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三章 虹の足元に埋るもの

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rocnove

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愛馬ミント(父命名)を西の湾に入る小道に導きながら、俺は思ったね。
(この島に車が普及しなかったわけ、わかっちゃったな・・・)
答えはこの勾配のきつさ、道の狭さ、道路の悪さ。
車が走るなんてとてもとても。馬に乗った俺でさえ酔いそうになったくらいだった。
やっぱり自分の足で走るのが俺は好きだ。人間その方が自然だね。うん。

「えっと・・・あ、あれか」
見回してみるまでもなく、すでに日が沈んで全てが闇色に消えてゆく中、
くっきりとした人工物のシルエットがオレンジ色の残照に輝いていた。
・・・飛空挺だ。
図鑑や本や、冒険小説で見て想像していたものより少し小さく、
はるかに優美に見える。
その曲線と直線とで出来た力強い船が雲海を行く様子はどんなだろう。
話に聞く空賊ってやっぱり本当にいるんだろうか。
この船も、世界のどこかで派手な空中戦をやらかしたことがあるのだろうか。

いいな。いつか俺もこんなのに乗って世界中を巡りたい。
しばらく見とれてから、俺はその時になってやっとその飛空挺の足元に人影があるのに気付いた。
(おっと見付かったかな)
注意を向けてみれば、人影は俺から見て背中しか見えない。
こっちに気付いた様子はなかった。なにやら真剣にモニターをのぞきこんでいる。
モニターの明かりが真っ白に光ってその人物を逆光にし、その人の顔はわからなかった。

背は少女のように低い。
・・・いや。なんだ、本当に女の子じゃないか。
恐る恐る馬を進めると、聞こえた声の調子は確かに高い女の子のものだった。
「う~~~ん。ほんっと不思議ね~」
女の子はつぶやいて、カタカタと端末を操作した。
無線で誰かと話しているのか、しばしの沈黙があって再び女の子は誰かに向かって語りかける。
「そうよ。ぜったいにここには宝物が・・・ううん。その前に、どこかに鍵があるはずなんだけど」

た、宝ぁ!?
俺はおもわず目をむいた。
「あの遺跡に宝があるだって!?」
「きゃあっ!!!?」
がしゃんっ
女の子はびくっとして飛び上がり、手にしていたマイクを取り落としてしまった。
「あっ・・・ごめん」
あわてて俺はミントの背から滑り降りた。
「おどかすつもりじゃなかったんだ。ただ、あんな遺跡に宝があるとか言うから・・・」
振り向いた少女はちらっとミントを見上げてから、俺を鋭くにらみつけた。
…へえ、碧(みどり)の瞳なんてはじめて見た。

一瞬俺をにらみつけた少女は、俺の顔を見るやあっけにとられたような顔になった。
(…なんなんだ?)
「・・・島の人・・・よね。ちょっと待って」
質問というより確認するみたいに言って、女の子は首をわずかに傾けた。
少女はマイクを拾い上げ、それに向かって小さく二言三言なにか話し掛けると、再び俺の方を向いた。

「どういうことですか?まるでここの遺跡に何も無いみたいないいかただけど…え~と」
「俺はグランドって言う。…ここの弓漁師」
「じゃ、グランドさん。ここの遺跡に入ったことあるの?」
あたり前だ。島の子供たちのいい遊び場になってるんだから。
仰々しく『七色の遺跡』なんて昔から皆に呼ばれてはいるけど、
どのへんがどう七色なのか誰にもわからないっていうていたらく。

俺の推理じゃ、島の昔の人があんまり遺跡がちゃちだからせめて名前だけでも。
とか考えて無理やり名づけたんだと思うね。

「もちろんあんな遺跡三日に一度くらい入ってる。
 リーバードなんかホロッコ一匹だって出たら珍しいぐらい。全部でワンフロア―しかないし、
 たいした仕掛けも無い遺跡さ。…だから驚いたんだ。あの遺跡に鍵だの宝だの・・・」
俺が話を続けるに従い、少女はどんどん表情を険しくしていった。
最終的には、まるで俺が『実は太陽って金紙で出来てるんだ』とでも言ったような不審っぷり。
目をまんまるにして、俺の顔をまじまじ見るもんだから話すのを中断せざるをえなかった。
「な、何だ?」
「あの~。それ本気で言ってます?」
「はぁ?」
「じゃ、これ見て。ここのマップだけど。…いま、うちのディグアウト担当が潜ってるの」

少女は半身をずらして覗き込んでいたモニターが俺に見えるようにした。
なんだよ。今さらあの遺跡になにがあるって・・・
「!?」
俺は思わずモニターの枠を引っつかんで引き寄せた。
簡易テーブルの上のものが引かれてがらがら落っこちていったが、
そのときの俺はそれどころじゃなかった。
「な・・・なんだこれ!」

画面は、はげしく入り組んだダンジョンともいうべき遺跡の地図を映していた。
しかも、そこに映っているのは遺跡全体のごく一部。
まったく、俺の記憶の中の遺跡と似た部分はない。

「その中心にある赤い光点が、今ディグアウターがいるところよ。
 出現リーバードの種類は…」
横から手を伸ばしてきた少女は、コンソールを軽く叩いて表を表示させた。
それを覗き込んで、俺はまた言葉を失った。
「ホロッコ・マンムー・オルフォン・カルムナバッシュ・ポー・ゴルベッシュ?
 …どうして…こんな…」
気付くと、腕ががたがた震えていた。
…こんなのは嫌だ。なんだか怖い。この島が、
俺の知らないうちにわけのわからない化け物になってゆくような、嫌な気分がする。

なんだよ、何が起こってるんだよ!

ディグアウターが夢だっていうのは伊達じゃない。
俺は必死に本を読みあさってリーバードの種類を頭に叩き込んである。
…そんな俺でも知らないリーバードの名前をいくつか交えて、
10種類近くの名前がそこに挙がっていた。
「こんなの、知らないぞ!!この島の遺跡は…っ」
そうだ、駆け出しディグアウターだって鼻歌まじりで攻略できるような遺跡だったじゃないか!
「グランド、落ち着いて。もしかして、
 私たちディグアウターが来たことで遺跡が稼動状態に入っただけなのかもしれないわ」
俺の震える腕を上から抑えた彼女が、金の髪を揺らして俺を見上げた。
「そういうことがあるのか?」
「・・・そんなによくあるってわけじゃないけど。全く無いわけでもないの」
彼女は侵入者に応じて形を変える遺跡があることを俺に教えてくれた。

じゃあ、今日の昼、漁場の崖で赤外線センサーが突然出現していたのも、
この子達が島に来ているから?
…きっとそうだ。遺跡がそういうことがあるってんなら、
島全体が『稼動状態』になったっておかしくないだろ。きっとあの赤外線センサーはそのせいだ。


俺は少し落ち着きを取り戻して、震えが止まった腕を片手で握り締めた。
「じゃあ、君が言っていた鍵や宝って…」
「うん、計算ではあるはずなのよ。この遺跡の中心あたりかしら?
 結構すごいディフレクターの反応だから、ひょっとすると、
 これは幻の虹色のディフレクターかもっておじいちゃんも言ってたわ」

虹色のディフレクター!!

俺は思わず生唾を飲み込んだ。だって、『虹色の』ディフレクターだぜ!?
ベテランのディグアウターでもそうそうお目にかかれない、
至上最大規模のディフレクターで…ここが重要なんだが、とても高値で取引される。
それこそ、ディグアウター用飛空挺なんて軽く2、3台買えるくらいの値段らしい。

ここで俺がそれ手に入れたら、…俺の夢、叶うじゃないか!!
俺はなんだかドキドキしてきた。手を伸ばせば届く所に夢が近付いてきたんだ。そりゃ興奮するぜ。
でも、問題はこの女の子、俺にその虹色のディフレクターをくれるだろうか?
答えはNOだ。
天下のディグアウターが自分のディグアウトしたものを、
それも幻の虹色のディフレクターをほいほい他人にくれてやる道理はない。

俺だったら一週間は目立つ所に飾って楽しんでから大いに売っぱらう。
あ。その前に記念写真も撮るかもしれない。
俺が彼女たちを出し抜いて先にディフレクターまで辿り着ければ簡単なんだが、
当の俺にはまだディグアウトの経験が無いし、
遺跡の外から地図全体をモニターしながら導いてくれる役目のナビゲーターもいない。

う~ん。難しいぞ。彼女たちとなんとか協力する体勢になれるのが一番いいんだろうけど・・・
と、俺が考え込んだそのとき。意外な形でその問題は解決する事になった。

「あーーーーーーっ!!!?」
なっ!?なんだ??
俺は驚いて、ついうつむいて考え込んでいた頭を持ち上げ、突然大声をあげた少女を見た。
「うわ、どうしよう…遺跡に入るのに、これ渡すのわすれてた!!」
少女の手に握られているのは…ライフボトル。
それと、…たぶん、エネルギーブレードを発生させることのできるアタッチメント武器。

「バージョンアップさせるからって言って、外してもらってたんだった!!
 どうしよう。バスターだけじゃこの遺跡は辛いわっ!!…しかもライフボトルまでないんじゃあ・・・」
たちまち、女の子の顔がさ~っと青ざめる。
俺も一瞬自分のことのように背筋が寒くなった。
あの規模の遺跡に、ライフボトルも特殊武器も無しなんて、
虎の巣穴にわりばしだけ持って飛び込むようなもんだぜ!

ディグアウト担当、生きてるんだろうか?誰かが届けに行くか、
いったん戻ってもらった方がいいんじゃないか?

…そうだ!
「俺が届けにいくよ」
俺は一歩踏み出して言った。
そう、俺が届けに行って、ついでにディグアウトにも参加しちゃえばいいんだ。
そうしたら、虹色のディフレクターを売った金の何割かくらいは請求できる可能性がでてくる。
俺、冴えてるぜ!
「えっ・・・でも、グランドってディグアウトの経験あるの?」
「伊達にこの島で弓漁師はやってないよ。
 ちょっとくらいの危険なんかどうとでもしてみせる。
 それに、プロであるきみのナビゲートは、期待してもいいんだろ?」
少女は困惑したように眉を寄せ、しばらく考えているみたいだった。
でも、他に選択肢のあるはずもない。
彼女にはナビゲートという重要な役割があるし、
一旦戻ってもらうのは時間的なロスがあまりに大きいだろう。

しばし沈黙の中夕方の涼しい風が通り過ぎていった。
島の中ではどこでも事欠かない、潮の香りを新たに残して。
「…わかったわ、お願いします。…私はロールっていうの。よろしくね」
俺はわくわくしながら、伸ばされた彼女の片手を握った。
「こちらこそ!ナビ頼みます…あと」
そして、長話の間すっかり退屈してあたりの草を食んでいた灰白色の馬を身振りで示し。
「申し訳ないけど、戻るまでミントをよろしく」
「ええ。わかったわ」
苦笑した女の子…ロールは小さくうなずいた。
―――やった!これで俺の初ディグアウトが始まるぜっ!!
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