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心と口と行いと生きざまもて(前編) ◆S828SR0enc



 生き残ることこそが正義。
 人を騙そうとも、無様な姿をさらすことになっても、生きていればそれが勝ち。

 あの関東大砂漠で、そこに生きる先生の元で小砂が学んだ全ては、言ってしまえばこれだ。
 だからこの島でも同じように、何よりも自分が生きるために行動するのは間違っていない。
 恩人や仲間を見捨てたり、出し抜いたりして心が痛んでも、心があるのは生きていればこそ。
 だからとにかく何があっても自分の利益を考え、ただ生き抜く。
 それが小砂の指針であり、小砂にとっての正義。
 の、はずだった。

「……あー……」

 首尾よく危機から脱出できたというのに、小砂の心は晴れない。
 緑ばかりでがさがさうるさい森の中を歩いているのも、ちょっとした憂鬱の一因ではある。

 が、それに勝って小砂を憂鬱にするのは、置いてきぼりにした師匠のことであった。

『もう……安心して、いいんだよ、ね? 』
『だから、加持さんや小砂ちゃんの仲間に迫ってるかもしれない危険を放って、ヴィヴィオの所に行くわけには行かない!』

「ふぉぉ……!」

 ぞわぞわとわき出す蕁麻疹に耐え、小砂は震える。
 まさに聖母、まさに善意の塊。
 関東大砂漠では絶滅危惧種中の絶滅危惧種のような女性。
 それと共に歩んだ数時間は、僅かであるが小砂の心を変えていた。

(な、なんという罪悪感……!)

 後ろめたい。
 激しく後ろめたい。
 衝動的に今すぐ街に向かって「ごめんなさいししょー」と叫びたいような気分だ。
 もちろんそんなことはしないが、それでも心が少し疼く。

(っていうかあの人、絶対私が逃げた事を知っても怒らない……!
 怒るどころか仕方ないよ、って慰めるみたいに微笑む。まさに聖母の笑みで!)

 申し訳ない、という気持ちがひしひしと湧き上がってくる。
 仕方ないのは確かだが、本当にこれで良かったのだろうか。
 一応彼女の娘を保護するという「言い訳」もあるっちゃあるが、要は敵前逃亡。
 これで相手が同じ砂漠の人間なら開き直れるが、師匠は生粋の善人だ。
 開き直れば直った分だけ、自分が激しくみじめになること請け合いである。

「くそぅ、私もまだまだ半人前か」

 なんだか逃げる気にもならず、かと言って市街地に戻る気もなく。
 もちろんこんなことをしていたも意味がないのはわかるが、どうにも気が乗らない。
 そんな宙ぶらりんな状態で、小砂は適当に辺りの森を彷徨っていたのだ。

(って、おいおい!)

 ばきり、と枝を踏んだはずみに我に返る。
 サバイバル中に意味のない行動を取るなんて、それこそ命取りだ。
 行くんなら行く、戻るんなら戻るで決めて動く。
 無為に過ごすことが無意味だというのは、今まで生きてきて散々教えられた。

(戻る、のはどうやっても勘弁だし……そうすると高校に行く、ってのが妥当だよね。
 今たぶんC-6のあたりだから、真っ直ぐ西に行けば目的地は遠くないし。
 それに実際、師匠の精神安全を考えると、娘さんは保護しといた方が絶対いいんだよなー……)

 ようやく思考の迷路から抜けて、小砂は気合を入れなおす。
 うろうろとした足取りも、ようやくしゃきんと筋が通った感じになった。

「うーし、便利屋小砂、再スタートだ!」

 そう気合いを入れて、前を向き。


 そこにいた黒光りするどでかい怪物の姿に、小砂は全力で逃げ出した。


 ◇ ◇ ◇


「…………」

 がさがさと激しく茂みを揺らす音が遠くへ消えていくのを聞きながら、ネオ・ゼクトールは舌打ちした。
 その両肩の装甲はがばりと開き、生体ミサイルが発射を今か今かと待ち構えるかのように並んでいる。
 あと数瞬早ければ、それは間違いなく発射されていただろう。
 先ほどのあの、桃色の髪の子供に向かって。

「俺も運の悪い……」

 そう言ってゼクトールは苛立ちまぎれに足もとのソレを軽く蹴とばす。
 こいつのせいで一人獲物をしとめそこなったのだ、と呟きながら。
 もちろん、その「死体」に気を取られた自身が悪いことは、自分が一番よくわかっていたのだが。

 死体。
 頭部がミンチ肉状態になった、岩のような肌の男の死体。
 上空から見た時は木の下に赤が散らばっているようにしか見えなかったので負傷者かと思って降りて来たのだが、その結果がこれだ。
 死体に気を取られ、獲物を逃すという体たらく。
 ここが視界の悪い森でなく、そして自分が後ろを向いていなければ確実に仕留められたというのに、と歯がみする。

「だが……」

 ゼクトールは今一度死体をよくよく見て、かすかに笑った。
 これだけなら、ただの死体だ。岩肌は気になるものの、背後がおろそかになるほど気を取られることはない。
 ゼクトールが真実興味を示したのは、その死体から続く足跡、そしてそれに付着した血痕だった。

 死体の頭部に幾度も刻まれたその足跡は、血をつけたまま付近を徘徊。
 しばらく先に行ったあたりで、突如として右折、市街地に向かっている。
 この死体の殺人者かはわからないが、死体の頭部を踏みにじるのがまともな奴のはずがない。
 それが突然街に向かって反転しているということは、街で何かがあったということだ。

「声が聞こえたか、物音でもしたか……いずれにせよ、この足跡の先には人がいる」

 がさりと茂みをかき分ける。
 足跡の血痕はだいぶ薄くなりながらもまっすぐに市街地へ向かっている。
 見上げれば、立派な看板を掲げたホテルが、そして右手には大きなデパートらしきビルが見えた。

「いいだろう」

 ゼクトールは笑い、羽を広げる。
 これ以上この森と死体に用はない。逃げた獲物を追うのも手間がかかる。
 それよりも人のいる市街地でアプトムを、そして弱者を探すのが先だ。

 ぶわ、と一瞬の風と共にゼクトールは上空へと舞い上がる。
 森に比べれば、市街地はなかなか見通しがいい。
 その市街地の中でも一層目立つのは、やはりホテルとデパート。
 物資や用途を考えても、多種多様な目的の人間が集まる場所に違いない。

「アプトムがいればよし、いなければ弱者を見つけて狩る――問題ないな」

 一度確認し、羽をはばたかせる。
 振動に合わせ、左手がかちん、と鳴った。

「おっと、これを忘れていた」

 左手を開くと現れたのは、一見するとただの壊れたデジタル時計。
 何があったのか半分ほどに削り取られている。
 しかしよく見ると、その断面が徐々に修復されているらしきことがわかる。
 ある程度時間が経てば、元の完全な姿を取り戻すだろう。

(クロノスの技術……いや、“降臨者”のものかもしれないが……興味深い)

 デイパックにそれを放り込み、今一度ゼクトールは市街地を見下ろした。
 広さを考えると、アプトムをすぐさま見つけるのは不可能に近い。
 やはり弱者狩りをして主催から褒美の情報を得た方が確実だろう。

「そう、確実、確実だ……」

 手段もあり、目的もあり、しかしゼクトールの表情は晴れない。
 主催との交渉を前提に見た場合、どうしても気がかりなことがひとつあるからだ。
 それは、

――ちなみに、本当は殺してないのに殺したなんて嘘吐いた人は、その場でさよなら、だからね。

 主催の男の吐いた、この脅し。
 ゼクトールにしてみれば、アプトムやガイバーのような超再生能力の持ち主を知るだけに笑えない。
 連中は脳髄を砕こうが、体を消し炭にしようが蘇る。
 一般人にしてもミサイルの爆風で吹き飛ばされただけで生きていた、ということも決してなくはないのだ。
 そしてもし自分がその見極めを誤れば、褒美どころか粛清を食らうことになる。

 先ほどゼクトールが桃色の髪の子供を攻撃しなかったのは、実はこのこともあった。
 森という極めて視界の悪い場所で、生体ミサイルのような高い攻撃力の兵器は使えない。
 殺したとしても粉々に吹き飛んで燃え尽きてしまうため、死体が確認できないからだ。
 もし見当違いな方向に撃ちでもしたら、と考えると慎重にならざるを得ない。

 だがその点、見晴らしの良い市街地は安心だ。
 四方八方からミサイルをぶつければ、弱者が逃れる確率はほぼゼロ。
 さらに上空からなら動きが一望できるため、取り逃がすことはまずない。

 あきらかな一般人、弱者は生体ミサイルですぐに潰す。
 そうと判断がつかなければ、ひとまず攻撃をして様子を見る。
 あきらかに悪魔将軍の類の強者なら、攻撃はせずに捨て置く。
 万が一強者に戦いを挑まれても、将軍のことで気をそらして空に逃げればいい。

「さぁ、始めるとするか……」

 殺意に目を光らせて、ゼクトールは飛ぶ。
 獲物の満ち溢れる市街地は、もう目と鼻の先だ。

 そうして飛びながらも、ゼクトールの胸には疑問が渦巻いている。
 殺した相手の数を偽れば「さよなら」だ、とあの男は言う。
 もし実際殺していない者が端から騙す予定で偽れば、それはもちろん殺されるだろう。

 だが、自分のように殺そうと攻撃し、それでも生き延びられた場合は?
 この殺し合いに乗った者が、ただその生死の見極めを誤っただけという場合は、はたして。

「いや、考えても仕方ない……」

 思考を打ち切り、ゼクトールは降下する。
 市街地には、不吉の匂いが満ちていた。


【C-6 上空/一日目・昼過ぎ】 

【ネオ・ゼクトール@強殖装甲ガイバー】
【状態】万全
【持ち物】デイパック(支給品一式)、黄金のマスク型プロジェクター@キン肉マン、
      不明支給品0〜1、ストラーダ(修復中)@魔法少女リリカルなのはStrikerS
【思考】
0.アプトムを探し出して殺す。
1.ホテル・デパートなど人の集まりそうな場所を回り、殺せそうな参加者を“確実に”殺して褒美をもらう。
2.正義超人、高町なのはと出会ったら悪魔将軍が湖のリング待っているとの伝言を伝える。ただし無理はしない。
3.機会があれば服を手に入れる(可能なら検討する程度) 。
4.ヴィヴィオに会っても手出ししない?
5.アプトムを倒した後は悪魔将軍ともう一度会ってみる?

【備考】
※キン肉スグル、ウォーズマン、高町なのはの特徴を聞きました。(強者と認識)
※ストラーダの修復がいつ終わるかは次以降の書き手さんにまかせます。


 ◇ ◇ ◇


 イライラする。
 イライラする。
 イライラする。
 イライラする。

 足早に、しかしおぼつかない足取りで道路を歩くアスカは、現状に辟易していた。

 暑い。汗がだらだらとこぼれる。
 くさい。血と肉のにおいがする。
 気持ち悪い。地面がぐにゃぐにゃする。

 森で感じて以来の肉を踏む感触はより強く、今は一歩ごとにそれが襲ってくる。
 いや、それはもう肉の感触とも言えない。
 足の下に心臓があり、内臓があり、骨があり血管があり、それが生きている。
 まぎれもなく、あの草壁サツキを踏んだ感触だ。

「――気持ち悪い」

 汗でぬるつく手には、未だにナイフが肉を刺した感触が残っている。
 最初はわずかに固く、そしてすぐにやわらかくなる。
 ぶちぶち、と肉を斬る感覚と、血で滑る感覚。
 アスカの思考に同調するように、地面がひときわ大きく波打った。

「――気、持ち悪い、の、よぉ!!」

 がつん!と地面を蹴る。
 化け物を殺した達成感は、不快な地面を歩くうちにどこかに行ってしまった。
 今のアスカにあるのは、「化け物」への憎しみと、加持を一刻も早く助けたいという思いだけ。
 だからこんなところでぐだぐだしていないで、早くあと一人「化け物」を殺さないといけないのに。

――本当に、そう?

 どこからか声が聞こえた気がした。

――本当に、あたしが殺したのは化け物だったの?

 そうよ、そうにきまってる。
 アスカは幻聴と知って鼻で笑いながらも、声にそう答えた。

――だって、あれは人の声と姿をしていたじゃない。

 人。人なもんですか。
 あれは化け物よ。だって化け物にかばわれてたじゃない。

 アスカは笑う。
 サツキを、ケロロを、「化け物」を殺したときの達成感を思い出して笑う。
 間違ってない、これでいい。
 あたしは化け物を倒しただけ、それだけ。
 化け物を殺して加持さんを助けるのがあたしの役目、だから間違ってなんかない。

――化け物と一緒にいたから、化け物なの?

 そうよ、だって化け物が庇うのは化け物に決まっているじゃない。

――あたしだって、モッチーと一緒にいたのに。

 …………!!


 アスカの思考が混濁する。
 モッチー。チーチーうるさかった。アスカたちを助けてくれた。
 そうだ、モッチーは化け物だった。
 でもアスカたちを助けようとしていた。人間の、ハルヒの仲間だった。
 だったら、あのカエルに助けられていたあの子は、あの子は――

「違う、違う違う違う!!」

 激しく首を、腕を振り回してアスカは否定する。
 自分がサツキを殺したのは、あの子が化け物だったからだ。
 自分がケロロを殺したのは、あいつが化け物だったからだ。
 でも、化け物のモッチーは自分に友好的だった。
 化け物なのに、助けてくれた。

「違う、違うぅ……」

 アスカはここまでの道のりを思い出す。
 ヴィヴィオに会い、みくるに脅され、アスカやモッチーと会った。
 そのあと岩男に殺されかけ、深町晶にも殺されかけた。
 やっと会った人間の姿をした高町なのはは、魔法を使う化け物だった。
 化け物のくせに、アスカに同情した。馴れ馴れしくしてきた。
 そいつと一緒にいた小砂という子供のことはよくわからない。でも変な子供だった。

 おかしい、おかしい、おかしい。
 何かがおかしい。

 自分がいまきちんと立って歩いているのかもわからなくなりながら、アスカはひたすらに考えた。
 そうだ、何かがおかしかったんだ。
 何が、何が、そう――

「――あのモッチーも、あたしを騙してたんだ」

 化け物が人を助けるはずはない。だからモッチーもアスカを騙していたはずだ。
 そういえばあのあとモッチーとハルヒは死んだと聞いた。
 きっとモッチーがハルヒを殺したんだ。
 だけど弱い化け物だったから、ハルヒの反撃を受けてモッチーも死んだ。

 いや、ひょっとしたらハルヒもサツキみたいに人の形の化け物で、二人でアスカを騙していたのかもしれない。
 そうだ、サツキが化け物ならハルヒだって化け物だ。
 だって、会ったばかりの人間じゃないモッチーとあんなに仲良くしていた。
 人は化け物と仲良くなんてできない、だからハルヒも化け物だったんだ。

「化け物、そうよ、みんな――だったら、」

 人の形をしていても、安心は出来ない。
 サツキのように、なのはのように、人の姿をした化け物だっている。
 そいつらは普段は人間のように振舞い、人に優しくし、だけどいざとなったら牙をむくに違いない。
 この島には、きっとそんな化け物がいっぱいいるんだ。

――本当に?

 そうよ、あいつらみんな化け物なのよ。

――なのはも、サツキも、ハルヒも?

 そうよ、化け物みたいな力、化け物と仲良くする力、みんな化け物じゃない。

――だったら、加持さんだってケロロたちと仲良くしてたのに。

 違う、加持さんは騙されていただけ。加持さんは悪くない。

――だったら、サツキも騙されていたのかもしれないのに。

 違う、だってあのケロロって奴は本気でサツキを庇っていた。
 本気で助けるのは、サツキも化け物の同類だったからよ。

――でも、モッチーだって本気で助けてくれたのに。

 違う、違う違う違う!あれは全部ウソ!嘘なの!

――…………

 あたしは正しいの!間違ってないの!皆化け物なのよ!

――…………

 うるさい、うるさい、うるさい、うるさい、


「うるさいっ!!」

 声に向かって、アスカはナイフを振り回した。
 どす、と肉を刺す感触がした。

「あ、」

 アスカのナイフは、スーツを着た男の腹に突き刺さっていた。


 ◇ ◇ ◇


 時は少し遡る。
 ホテルをネブラとともに出発したアプトムは、目的地の警察署内を歩き回っていた。
 幸いホテルからの道中で誰かに会うこともなく、警察署内にも誰もいなかった。
 ゆえにアプトムは時間をかけて、たっぷりと警察署内部を回ることが出来たのだった。

 が、

「……何もないな」
『ああ、何もないな』

 銃や警棒など武器になるものはおろか、手錠や催涙スプレーといった非殺傷のものすらない。
 最初はあちこちに人がいたらしき形跡があったことから、誰かが持ち去ったのかと思ったがどうやら違う。
 そういったものを保管しておくであろう棚の中は、全て綺麗に埃をかぶっていた。
 つまり、最初からここにはそういった意図のものはないと考えたほうがよさそうだった。

「あるのはせいぜいカーテン、シーツ、事務机……。
 しかしこういったものを持って行っても仕方がないな」

 全ての部屋を点検し、アプトムはため息をつく。
 そもそもアプトムのデイパックの中身は、ズーマから奪った分もありかなり充実している。
 そのあまりの内容量にデイパックに手を突っ込み、どこまでも物が入る仕様に気づいたほどだ。
 無理にここで物を漁ることもないと判断し、アプトムは階段を下りていく。

「そうだネブラ、聞き忘れていたことがあった」
『なんだね?』
「貴様を最初に連れていたズーマのことだ。
 ……そもそも、島に来てからの経緯すらロクに聞いていない。
 協力体制を敷く上でも、教えてもらいたいものだが」
『ふむ、いいだろう』

 頭上と会話するのはなかなか慣れない。
 アプトムは階段から足を踏み外さぬように注意しながらも、ゆっくりと階段を下って行った。

「――その小砂という奴に、再度会ったらどうするんだ。
 貴様は“闇の者”を討伐してくれさえすれば、誰の頭に乗っていてもいいのだろう?」
『それは事実だが、彼女はどうやら“闇の者”を殺すのに抵抗があるらしい。
 おそらくあのタママあたりのことだろうと思ってはいるがね。
 もう一度会えたとしても、協力体制を敷けるかどうか……』
「俺ならば抵抗はないぞ?」
『わかっている、だからこそこうして君のスーツになってやってもいるのだ』

 一通りの情報交換を終え、アプトムはひそかに笑う。
 この伸縮自在のスーツはかなり便利だ。そのうえこいつはなかなか頭も切れる。
 念のためスーツの下にホテルマンの服を重ね着しているが、いつまた破れるかわからない。
 予備の服があるとはいえ、真っ昼間から全裸は避けたい。
 そのためにも、早々このネブラを手放すつもりにはなれなかった。

『まぁ、君のような男の体を包むよりは、と思わなくもないがね……』

 ネコミミの分際で愚痴をこぼすネブラに舌打ちし、ようやく階段を下りきり、廊下を歩きだす。
 ネブラの情報からは、残念ながら深町晶に関わるものを得ることができなかった。
 冬月コウゾウの居場所が知れたのはありがたいが、そこにいる保証もない。
 そもそもネブラに言わせれば冬月は科学者というより医者らしく、首輪解除に役立つかは微妙らしい。
 ならば他の科学者との接触のため、施設を回ったほうがいいか?

 そんな風に考え事ばかりをしていたせいだろう。
 ここまで誰にも会わなかった気の緩みもあったかもしれない。

『――おい、危な――』

 建物から一歩踏み出した瞬間、脇腹に激痛が走った。


 ◇ ◇ ◇


「あ……」

 どうっ、と男の体が倒れる。
 からん、と音をたててナイフが男の傍らに落ちた。

「え、え……?」

 よくわからない。あたしは何をしたっけ?
 アスカは必死に頭を巡らせるが、ぐにゃりと脈打つ地面が邪魔をする。

 あたしはただ、うるさい声がいやだったから。
 あたしが間違っているっていう声が邪魔だったから。
 だから、ナイフを振った。
 そうしたらたまたま手を振り回した先に、男の腹があった。
 だから、ナイフが刺さって男は倒れた。

「あ、」

 ナイフを拾い、男と距離を取る。男はぴくりとも動かない。
 こちらには背中を向けているが、変なスーツを着た普通の男に見える。
 普通の、人間に見える。

「ち、違っ……!
 あたしはただ、声を、声を……!」

 そう、自分はただ声がうるさかったからナイフを振っただけだ。
 この先にこの男がいたんだから、それはこの男が声の主だということ。
 そういえば歩いている時に低い声がした気もする。そうだ、それがきっとこの男なんだ。
 ということは、この男はひとりで話していたことになる。

――そんなの、『普通』じゃない。

 ひとりで話すのは、おかしい。
 ひとりで話している奴は普通じゃない。
 普通じゃないなら……それは、化け物だ。

「そ、そうよ、そうよね!
 あたしが人を殺すわけがない、これは化け物、化け物なんだ!」

 もう一度振り返って見下ろした男の頭には、妙な突起が付いている。
 その突起から下にずるりとスーツがつながっている形だ。やっぱりおかしい。

(そうだ、こいつも化け物だったんだ。
 だけど、あたしが気づく前に倒したから、あたしに攻撃する前に倒したから!
 だからあたしはちょっとびっくりした、それだけなんだ)

 そう思うと、とたんにアスカは安心した。
 安心して、自分を褒められた。そして、男を憎むことが出来た。

「……あは、化け物め」

 とん、と足先が男に触れた。触れるつもりはない、ただ触っただけだ。
 それだけなのに、その足先の触れた部分がぐにゃあ、と歪んだ気がした。

「ひっ!?」

 足を引くが、何ともなっていない。
 そして、この男が化け物だったことを思い出す。
 そうか、化け物だから、きっと体が普通と違うんだ。おかしいんだ。
 そう思ったとたん、強い怒りがこみ上げてきた。

「気持ち、悪いのよっ!!」

 化け物を、蹴る。サツキのように蹴る。
 蹴られても男はぴくりとも動かない。当然だ、死んでるんだから。
 頭を、腹を、背中を蹴る。地面がぐにゃぐにゃするけど蹴る。
 蹴れば蹴るほど苛々した。

「あんた、たち、さえっ、いなければ!!」

 がつん、がつん、と何度も蹴る。
 蹴っても蹴っても気持ち悪い。

「あんたたちみたいのが、いるからっ!!
 だからあたしがこんなになって、加持さんもっ、怪我して!!
 いなくなれ、いなくなれ、化け物なんかいなくなれぇ!!」

 蹴った。ただひたすらに蹴った。
 何度蹴ったのかもよくわからなくなり、次第に疲れてきたのでやめた。
 蹴った足がずきずきする。それが苛つく。
 ここにエヴァがあったら、こんな小さな化け物なんか踏みつぶしてやるのに。
 そうしたらみんなが、加持さんがどんなに褒めてくれることだろう。

「……そうだ、加持さん」

 アスカは天を見上げた。
 サツキ、ケロロ、それにこの男、これで三人。
 これで条件は満たしたことになる。これで、ご褒美がもらえる。

「ねぇちょっと、知ってるんでしょ!?
 あたしはちゃんと三人化け物を殺したわ!だからご褒美を頂戴!!
 あたしに加持さんのいるところ、教えてよ、教えなさいよ、ねぇ!!」

 天に向かって吠える。心は喜びでいっぱいだった。
 そうだ、あたしは勝ったんだ。化け物に勝ったんだ。
 あとは加持さんを助けて、他の化け物を殺すだけ。
 ほら、いらない子なんかじゃない。あたしは役に立つ。あたしは、大丈夫なんだ。

 そうやって一人頬を染めていたアスカの前に、突然すとん、とどこからか人が降り立った。
 セーラー服の上にカーディガンを羽織った、能面のような少女――長門有希。
 なんとなく苦手なあの人形のような少女を思い出して、とても嫌な気分になる。

「あーら、あの男じゃなくてあんたが来るの。
 あたしはてっきり、あの男が直接ぐちゃぐちゃ言いに来るもんだと思ったわ。
 だってあいつ、頭おかしいものね、絶対になんかいっぱいしゃべりたてるわよ」
「…………」
「それにあんた、あの男とどういう関係なわけ?
 まぁあの狂人に付き合っているあたりろくでもないのは確かだけど、変よねぇ!?
 あ、こんなこと言ってもわからないか!あんたもどうせ化け物なんでしょ!?」
「……彼の役目にこういった直接の伝達事項は含まれない。
 彼は原則的には既定の空間から動かないことになっている」

 まるで機械が文を読み上げているような平坦な声。
 それもまた、ファーストを連想させてアスカを苛々させる。

「べぇっつに!あんたたちのことなんかどうでもいいのよ!それよりほら、約束!
 三人殺したらご褒美って、あの男が言ったのよ!
 あたしは忙しいの、あんたと喋ってる暇なんか本当はないんだから!」
「…………」
「何よ、早くしなさいよ!こうしている間も、加持さんがあたしを待ってるんだから!」
「…………」
「ちょっと、聞いて――」

「これは、一度だけの機会」

 少女の平坦な声と同時に、とん、と何かが背中に触れた。
 続いて、どさりと何かが落ちる音。

 少女がさらに何かを言った気がするが、アスカにはまったく気にならない。 
 振り返ると、さっきまではなかった白い紙袋が地面に置かれていた。

「こ、これね!?」

 期待に満ちた声をあげ、飛び着く。
 がさり、と袋が鳴った。

「加持さん、待っててね、今助けてあげるから!」

 そう言って、アスカは喜び勇んで袋をひっくり返した。
 中身が、すとんとアスカの手に落ちる。

 そこにあったのは、毛糸で髪を、ボタンで目を模した、小さな人形だった。


 ◇ ◇ ◇


後編へ







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