだが、突然嘔吐し突然めそめそと泣き出すキョンに気を配るのもいい加減苛立ちに限界が来ていたのか、いつの間にやら意識を内に向け自問自答を繰り返す。
甘さは、捨てた筈だった。
今度こそ悪魔将軍に認めてもらうつもりだった。
でも結局は、できなかった。
悪魔将軍の命令に逆らうのが怖かったのだ。
これじゃあまるで、悪魔将軍の犬じゃないか。
あの時も、あの時も、あの時も……結局最後の最後で甘さを、弱さを捨てきれず将軍の期待を損なった。
今回もまた、同じことの繰り返し。
ガイバーにもなれない、意識がはっきりしているかすらわからない只の人間が将軍の期待に応えられる筈が有るわけもないのに。
殺すことができなかった。
「ッ……チキショー!!!」
上手くいかない自分自身への苛立ちから傍に立つ木を力任せに殴り飛ばす。
右拳が微かに痛んだ気もするが無視。
続け様に左拳、右拳、左拳と連続で木の幹を殴り続ける。
ギシギシと体を揺らしはらはらと葉を落としながらも、木は大地に根を張り続けたままだ。
ムカつく。と溢してから何度も何度も拳を振るう。
意味などない、只ムカついたから。それだけの理由で木の幹を殴る。
苛立ちを、憎しみを、無力さを、恐怖を込めて殴る。
流石に数十発も殴られれば限界が来たのだろう。
やがて、メキメキと音を立てながら木は半ばから折れていく。
その光景を見ても、自らが作り出したそれを見てもノーヴェの心が晴れることはない。
将軍ならきっと、一発でこんな木を殴り折った筈だ。
対して自分のこの体たらくは何だ。
決して終わりの見えない悪循環。
何をしても納得がいかず自分を責め、それを紛らわす為に行う行為に更に苛立つ。
この舞台に連れて来られるまでは、殆ど感じたこともない陰鬱な感情がノーヴェの心を支配する。
強くなりたい。只ひたすらに、それを願う。
ギュオーにも、ゼクトールにも、古泉にも勝てるようになりたい。
願えば願う程、思えば思う程、理想と遠く掛け離れた自分自身の姿に苛立ちが増していく。
何かぶつけるものが欲しかった。
この鬱屈した感情を発散するために、全力をぶつけられる何かが欲しかった。
グシャリ。
と、不意に背後から崩れ落ちる音が聞こえる。
何事かとそちらへ目を向ければ、どこまでも苛立たせる相手が地面に寝転んでいた。
ブチリ、とある筈のない欠陥が千切れる音がノーヴェの脳内に響く。
「……何なんだよテメェは!さっきから愚痴愚痴と泣き言ばっかり言いやがって……。
いい加減鬱陶しいんだよ!少しはしゃきっとしやがれ!……聞いてんのかよ!!!」
「わかってる。わかっちゃいるんだがなぁ」
返事とも独白ともつかない台詞が返ってくる。
元々が気の長い性格ではない。
ノーヴェ自身自覚しているが、単純明快で簡潔な判りやすい性格をしている。
加えて、自分自身に対する形容し難い苛立ちに怒りを覚えている状況だったのだ。
その意味不明さが、支離滅裂さが、導火線についた火のようにノーヴェの激情を煽る。
燃え盛る灼熱の業火のように、抑えきれない苛立ちがノーヴェの胸を焦がす。
(ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!)
気が付けば、反射的に相手の胸倉を掴み上げていた。
しかし、相手がそれを気にする様子はない……と言うより気付いた様子すらない。
それがまた、怒りに火を付ける。
(殺してやる! こんな奴生きてたって誰の役にもたちゃしねぇ!
こいつは……こいつは只の疫病神でしかねぇよっ!!!)
「なんて……結局は堂々巡りじゃねぇか。殺した奴の重さすら背負えない俺が、何をするんだっての」
何度目かの決意を固めると同時に、ポツリと言葉が耳に入り込む。
無視しても良かった。そのまま怒りに任せて殴り飛ばしても良かった。
でも何故だか、その言葉は誤魔化しようもなくノーヴェの胸に染み渡っていく。
堂々巡り。
この一言がチクリと胸に刺さる。
そうだ。結局そうだ。
堂々巡り。いつもと同じ。怒りに任せてみても、結局はコイツを殺すことができない。
将軍の命令に逆らうわけにはいかないから、あたしは将軍の部下だから。
吐き慣れた言葉が胸中を駆け巡る。
こんなもの自分に向けた言葉で有る筈がないのに、どうしようもなく頭に響いて仕方がない。
いつの間にか、胸倉を掴む手は力なく下げられていた。
「あた、しは……違う。お前とは違う……あたしは、やれるんだっ」
自分に言い聞かせるように、小さく呟いてみる。
しかし、他の何者でもない自分自身の心がその言葉を否定していた。
もう無理だと、お前は悪魔になんてなれないと。
――所詮、お前が悪魔になるのは不可能だと。
「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う――」
「どうして……こうなっちまったんだよ」
最早相手の言葉など聞こえていない。
自分の胸に浮かぶ言葉を、両手を耳に当て必死に否定する。
嫌だ嫌だと首を振るその姿は、駄々を捏ねる子供にしか見えないと気付かずに。
己の心を保つために必死に否定する。
傍から見ればとんでもない光景だろう。
奇妙な服を着た少女が、嘔吐まみれの服を着た少年に向かって大声を張り上げている。
それはこの舞台においても奇異な光景だった。
しかし、本人たちは到って真剣そのものである。
そして。
恐怖が、怒りが、不安が、悪魔になれない少女の心の限界点を突破する。
「――あたしは……将軍の犬なんかじゃ、ないんだ…っ!」
+ + +
最後に見たのは、立ち上がろうとするキョンの姿。
次に見えたのは、悪魔のように真っ赤な肉塊の姿。
「はは……あははははははははははははははは!!!」
その光景を理解すると同時、心底からの笑いが喉を震わせる。
――あたしにも、やれるんだ。
まるで勝利を宣言するかのように高々と拳を宙に突き出す。
ドロリ、とキョンだったものが目の前に零れ落ちた。
水でも払うような軽い動作で腕を振るうと、細長く黒い糸のようなものが拳にこびりついているのがわかる。
指とそれの隙間にはピンク色の肉片が絡まり、引き千切られた血管が拳を開く邪魔をする。
強引に拳を開くと隙間から入り込んだぶよぶよとした物体が零れ落ちていく。
滴る血液を追って視線を大地へと向けると、そこには真っ赤な花が咲いていた。
悪魔の如く膂力をもって限界以上の圧力を加えられ、あらぬ方向に曲げられた腕。
半ばからへし折れたそこからは、目が眩むような赤の中に黄ばんだ白が見える。
どうやら肉が裂け、中の骨が露出しているらしい。
だらりと長く間延びしながら地面に零れ落ちた腕の残骸からはスライム状の粘液が滴り落ちている。
未だに血管がピクンピクンと脈打つ肌の裏側を見て、人体とはこんなものかと嘆息。
視線を下へとずらしてみれば、ご丁寧に両手両足をへし折っているようだ。
絵画の鑑賞でもするような気楽さで首を動かし、今度は視線を僅かに上へと向ける。
顎が引き裂かれ粉砕された歯の欠片がそこら中に散らばっていた。
舌は引き抜かれ、眼球も丁寧にくり貫かれている。
普段なら嫌悪すら抱きかねないその光景も、昂ぶった感情に支配された脳には麻薬としか作用しない。
グチュリ、グチュリと腕を動かす度に聞こえる肉片と血液が奏でる音色も今は心地いい。
湯気に混じりながら立ち込める腐臭すら今は極上の香りにすら思えてくる。
暫く肉塊を鑑賞していたノーヴェだが、それにも飽きたようにゆらりと立ち上がる。
その胸中に先ほどまでの恐怖や不安は存在しない。
代わりに存在するのは悪魔としての強烈な自負。
そう、悪魔となった自分に恐怖も不安もある筈が無い。
何度も、何度も自分は悪魔なのだと言い聞かせる。
その意味すら理解出来ずに、只、言い聞かせる。
「もう……あたしは将軍の言いなりになるだけじゃないんだ」
将軍にはキョンは使えそうにないから殺したとでも説明すればいい。
悪魔である自分が、将軍の教えを受けた自分が使えない弱者を始末したって何の問題もない。
タッグパートナーが必要なのであれば、自分がその役目を務めてみせる。
もう、足を引っ張るような真似はしない。
灼熱のマグマのように燃え盛る気持ちがノーヴェに自信を与えていく。
もうこれ以上ここにいる必要は無い。
一刻も早くモールに戻り、悪魔になった自分を将軍に見せるのだ。
善は急げとばかりに立ち上がる。
途中、鬱陶しい肉塊が纏わり付いてくるが払う必要すら感じなくなっていた。
「あばよ……お前には一応その……か、感謝してやらんこともないからな!」
不器用な、自分なりの言葉で肉塊と別れを交わし落ちていたデイバッグを広い一目散にモールに向け走り出す。
「あたしは、悪魔なんだ……悪魔なんだ」
自信に彩られた胸中に、その言葉の意味は届かない。
歪んだ少女がその意味に気付くのは、果たして――。
【E-06 森林/一日目・夜中】
【ノーヴェ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】気分昂揚、悪魔の精神、疲労(小)、ダメージ(大)、顔面にダメージ(中)、血まみれ
【持ち物】ディパック(支給品一式)、小説『k君とs君のkみそテクニック』、不明支給品0~2、 デイパック(食料半分消失、盗聴器(発信)がランタンに仕込まれている)
【思考】
0.あたしは将軍の犬じゃない!
1.誰よりも強くなりたい
2.モールに向かう。
3.ヴィヴィオは見つけたら捕まえる。
4.タイプゼロセカンドと会ったら蹴っ飛ばす。
5.ジェットエッジが欲しい。
※参加者が別の世界、また同じ世界からでも別の時間軸から集められてきた事に気付きました。
ズ……ズズ……。
悪魔となった少女が立ち去った森に、何かが引き摺られる音がする。
その何かは、一つの金属を中心に広がっていった。
見落としたのか、見逃したのか、その場に放置された血溜まりに沈む金属。
驚異的な速度で広がるソレは、やがて一つの形を産み出す。
月光に彩られ、姿を現すは穏やかな表情で目を瞑る少年。
嘔吐に塗れた制服姿で、それでも尚安らかに眠り続ける。
強殖細胞。
幾多の犠牲を生み出してきたそれは、持ち主がこんなところで逃げ出すのを認めはしない。
最早数えることが不可能な数まで肉片を刻まれようとも。
壊れたオブジェのように晒しあげられても。
一片の肉片からすら蘇る。
絶望に支配されながらも、生きたいと願う持ち主に、強殖細胞は応えていた。
悲しいかな、本人は気付いていなかったが。
戦え、戦え、戦え。
その命燃え尽きても、逃げ出すことは許さない。
只一つの為に生きると決めた少年に、安息など訪れない。
【E-06 森林/一日目・夜中】
【名前】キョン@涼宮ハルヒの憂鬱
【状態】生き延びる決意、ダメージ(中)、疲労(大)、気絶
【持ち物】木材@現実
【思考】
0:ハルヒの為に、生きる。だから助けてくれ……。
1:葦のように生きる
(2:―――死にたくない。)
【備考】
※「全てが元通りになる」という考えを捨てました。
※ハルヒは死んでも消えておらず、だから殺し合いが続いていると思っています。
※再生機能が自動で発動しましたが、以後戦闘等で本格的に使えるようになるかは後の書き手さんにお任せします。
*時系列順で読む
Back:[[名探偵スナボゲリオン]] Next:[[真実のしっぽ]]
*投下順で読む
Back:[[名探偵スナボゲリオン]] Next:[[真実のしっぽ]]
|[[ハジカレテ……ハジカレテ……]]|キョン|[[]]|
|~|ノーヴェ|[[]]|
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*目褪め/目醒め ◆4etfPW5xU6
友達。戦友。仲間。友人。親友。
各々表現は違えど、どれも“友”を示す言葉だ。
とある娯楽番組で司会者が語っていたが、人――特に多感な中高生の時期は必要以上に自分と仲間とそれ以外の区別をつけたがる傾向があるらしい。
区別と言われてみれば聞こえが悪いが、幸いにして多感らしい時期の高校生活を送っている自分に当て嵌めて考えてみよう。
登校の最中に谷口や国木田と遭遇し、一緒に学校へ向かう。
そしてそのまま教室へ向かい邪魔な荷物を机に置いて雑談タイム。
昼休みもまた、あいつらと馬鹿な会話をしながら昼食。
面倒な授業を終え放課後になれば――ハルヒと、SOS団のメンバーといつもの馬鹿騒ぎ。
平日だけでなく休日も、結局はいつものメンバーで集まっている。
軽く思い返してみるだけでも、こうして一つの“グループ”が出来上がっている。
勿論、自分だけで無く他の友人たちもきっとこんなモノなのだろう。
毎日変わらない学校生活でいつもの友人と談笑しそれぞれがそれぞれで固まっている。
特に示し合わせたわけでもないし、違う友人と話さないわけでもないが、基本的には同じメンバーだ。
これらも一種のグループ分け、区別と呼ばれる行為になるのだろう。
よくよく考えても見ればそうだ。
大衆向けのドラマや漫画などで表現される普通の学校の教室に蔓延する所謂虐めと呼ばれる行為も、自分と違う存在を拒絶しようとする動きがエスカレートしていくものが多い。
こんなのは誰が教えたわけでもない。
幼少から成長する度本能的に刻み込まれてきた人間として当然の感情なのだろう。
……その行為の善悪は置いておくとして、だが。
友を信頼し、素直な意味で好意を抱く。
それは、多少の例外は有れどもどんな人間にも標準的に備わっている資質であり、今更語るべくも無いことだろう。
友人と遊べば楽しいし、喧嘩をすれば悲しい。
だから、だから。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
こんなにも胸が痛くなるんだろう。
+ + +
あぁ……痛い。頭が割れるように痛いんだ。
酔いから醒めたであろう頭の中は妙にクリアだってのに、一体全体何なんだよこの痛みは。
ズキン、ズキン、ズキン、ズキンと。
俺の罪を責め立てるように、罪を数えるように、さっきから一歩進む度に酷く頭が痛む。
ははっ……これがハルヒやあの子供の、ナーガのおっさんの怨嗟の声なのだろうか。
嘔吐や鼻水、体液を吐き出しただけじゃ物足りないってか?
……当たり前だ、“死”の苦しみはきっとこんなもんじゃない。
死んだ人間には何も残らない。
想いも、言葉も、何も残らず、命の重さまでも加害者へと降り注ぎ零へ還る。
そんな、そんな忌まわしいことをしちまった俺に、あまつさえその重さを背負うことすら出来ずに体液として吐き出した俺に、甘ったれるなとでも言っているのだろう。
疲労から、ともすれば動きを止めたがる両足に対し懸命に命令を送り、怨嗟の声になって鳴り響く頭痛に耐えながらふらふらと、幽鬼の如く歩みを進める。
……悪かったさ。悪かったと思ってるさ。
人を殺すのは悪いことだし、俺がしたことは許されることじゃあない。
でも仕方が無かったんだよ!ハルヒを――仲間を救いたかった!死にたくなかった!!
本当に、たったそれだけだったんだよ。
俺が生きていたところで意味なんかなくたって、生きる理由すらなくたって。
死にたくない、救われたい。平和な世界から来た極々普通の一般人がそんなことを考えて何が悪い!?
何も残らないなんて、誰だって嫌に決まってる。
ましてこんな場所で、誰かに殺されて自分が終わるなんて死んでも……いや、みっともなく生にしがみついたって嫌だ。
だから俺は、俺は――
意味もなく、誰へともなく稚拙な言い訳を繰り返す。
……いや、自分でもわかってるさ。
これは全部、俺が殺した奴らに対しての言い訳だ。
反論もない、自分を責めることで自分を正当化しようとしてる只の言い訳だよ。
責めながらも、自分は悪くないって辺りが殺人者らしくて見事な屑っぷりだよなぁ。
俺に相応しくて、相応しすぎる言い訳だよ……まったく。
「うげ……うげぇぇぇぇぇぇ……」
自虐的に感情がぶり返すと同時、どうしようもなく“死”を意識してしまい胸の奥底から熱いものが込み上げてくるのを感じる。
またか。
今更歩みを止めることすらしようとせず、勢いのままに吐瀉物を吐き出す。
当然、服からズボンにかけて更なる吐き気を催す悪臭を放つ体液が降り注ぐのだが、もうどうだって構わないさ。
既に服中嘔吐まみれでぐしゃぐしゃなんだ。何を気にする必要がある。
この体液があいつらの重みだろうが、何だろうがもう知ったことじゃない。
俺には重過ぎるんだよ……人の命の重さなんか、背負えないんだよ。
許してくれなんざ言わないさ。だから、そっとしておいてくれ。
意味もなく、意思もなく、俺は生きていくんだからな……。
ぶり返した感情がまた醒めきっていくのがわかる。
もしかしたら、これが所謂二日酔いってヤツなのだろうか?
だとしたら、缶ビールたったの一本でこの威力とはそら恐ろしいこった。
「痛ぇ……痛ぇよぉぉ……っ」
痛い。嫌だ。もう歩きたくない。
鼻を突く臭いに、頭痛が更に酷くなっていく気がする。
感情が、またぶり返す。
支離滅裂な思考は、纏まる気配すら見えない。
靄が掛かったように、視界が狭まる。
だが、歩みを止めることはない。
まるで鮪のように、歩くのを止めてしまったら死んでしまうかと思っているかのように。
己の思考に不安を煽られ、恐怖と疲労に全身を震わせながら。
それでもズリズリと足を引き摺り、歩みを進めていく。
「う…うぅぅ……」
足元に伝う吐瀉物が不快だ。
嘔吐感がみるみる増していく。いっそまた嘔吐してやろうか。
などと不明瞭な思考を掻き消すように、頭の中に言葉が鳴り響く。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
あぁ……まただ。またあの時の言葉が頭の中を反響し、残響する。
――"彼"が!? ハッ、まさか。あの"彼"が、そんな感情を抱くはずがないでしょう!
わかってるさ。古泉が俺を裏切ったんじゃない。
俺が、古泉を裏切ったんだ。
それより今はこの不快感を何とかしてくれ。
――"彼"はノーヴェさん以上に唾棄すべき存在なんですよ!
あぁ……そうさ、俺が醜く足掻いてることくらい自覚している。
それでも、生きていたいんだ。死にたくないんだ。
お前だってこの気持ちがわからないわけじゃないだろ?
――ノーヴェさんとは違い、自分から魔道に堕ちた!
そうだよ。全部、全部俺自身の意思であいつらを殺したんだ。
生きたから、死にたくないから。
今更お前に言われなくともわかってるんだ。わかってるから……。
――俺も"彼"を……あの悪魔を殺すためなら、阿修羅になると覚悟させるほどに、見苦しく!あざとく!狡く!
もう止めてくれ!
古泉にも、朝比奈さんにも、お前たちには関わらないから……俺にはハルヒだけだから。
――反吐が、出そうなんですよ。"彼"を……一時でも、仲間と呼んでいたと思うとね……
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
SOS団に、もう俺の居場所はない。
古泉の悪評を広め、雨蜘蛛のおっさんに朝比奈さんの殺害を依頼した俺が、どんな顔をしてあいつらの仲間だと言える?
そんなもん無理に決まってる。そんな当たり前なことは重々承知しているさ。
だから、俺にはもうハルヒしかいないんだ。
俺を救ってくれるのはハルヒだけ。俺の居場所はハルヒだけ。俺の全てはハルヒだ。
それでいい。それが俺の選んだ道なんだよ。
大体、だ。元から古泉の奴は好きになれなかったのだ。
胡散臭い笑顔に胡散臭い態度。
初対面の相手に超能力がどうこうだの、ハルヒが神だの意味のわからんことを述べ始めるしだな。
普通は信じないぞ? ……事実、俺も信じてなかったしな。
毎度毎度、肝心なところは俺に押し付けてきやがるのも気に食わない。
俺を過大評価して、自分を過小評価して、勘違いも甚だしいんだよ。
そんな、根拠も確証もない曖昧な評価で面倒事に巻き込まれるこっちはたまったもんじゃない。
ハルヒに対するあの妄信的、狂信的な態度もそうだ。
影であれ程動いてるくせにそんなこと微塵も表に出さず従順に従って、従って、従って。
お前がそんなに甘やかすから、ハルヒがまた調子に乗って、俺が迷惑するんだ。
まぁ……楽しくないこともないがな。
長門もそうだ。
元はと言えばあいつが宇宙人だの何だの言い始めたところからおかしくなり始めたんだ。
朝倉には殺されかけるし、巨大カマドウマには襲われるし。
融通が利かないわ、ハルヒを止めてくれないわ。
最近、少しずつ扱いがわかってきたとは言え本当に困った奴だよ。
そう言えば、無表情の中に、少しずつ表情があることを他の奴らは気づいているんだろうか?
朝比奈さんは言わずもがな、だな。
あの愛くるしい仕種、可愛らしい声、アンバランスな特盛。
全てが完璧過ぎる、まるで天使のようなお人だ。
ハルヒの傍若無人な態度にも逃げ出さず従って……性格も完璧過ぎる。
そして時折見せる大人びた態度。あぁ……なんて素敵なんだ。
「古泉……長門……朝比奈さん……」
走馬灯のように、あの時の思い出が脳内を駆け巡る。
もう忘れたってのに、今更仲間だなんて言えないこともわかってるのに。
なのに何で? 何でこんなにも苦しいんだよ!?
俺には……俺にはもうハルヒしかいないんだ。それでいい筈なんだ。
「う……っ……うぅ……っ」
それなのに、それなのに――
――何だってこんなにも涙と鼻水が止まらないんだよ。
「ひぐっ……ぐぅ……げほっげほっ……!」
もう、無理だ。
繋ぎ止めていた気力が音をたてて霧散していくのがわかる。
目と鼻から止めどなく体液を垂らしながら、ぐしゃりと崩れ落ちるようにしてその場に倒れこむ。
疲労感漂う全身が急速に安堵の息を漏らしもう歩けないとばかり脱力していく。
服から垂れてきていたのだろうか、吐瀉物の残滓が土の味と混ざり口内に入り込んで不快感を掻き立てるがもうどうでもいい。
何事かを喚いている恐ろしい同行者の存在も思考の隅へ追いやり、そのままゴロンと寝転ぶ。
何だ……星の浮かばない静寂の支配する夜空も、中々どうしていいものじゃないか。
死にたくない。殺されたくない、生きていたい。
でも、それ以上に……あの日だまりのような日常に帰りたいんだ。
「はっ……今更、何を言ってんだよ俺は……」
思わず言葉が零れ落ちる。
あまりのご都合主義染みた思考回路に笑いすらおきない。
あれだけの事をしておいて、今更帰りたいだなんて虫が良すぎる話だ。
今時、そんな展開少年漫画でもやりはしないだろうさ。
どれだけ泣こうと、喚こうと、俺が奪っちまった命は帰ってこない。
そんな甘ったるくて最高に素敵な展開は、この舞台じゃ有り得ない。
「わかってる。わかっちゃいるんだがなぁ」
今までハルヒや長門を見てきたからだろうか。
どうやら俺は、この期に及んで自分の望む最高の展開を諦めきれないらしい。
靄が掛かり不明瞭だった思考が少しずつクリアになっていくのがわかる。
どうすればいい? どうすればあの日常に戻ることができる?
俺にできることなら何だってやるさ、どんな手段を使ってでもあの日常に帰ってみせる。
だから教えてくれ。俺は一体どうすりゃいいんだ?
「なんて……結局は堂々巡りじゃねぇか。殺した奴の重さすら背負えない俺が、何をするんだっての」
何をどう足掻こうともあの日常には帰れない。
それを理解して、理解して、理解しても尚……諦めきれなかった。
急速にクリアになった思考に、急速に靄が掛かり始める。
「どうして……こうなっちまったんだよ」
何度目だろうな。無意味な言葉がまたしても口をつく。
なんで? もどうして? も意味はないんだ。
生きたい。死にたくない。ハルヒに会いたい。
今の俺にはそれだけしか残っちゃいない。
……なんだ、結局のところは単純じゃないか。
SOS団も、スバルも、他の奴も知らん。
俺は、ハルヒの為だけに生きる。
だからハルヒ――俺を助けてくれよな?
そうだ……こんなところで休んでる暇はないんだよ。
早く、立たないと――
+ + +
将軍の所に連れて行く価値も無い。
結局、ノーヴェが出した結論はそれだった。
逃げたしたかと思えば、ふらふらと死にそうな足取りをした戻ってきたキョンはやけに素直だった。
相変わらず足取りは覚束ないものの、木材を杖に自らの足で歩いている。
目の前の相手に対する殺意と悪魔将軍への恐怖を押し止め、取り敢えず将軍の元へ連れて行こうと歩き始めてから約数十分。
自分自身の行動や感情の変化に戸惑いつつあったが、悪魔将軍の命に逆らうわけにもいかないと言い聞かせモールへと向かう。
喋ってしまえば感情が爆発してしまいそうで怖いのだろうか、表層は無関心を装いながらもさり気無く背後に意識を向けながら山道を共にしていた。
(あたしは……一体何なんだ?)
木材を杖にしながら亀のような足取りで後ろを付いてはくるのだが、突然嘔吐し突然めそめそと泣き出すキョンに気を配るのもいい加減苛立ちに限界が来ていたのか、いつの間にやら意識を内に向け自問自答を繰り返す。
甘さは、捨てた筈だった。
今度こそ悪魔将軍に認めてもらうつもりだった。
でも結局は、できなかった。
悪魔将軍の命令に逆らうのが怖かったのだ。
これじゃあまるで、悪魔将軍の犬じゃないか。
あの時も、あの時も、あの時も……結局最後の最後で甘さを、弱さを捨てきれず将軍の期待を損なった。
今回もまた、同じことの繰り返し。
ガイバーにもなれない、意識がはっきりしているかすらわからない只の人間が将軍の期待に応えられる筈が有るわけもないのに。
殺すことができなかった。
「ッ……チキショー!!!」
上手くいかない自分自身への苛立ちから傍に立つ木を力任せに殴り飛ばす。
右拳が微かに痛んだ気もするが無視。
続け様に左拳、右拳、左拳と連続で木の幹を殴り続ける。
ギシギシと体を揺らしはらはらと葉を落としながらも、木は大地に根を張り続けたままだ。
ムカつく。と溢してから何度も何度も拳を振るう。
意味などない、只ムカついたから。それだけの理由で木の幹を殴る。
苛立ちを、憎しみを、無力さを、恐怖を込めて殴る。
流石に数十発も殴られれば限界が来たのだろう。
やがて、メキメキと音を立てながら木は半ばから折れていく。
その光景を見ても、自らが作り出したそれを見てもノーヴェの心が晴れることはない。
将軍ならきっと、一発でこんな木を殴り折った筈だ。
対して自分のこの体たらくは何だ。
決して終わりの見えない悪循環。
何をしても納得がいかず自分を責め、それを紛らわす為に行う行為に更に苛立つ。
この舞台に連れて来られるまでは、殆ど感じたこともない陰鬱な感情がノーヴェの心を支配する。
強くなりたい。只ひたすらに、それを願う。
ギュオーにも、ゼクトールにも、古泉にも勝てるようになりたい。
願えば願う程、思えば思う程、理想と遠く掛け離れた自分自身の姿に苛立ちが増していく。
何かぶつけるものが欲しかった。
この鬱屈した感情を発散するために、全力をぶつけられる何かが欲しかった。
グシャリ。
と、不意に背後から崩れ落ちる音が聞こえる。
何事かとそちらへ目を向ければ、どこまでも苛立たせる相手が地面に寝転んでいた。
ブチリ、とある筈のない欠陥が千切れる音がノーヴェの脳内に響く。
「……何なんだよテメェは!さっきから愚痴愚痴と泣き言ばっかり言いやがって……。
いい加減鬱陶しいんだよ!少しはしゃきっとしやがれ!……聞いてんのかよ!!!」
「わかってる。わかっちゃいるんだがなぁ」
返事とも独白ともつかない台詞が返ってくる。
元々が気の長い性格ではない。
ノーヴェ自身自覚しているが、単純明快で簡潔な判りやすい性格をしている。
加えて、自分自身に対する形容し難い苛立ちに怒りを覚えている状況だったのだ。
その意味不明さが、支離滅裂さが、導火線についた火のようにノーヴェの激情を煽る。
燃え盛る灼熱の業火のように、抑えきれない苛立ちがノーヴェの胸を焦がす。
(ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな! ふざけんな!)
気が付けば、反射的に相手の胸倉を掴み上げていた。
しかし、相手がそれを気にする様子はない……と言うより気付いた様子すらない。
それがまた、怒りに火を付ける。
(殺してやる! こんな奴生きてたって誰の役にもたちゃしねぇ!
こいつは……こいつは只の疫病神でしかねぇよっ!!!)
「なんて……結局は堂々巡りじゃねぇか。殺した奴の重さすら背負えない俺が、何をするんだっての」
何度目かの決意を固めると同時に、ポツリと言葉が耳に入り込む。
無視しても良かった。そのまま怒りに任せて殴り飛ばしても良かった。
でも何故だか、その言葉は誤魔化しようもなくノーヴェの胸に染み渡っていく。
堂々巡り。
この一言がチクリと胸に刺さる。
そうだ。結局そうだ。
堂々巡り。いつもと同じ。怒りに任せてみても、結局はコイツを殺すことができない。
将軍の命令に逆らうわけにはいかないから、あたしは将軍の部下だから。
吐き慣れた言葉が胸中を駆け巡る。
こんなもの自分に向けた言葉で有る筈がないのに、どうしようもなく頭に響いて仕方がない。
いつの間にか、胸倉を掴む手は力なく下げられていた。
「あた、しは……違う。お前とは違う……あたしは、やれるんだっ」
自分に言い聞かせるように、小さく呟いてみる。
しかし、他の何者でもない自分自身の心がその言葉を否定していた。
もう無理だと、お前は悪魔になんてなれないと。
――所詮、お前が悪魔になるのは不可能だと。
「違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う、違う――」
「どうして……こうなっちまったんだよ」
最早相手の言葉など聞こえていない。
自分の胸に浮かぶ言葉を、両手を耳に当て必死に否定する。
嫌だ嫌だと首を振るその姿は、駄々を捏ねる子供にしか見えないと気付かずに。
己の心を保つために必死に否定する。
傍から見ればとんでもない光景だろう。
奇妙な服を着た少女が、嘔吐まみれの服を着た少年に向かって大声を張り上げている。
それはこの舞台においても奇異な光景だった。
しかし、本人たちは到って真剣そのものである。
そして。
恐怖が、怒りが、不安が、悪魔になれない少女の心の限界点を突破する。
「――あたしは……将軍の犬なんかじゃ、ないんだ…っ!」
+ + +
最後に見たのは、立ち上がろうとするキョンの姿。
次に見えたのは、悪魔のように真っ赤な肉塊の姿。
「はは……あははははははははははははははは!!!」
その光景を理解すると同時、心底からの笑いが喉を震わせる。
――あたしにも、やれるんだ。
まるで勝利を宣言するかのように高々と拳を宙に突き出す。
ドロリ、とキョンだったものが目の前に零れ落ちた。
水でも払うような軽い動作で腕を振るうと、細長く黒い糸のようなものが拳にこびりついているのがわかる。
指とそれの隙間にはピンク色の肉片が絡まり、引き千切られた血管が拳を開く邪魔をする。
強引に拳を開くと隙間から入り込んだぶよぶよとした物体が零れ落ちていく。
滴る血液を追って視線を大地へと向けると、そこには真っ赤な花が咲いていた。
悪魔の如く膂力をもって限界以上の圧力を加えられ、あらぬ方向に曲げられた腕。
半ばからへし折れたそこからは、目が眩むような赤の中に黄ばんだ白が見える。
どうやら肉が裂け、中の骨が露出しているらしい。
だらりと長く間延びしながら地面に零れ落ちた腕の残骸からはスライム状の粘液が滴り落ちている。
未だに血管がピクンピクンと脈打つ肌の裏側を見て、人体とはこんなものかと嘆息。
視線を下へとずらしてみれば、ご丁寧に両手両足をへし折っているようだ。
絵画の鑑賞でもするような気楽さで首を動かし、今度は視線を僅かに上へと向ける。
顎が引き裂かれ粉砕された歯の欠片がそこら中に散らばっていた。
舌は引き抜かれ、眼球も丁寧にくり貫かれている。
普段なら嫌悪すら抱きかねないその光景も、昂ぶった感情に支配された脳には麻薬としか作用しない。
グチュリ、グチュリと腕を動かす度に聞こえる肉片と血液が奏でる音色も今は心地いい。
湯気に混じりながら立ち込める腐臭すら今は極上の香りにすら思えてくる。
暫く肉塊を鑑賞していたノーヴェだが、それにも飽きたようにゆらりと立ち上がる。
その胸中に先ほどまでの恐怖や不安は存在しない。
代わりに存在するのは悪魔としての強烈な自負。
そう、悪魔となった自分に恐怖も不安もある筈が無い。
何度も、何度も自分は悪魔なのだと言い聞かせる。
その意味すら理解出来ずに、只、言い聞かせる。
「もう……あたしは将軍の言いなりになるだけじゃないんだ」
将軍にはキョンは使えそうにないから殺したとでも説明すればいい。
悪魔である自分が、将軍の教えを受けた自分が使えない弱者を始末したって何の問題もない。
タッグパートナーが必要なのであれば、自分がその役目を務めてみせる。
もう、足を引っ張るような真似はしない。
灼熱のマグマのように燃え盛る気持ちがノーヴェに自信を与えていく。
もうこれ以上ここにいる必要は無い。
一刻も早くモールに戻り、悪魔になった自分を将軍に見せるのだ。
善は急げとばかりに立ち上がる。
途中、鬱陶しい肉塊が纏わり付いてくるが払う必要すら感じなくなっていた。
「あばよ……お前には一応その……か、感謝してやらんこともないからな!」
不器用な、自分なりの言葉で肉塊と別れを交わし落ちていたデイバッグを広い一目散にモールに向け走り出す。
「あたしは、悪魔なんだ……悪魔なんだ」
自信に彩られた胸中に、その言葉の意味は届かない。
歪んだ少女がその意味に気付くのは、果たして――。
【E-06 森林/一日目・夜中】
【ノーヴェ@魔法少女リリカルなのはStrikerS】
【状態】気分昂揚、悪魔の精神、疲労(小)、ダメージ(大)、顔面にダメージ(中)、血まみれ
【持ち物】ディパック(支給品一式)、小説『k君とs君のkみそテクニック』、不明支給品0~2、 デイパック(食料半分消失、盗聴器(発信)がランタンに仕込まれている)
【思考】
0.あたしは将軍の犬じゃない!
1.誰よりも強くなりたい
2.モールに向かう。
3.ヴィヴィオは見つけたら捕まえる。
4.タイプゼロセカンドと会ったら蹴っ飛ばす。
5.ジェットエッジが欲しい。
※参加者が別の世界、また同じ世界からでも別の時間軸から集められてきた事に気付きました。
ズ……ズズ……。
悪魔となった少女が立ち去った森に、何かが引き摺られる音がする。
その何かは、一つの金属を中心に広がっていった。
見落としたのか、見逃したのか、その場に放置された血溜まりに沈む金属。
驚異的な速度で広がるソレは、やがて一つの形を産み出す。
月光に彩られ、姿を現すは穏やかな表情で目を瞑る少年。
嘔吐に塗れた制服姿で、それでも尚安らかに眠り続ける。
強殖細胞。
幾多の犠牲を生み出してきたそれは、持ち主がこんなところで逃げ出すのを認めはしない。
最早数えることが不可能な数まで肉片を刻まれようとも。
壊れたオブジェのように晒しあげられても。
一片の肉片からすら蘇る。
絶望に支配されながらも、生きたいと願う持ち主に、強殖細胞は応えていた。
悲しいかな、本人は気付いていなかったが。
戦え、戦え、戦え。
その命燃え尽きても、逃げ出すことは許さない。
只一つの為に生きると決めた少年に、安息など訪れない。
【E-06 森林/一日目・夜中】
【名前】キョン@涼宮ハルヒの憂鬱
【状態】生き延びる決意、ダメージ(中)、疲労(大)、気絶
【持ち物】木材@現実
【思考】
0:ハルヒの為に、生きる。だから助けてくれ……。
1:葦のように生きる
(2:―――死にたくない。)
【備考】
※「全てが元通りになる」という考えを捨てました。
※ハルヒは死んでも消えておらず、だから殺し合いが続いていると思っています。
※再生機能が自動で発動しましたが、以後戦闘等で本格的に使えるようになるかは後の書き手さんにお任せします。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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