ロクノベ小説保管庫 雪の町に集う者達 五章

※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

「奴らを追いかける」
アースガルドの家で、クロウは一通りの装備を確認してから、そう言った。
「もはや一刻の猶予も無い。ジャック、お前はケインについていてやれ」
「え、でも…!」
そう言いかけたジャックはクロウの眼を見て言葉を詰まらせた。
その眼は、これまでに無く真剣で、そして鋭かった。
だが、それでもジャックは引き下がりたくは無かった。
「クロウさん…無茶を承知でお願いします。僕も連れて行ってください!」
クロウは、ジャックを一瞥すると、今度はケインに顔を向けた。
ケインは身体の至る所を怪我して、腕や腹、頭にも包帯が巻かれている。
「見ろ。これでも応急処置しただけだ。
 お前以外に、誰がお前の親父を病院に連れて行く?」
「そ…それは…」
ジャックには、答えられなかった。
確かにジャックにとって、ケインの事はとても心配である。
だが、それと同等にミラの事も、クロウだけに任せておきたくは無かった。
しかしその時、その会話を聞いていたケインが口を開いた。
「クロウさん…こいつを連れて行ってくれねぇか?」
このケインの発言には流石のクロウも驚いた。
「何を言っている。自分がどんな状態か分かっているのか…!?」
「確かに今の俺は傷だらけだが、どの傷もそれほど深いもんじゃないんだ。
 それより、クロウさん、こいつはこんな性格だから、今までずっと俺や大人達の言いつけを
 守って生きてきた。そんな奴が初めて自分で行動しようと言うんだ。
 何、もし下手打ってこいつが死ぬような事があっても、あんたを怨んだりはしないよ」
ケインはジャックを横目で見ながら、ゆっくりとそう言った。
「親父…」
ジャックはただただケインの言葉に驚いて、それしか言葉が出てこなかった。
しばらくクロウは沈黙していたが、突然意を決した様に、言った。
「そこまで言うなら…いいだろう。ついて来いジャック。
 だが、この先何が起こってもおかしくは無いんだ。覚悟しておけ」


日中に吹いた吹雪の為に、町の殆どは雪に覆われている。
教会も、その裏の地下遺跡へと通じる建物も、その例外ではなかった。
それはもう下半分が雪に覆われ、満足に扉が開くかどうかも分からない。
その扉の前に、クロイツは立っていた。
「全く…手こずらせてくれますねぇ…」
彼は今、全身についた野菜スープをやっと洗い流した所だった。
しばらくして、そこに仮面の男が現れた。
脇には気絶したミラ・クラウスを抱えている。
その姿を発見した途端、クロイツは僅かに苦い表情を浮かべたが、すぐまたいつもの笑みを
口元に現した。

「珍しいですね。あなたが私の仕事を手伝ってくれるとは。しかし…」
クロイツは、仮面の男の顔から仮面が無くなっているのを見ると、薄笑いを浮かべた。
「シリウス、まさかあなたが、子供二人程度に苦戦するとはね」
仮面の男はクロイツを睨み、静かに、だが強い語気の言葉をそのフードの奥から響かせた。
「…相手をいたぶるのに気を取られて任務を疎かにした者の言葉とは思えないな」
「な…!!」
クロイツは酷く驚愕した。無理も無い。
仮面の男…シリウスの肉声を聞いたのはこれが初めてだったからだ。
そんなクロイツの様子を気にも留めず、シリウスは話を続けた。
「挙句、思わぬ反撃を食らってそのザマか。
 …お前の様な奴が一番虫唾が走るんだよ…このサディストが…!」
「き、貴様ぁ!!」
その途端、クロイツはシリウスに飛びかかった。
彼の薙刀は先程と同じ様に右の袖口から瞬時に飛び出し、シリウスの首筋に迫る。
だがシリウスも同時に剣を抜き、その刃を叩き落した。
クロイツは一旦後ろに退くと、更に左の袖口からも薙刀を取り出し、構えた。
「五十歩百歩とは、まさにお前達の事だな」
その時、彼らの後ろにあった遺跡へ通じる建物の扉が開き、その声が辺りに響いた。
「ケフェウス様!?」
主の思わぬ登場にクロイツは焦り、すぐに薙刀を袖口にしまって跪いた。
シリウスはケフェウスを一瞥すると、剣を鞘に納める。
ケフェウスは言った。
「神父は既に封印の場所で待たせてある。が、ここまで来てもまだ強情を張っている。
 やはり、お前達に娘を取りに行かせたのは正解だった様だ。
 シリウス、クロイツ、お前達はこれから来るであろう粛清官を迎え撃て」
それを聞いたシリウスは、脇に抱えていたミラを、どさりとその場に落とした。
そして、二人に背を向け、歩き出した。
「奴は俺一人で迎え撃つ。クロイツには荷物運びでもやらせていろ」
「なっ…!!」
「好きにさせてやれ。行くぞ」
怒りを露にするクロイツを制してケフェウスはそう言うと、再び遺跡の中へ歩き出した。
仕方無くクロイツはミラを抱えて、ケフェウスについていった。


「!!」
教会の前まで来たクロウは、ただならぬ気配を感じ、足を止めた。
「………」
「どうしました?」
尋ねるジャックの言葉を無視して、クロウは言った。
「ジャック、ここで待っていろ…教会に行ってくる。
 くれぐれもこっちへ来たりするな。危険だし、おそらくミラはいない」
そう言うと、クロウは教会の裏手へ向かわず、入り口の方へ歩き出した。
ジャックは、ゴクリと生唾を飲み込むと、その場に立ち止まった。

クロウはゆっくりと、しかし確固とした足取りで、教会の入口へ入った。
月の光の下で、一人の男が立っていた。
見紛う事の無い後姿。まさしく、数日前に遭遇した仮面の男だった。
仮面の男はただずっと、教会の祭壇の上部にある、十字架を見上げている。
周りの窓・ステンドグラスは全て粉々に砕けていた。
頭は動かさずに眼だけで辺りの様子を把握してから、クロウは無言で仮面の男を睨んだ。
その時、一人分の声が教会の中に響いた。
「神というものが本当にいるとしたら、俺は感謝するべきだろう」
まるで独り言の様な、意味の読み取れない言葉。
しかし、そんな事よりも、クロウは仮面の男が初めて発した肉声に気を取られた。
仮面の男の言葉は続く。
「この広い世界で、遥かな時の流れの中で、袂を分かった者が再会するのは、果たして
 どれだけの確率となるだろう?
 なぁ、ミラージュ」
男の発した言葉、それは瞬時に、クロウの記憶を余す所無く全て、呼び覚ました。
いや、今までも見当はついていた。だが、その声を聞くまで、到底信じられなかったのだ。
「そうか…やはり…そうだったか…」
この町で初めてこの男と剣を交わした時。そして今の、この声。
何から何まで、かつての、忌まわしい記憶を呼び覚ますものだった。

ヘブンを裏切り、あの荒野で自分が始末した男。

そして―かつての親友。

「仮面…昔からそんな悪ふざけが好きだったな…お前は。
 何故生きている!ロックマン・ロード!!」
仮面の男は、振り返った。
そして、頭を覆っていたフードを後ろへ下ろした。
短く切られた銀髪、整った顔立ち、鋭い眼。年齢もクロウとさほど変わらぬ男だった。
「ククク…ハッハッハッハッハ!!!」
仮面の男と呼ばれ、シリウスと呼ばれたその男―ロックマン・ロードは、堪え切れなくなった様に
笑い出した。
その間も、ずっとクロウはロードを睨みつけていた。


「いつ分かった?少なくとも最初に対峙した時は感づいた様子は無かったな」
一頻り笑った後、ロードはクロウに問いかけた。
「お前と闘った後、ずっと考えていた。
 あの剣技は一等粛清官の、それも限られた者だけが習得するものだ」
「流石だミラージュ。だが、あの時のお前は俺に遅れをとっていた。
 どうやら、リセットしてから随分腕が落ちた様だな」
ニッと笑みを浮かべてそう言うと、ロードは腰に下げた剣を抜いた。
クロウも殆ど同時に、二本の刀を抜く。そして両者は構えた。

次の瞬間、ロックマン・ロードは凄まじい速さでクロウに飛び掛った。
今までより段違いの速度。次の瞬間には、ロードはその剣をクロウの刀に叩きつけていた。
横へ吹っ飛ばされたクロウだったが、彼は規則正しく並べられた長椅子の背に着地する。
「はぁっ!!」
その場所から動かず、ロードは勢いよく剣を振り下ろした。
その斬撃は凄まじい衝撃波と化し、長椅子を薙ぎ倒して一直線にクロウへと向かう。
「……!」
横っ飛びで衝撃波を避け、クロウは長椅子と長椅子の間に飛び込んだ。
ロードは剣を構えて跳び、クロウのいる筈の長椅子の間に剣を振り下ろした。
しかしその場所に、クロウの姿は無かった。
長椅子の砕かれる音だけが空しく教会内に響く。
「…どうした?逃げ隠れなどお前らしくも無いぜ」
ロードは長椅子の列と長椅子の列の間、教会のほぼ中央に立ち、そう言った。
教会内は明かりが無かったが、空から降る月の光で、さほど暗くは無かった。

「!!!」
突如として背後から、ロードは殺気を感じた。
咄嗟に前に跳んだロードは、自身のマントに長い切り傷が入ったのに気づいた。
「外したか」
「隠密機能…なるほどな」
先程までロードがいたその場所に、クロウは立っていた。
「だが、本気でそんな浅はかな手で俺を倒せると思ったのか?
 もしそうなら、とんだ期待外れだぞ」
「……」
ロードの言葉に対し、クロウはただ無言で、彼を睨んでいた。
ゆっくりと、再び二人は構える。
そこで初めて、クロウは口を開いた。
「…そろそろ聞きたい。何故生きている」
ロードはクロウの問いに、口元に笑みを浮かべつつ答えた。
「…お前も、ヘブンのデータ上では死亡者扱いになってたぞ。
 『死んだ筈の男』なのはお互い様じゃないか」
「俺は直接この眼で…お前の死を確認した!!」
「いずれにしろ、今こうして俺とお前は再び相対している。
 これは変わる事の無い、確固たる事実だ。
 だから…もう一度つける必要があるだろう?決着をな!!」
ロードの言葉を皮切りに、二人は跳んだ。


クロウとロードの影は空中で交差し、教会内に甲高い音が響いた。
次の瞬間、二人は着地していた。
ロードは割れたステンドグラスの隙間から注がれる、月の光が照る場所へ。
クロウは光が天井で遮られ、影となっている場所へ。
それは、まるで二人の衣装を象徴しているかの様だった。

ピシリ、という音が響いたのは、次の瞬間だった。
「!?」
クロウは信じられない様な眼で、音の出所…左手の刀を見つめた。

青い柄の…『永劫』と名付けられたクロウの刀に…ヒビが入っていた。

そんなクロウの様子を微笑しながら見て、ロードは剣を鞘に納める。だが。
「…!?」
何の前触れも無く、ロードは、その口から血を流していた。そして、次の瞬間。
「がはっ…!!」
吐血は大量となり、ロードはその場に膝をつき、自分のアーマーを見下ろした。
彼のアーマーには、いつのまにか巨大なヒビが入っていた。

しばらくの間、彼は地面に手をつき、乱れた呼吸を整えていた。
やっとの事で呼吸を落ち着かせると、彼は静かに言った。
「ククク…どうやら…浅はかなのは俺の方だった様だな…」
彼の目の前には、刀を向けたクロウが立っていた。
「お前には、聞かなければならない事が山ほどある」
ロードはフッと力無く笑みを浮かべ、近くのまだ壊れていない長椅子に腰を下ろした。
その間もずっと刀を向けていたクロウに向かって、ロードは言った。
「トドメを刺せよ。今のお前を侮り過ぎた。俺の…完全な敗北だ。」
ロードの言葉を無視する様に、クロウは言った。
「答えてもらおう!何故この町で、俺を襲撃した!」
苦笑しながら、ロードは頭上を見上げ、言った。
「どうやら…お前は全く変わっていないらしいな。」
クロウはしばらくロードを睨んだ後、言った。
「生憎だが、お前の思い出話に付き合う気など俺には無い。早く質問に答えろ」
ロードはフッとクロウを鼻で笑った後、言った。
「ある事情でな。俺はケフェウスに協力しなければならなかった。
 こんな、ただの元司政官を脅迫するだけの任務と聞いて、俺は落胆したよ。
 だが、そんな時にこの地に来たのが…お前だ、ミラージュ。
 俺はこの町に侵入したお前に、闘いを挑まずにはいられなかった…というわけだ」
「つまり…俺とお前がこの町で遭遇したのは偶然と言うわけか」
高確率で嘘だとクロウは思ったが、言及は後回しにする事にした。
何しろ、今は時間が無い。


「…最後に一つ聞きたい」
相変わらずロードに刀を突きつけたまま、クロウは静かに言った。
「何故ヘブンを裏切った」
このクロウの質問に、ロードは無表情で黙っていた。
月明かりが床を、ガラスや長椅子の破片を照らす中、教会内にしばし沈黙が訪れた。

だが、そこに思わぬ乱入者が出現した。
「なるほどねぇ…」
「!!」
教会の入口に、クロイツが立っていた。
左手には、彼に首を掴まれたジャックがもがいている。
「クロイツ、何をしに来た」
そう言ったロードは、これまでに無く鋭い眼で、クロイツを睨んだ。
クロイツはやれやれとでも言う風に片手を振り、言った。
「シリウス。その粛清官が君の、昔の知り合いか何かだと言う事は分かりました。
 しかし今は、そんな事は関係無いですね。
 我々はどんな手を使ってでも遺跡にある兵器を手に入れなくてはならない。
 その為には、その粛清官は邪魔なのですよ。分かりますか?」
そう言うと、クロイツは視線をクロウに向けた。
「下手な行動を起こすべきでないのは分かっていますね?
 その気になれば、私はこの少年を一瞬で殺す事ができます」

クロウは、クロイツを鋭い眼で睨み、言った。
「神父とその娘は…」
クロイツは相変わらずニヤニヤと口元を引きつらせながら、言う。
「既に遺跡の深部へ向かっています。もはやあなたの努力は無に帰したも同然」
クロイツはゆっくりと、二人に近づいて行った。
そしてクロウの間近まで来ると、右手から薙刀を取り出し、彼の首に向けた。
「抵抗すれば…分かっていますね?」
「……」
クロウは黙って、ロードに向けていた刀を地面に落とした。
既に先程までもがいていたジャックの手足はだらりと垂れ下がり、抵抗は無くなっていた。
「死ねぇっ!!」
勢い良く、クロイツが右手を振りかぶった、その時だった。
数発の銃声が教会内に轟いた。


「ぐがっ…!!」
抵抗が無くなっていたと思われたジャックが、いつの間にか銃をその手に持ち、クロイツの
太腿に発砲していたのだ。
「げほっ…ごほっ…」
地面に手足が付くと同時に、ジャックは激しく呼吸をしていた。
どうやら大分長い時間首を掴まれていた様子で、傍目から見ても立ち上がれるようには
とても見えない。
クロイツはその場から体勢を崩すと、背後の長椅子に激しく叩きつけられていた。
「この…ガキぃ!!」
だが、彼は即座に体勢を立て直し、左手からも薙刀を取り出してジャックに襲い掛かった。
しかし、少年に向けられた二本の凶刃は、その柄を刀に斬り裂かれ、地面に落ちた。
次の瞬間には、クロウの刀に斬り裂かれたクロイツが、胴体から血飛沫を上げていた。

「馬…鹿な…!!」
凄まじい勢いの斬撃だったのか、その勢いのままクロイツの身体は宙を舞い、遥か後方の
既に破壊されていた長椅子の上に落ちた。
ジャックは、ただ呆然とその光景を見つめている。
「ぐっ…」
クロウはクロイツが起き上がらないのを確認すると、力が抜けた様に背後の長椅子に座り込んだ。
だが、ロードの存在を思い出すと、すぐに先程まで彼のいた長椅子に視線を向けた。
しかし、ロードはそこにはいなかった。
急いで周りを確認すると、いつの間にか彼は倒れたクロイツの傍に移動していた。
彼は息をしているクロイツを見つめ、次にクロウに視線を移した。
「…随分と甘くなったな、ミラージュ。
 以前のお前ならこんな奴、先程の一撃で息の根を止めていたというのに」
心底意外そうに、そうロードは言う。
そして、剣を抜くと、迷わずクロイツの胸に突き立てた。
「!!!」
「ぐああぁ…!!」
まだ意識はあったのか、クロイツはその瞬間、声を上げた。

「お前は調子に乗り過ぎだ。たかだか肉体改造された元デコイ風情が」
今までの様に余裕ある笑みは、今のロードには無かった。
ただ無表情で、クロイツを睨みながら、そう言っていた。
息も絶え絶えのクロイツは、呻く様に喉から声を捻り出す。
「き、貴様…!!」
その時、ロードの表情は変わった。
まるで、どす黒い心の奥底を映し出した様な、凄まじい狂気を含んだ笑みを浮かべ、
ロードはクロイツに、言い放った。
「このまま生き恥を晒し続けるくらいなら、マシだよ。死んだ方がな」
「し……シリウス!!」
「じゃあな!!」
そう言うと、ロードは一気に剣を引き抜いた。
二度目の血飛沫。それは染める様に、ロードの白いアーマーとマントに飛び散った。


「ロード…!!」
低いが、強い語調でそう言うと、クロウはロードを睨んだ。
ロードは思い出した様にクロウの方へ視線を向けると、溜め息をつく。
そして、次の瞬間には一足飛びで、教会の割れた窓の縁へ降り立っていた。
「ま、余計な横槍が入ったお陰で、頭が冷えた。今日の所はこれで終わりだ」
「逃げる気か…!」
ロードはクロウの方へ振り向くと、再びニッと口元に笑みを浮かべた。
「御免だからな、ケフェウスと心中は」

「…何?」
クロウは、ロードの言葉が頭に引っかかった。
今の言葉は、一体どういう意味なのか。
「お前にはまだ聞いていない事が色々と残っている…!」
クロウは再び刀を取り出し、ロードに向けた。
フッと息を吐いて、ロードは言った。
「こうしてる間にも時間はどんどん減っていくぜ?
 早いとこ遺跡へ行くんだな。俺はもうこの地に用は無い」
「待て!!」
クロウは即座にロードに跳びかかった。
だがそこへクロウが到達する寸前に、ロードは外へと跳んだ。
当然、クロウの振った刀は空を切り、ガラスの無くなった窓枠に当たるだけである。
クロウは舌打ちすると、ロードの消えた窓の外を眺めた。
だがその時、ロードの声がかすかにクロウの耳に入った。
「お前もせいぜい気をつけろ。
 それじゃあな。お互い生きていたら…再戦が楽しみだ」
「っ…!」
クロウは必死に窓の外を見回すが、ロードの姿は、どこにも無い。
そしてそれは、もはやロードがこの町に再び姿を現す事は無いということを意味していた。

クロウは溜め息をつき、刀を鞘に納めた。
ジャックを見ると、ただ呆然とその場に座り込んでいる。
やはり、あの光景は少年には刺激が強過ぎた様だ。
だが、急がねばならない。既に神父と娘、そしてケフェウスは遺跡の深部へ行ってしまっている
筈である。
クロウは、先程ロードと闘った場所へ歩いて行った。
そして、ヒビの入った刀『永劫』の状態を確認した。
「…くそっ!」
未だ使える状態とは言え、折れるのは時間の問題だろう。
彼は苦々しい顔で、その刀を鞘に納めた。
そして、今だ呆然としているジャックの方へ歩いて行った。

「立てるか?」
呆然としたまま、床に尻餅をついているジャックに、クロウは手を差し出した。
「あ…え…」
初めて気がついた様に、ジャックは眼の焦点をクロウに合わせた。だが、その瞬間。
「ひっ…!!」
ジャックはクロウの姿を見た途端、逃げる様に後ろへ後ずさりした。
躊躇無く敵を斬り裂いた彼に、ジャックは初めて恐れを感じたのかもしれない。
ふとクロウは、近くの床に散乱しているガラスに目を止めた。
そのガラスに、丁度自分の姿が映っている。
その姿は、先程のロードほどでないにしろ、かなりの返り血が付着していた。
「(これが原因の一つか…)」
クロウはバックパックから布を取り出し、アーマーに付いた血を拭い始めた。
それと同時に、彼はそのまま動かないジャックに声をかけた。
「怖いか?安心しろ。普通のディグアウターはこんな殺し合いなどしない。だが…」
ここまで話したクロウは、ジャックと初めて出会った時の出来事を思い返した。
そして、再び口を開いた。
「あの雪道で、お前の眼には俺が『憧れのディグアウター』として映ったかもしれない。
 しかし、俺はこういう、平気で人を殺せる人間だ。
 俺は…お前が憧れる様なディグアウターではない」
クロウは、冷たく突き放す様に、そう言葉を紡ぐ。
「この後も、さっきと同じ様な事はおそらく避けられないだろう。
 もう立ち上がる気力も無いなら、家に戻ってケインの手当てをしていてくれ」
そして彼は布をしまい、ジャックに背を向け、もう扉も無くなった教会の出入り口へ歩いて行った。

クロウが教会を出る刹那、ジャックは口を開いた。
「…違う…」
クロウは振り向き、ジャックを睨んだ。だがジャックは、クロウが口を開く前に言った。
「確かにクロウさんは、僕が憧れる様なディグアウターとは違う人かもしれない。
 でもこの数日間、あなたは間違い無く、僕が憧れた人でした…!
 幾つも僕の質問に答えてくれたし、ミラの言葉にも耳を貸してくれた。
 それにさっきだって、親父を助けてくれたじゃないですか…!
 そんな人が、平気で人を殺せるわけない!!」
そう叫んだジャックは、クロウの鋭い眼に、真剣な眼で応じた。
しばらく、二人の睨み合いが続いた。
だが、どれだけクロウが睨んでも、ジャックの眼は何も変わりはしなかった。

どれだけ時間が経っただろう。先に口を開いたのは、クロウだった。
「…そう思いたければ勝手にしろ。それよりついて来るのか来ないのか、はっきりしろ」
ジャックは、勢い良く立ち上がろうとした。
だが、一瞬は立ち上がったものの、フラフラと足はその場にくず折れた。
それが予想外だったのか、焦ったジャックは急いで近くの長椅子を掴み、身体を支えた。
「…無理そうだな」
「いえ…行きます、絶対。ミラと神父様を助けたい…!!」
クロウは溜め息をつき、その直後、ジャックに大声を浴びせた。
「ならしっかりしろ!!」
クロウの言葉に一瞬ビクリと身体を震わせたジャックだったが、それに対抗する様な大声で、答えた。
「はいっ!!」

時は、少し遡る。
教会でクロウとロードが対面していたその頃、遺跡内部ではケフェウスと、ミラを脇に抱えた
クロイツが最深部へ向け歩いていた。
「クロイツ。私が命じた任務、満足には果たせなかった様だな」
突如口を開いたケフェウスの言葉に、クロイツは苦虫を噛み潰した様な表情で言った。
「真に申し訳ありませんケフェウス様。
 しかし、必ずやこの穴埋め、果たして見せましょう」
「……」
クロイツの言葉に反応を示さず、ケフェウスは目前に近づいたゲートをくぐった。
そこは、数日前クロウが来た、壁にリーバードの瞳が埋め込まれていた部屋である。
中央にはディフレクターを失った台座がある。その横に、神父は立っていた。
彼は、絶望的な目でケフェウスとクロイツを見、そして抱えられたミラを見た。
「大人しく待っていた様だな。もう観念したか?」
ケフェウスはそう言ってから、クロイツに抱えられたミラへ視線を合わせた。
「さて、どうする?娘がここでバラバラにされるのを黙って見ているか?」
神父は無言で、だが悔しそうな眼でケフェウスを一瞥すると、リーバードの瞳が埋め込まれた
壁へ近づいた。
「助けを期待しても無駄ですよ。
 あなたが当てにしている粛清官は我々の仲間が足止めしています。
 万が一来るとしても、あと数時間は先でしょう」
ゆっくりと歩く神父の背中に、クロイツはそう声をかけた。
その言葉に反応を示さず、神父は壁の前まで来ると、その壁に片手をかざす。
途端に、遺跡全体に微弱な振動が起こった。

振動が始まって数秒後、神父の頭上にあるリーバードの瞳が、青から赤へと変化した。
そして、振動が強くなったかと思うと、その壁が真っ二つに割れた。
そして扉の様に壁は横の壁の中へと収納され、奥には細い廊下が続いていた。
「…この先か?」
振動が収まった後、ケフェウスは神父に向かって言った。
神父は振り向くと、ゆっくり首を縦に振った。
「クロイツ。お前はシリウスの様子を見て来い」
このケフェウスの言葉は、クロイツには予想外だった。
当然、自分も共に最深部まで行けると考えていたからだ。
「な…しかし、ケフェウス様…」
「行け。お前がこの先までついてくる理由は無い」
「…分かりました。必ずや、あの粛清官を始末して参ります」
そう言うと、クロイツは引き返そうとした。だが、脇に抱えたミラを彼は思い出した。
「この娘はどうします?」
ケフェウスは、神父を一瞥すると、答えた。
「まだその娘は人質だ。私が連れて行く」
クロイツは今だ気絶しているミラをケフェウスに渡し、遺跡を引き返した。
自分の命が潰える瞬間がすぐ傍まで迫って来ていた事を、彼はこの時知る由も無かった。

細い廊下の先には、再びゲートがあった。
「本当に、この先なのだろうな?」
ケフェウスの問いに、神父は歩きながら振り向きつつ、ゲートをくぐった。
その先は、天井の高い部屋であった。
その高さは30m近くあり、部屋の横幅も20mはあった。
そして、彼らの正面に、先程神父が開放した封印よりも更に巨大な扉が存在していた。
「開けろ」
有無を言わさぬ口調で、ケフェウスは神父に命令する。
だが、神父はただ無表情でケフェウスを見つめたままであった。
「開けろ!」
ケフェウスは思い出させる様に、ミラを前に突き出した。
神父は眼を伏せ、そして先程の様に、扉に手をかざした。


再びの振動。そして、ゆっくりと開く扉。
遂に姿を現したその部屋は、まるで殺風景なものだった。
灰色がかった床。真っ白な天井。
そして神父のいる地点から更に30mほど先にある正面の壁には、巨大なモニターと操作盤が
据え付けてあった。
「…どういう事だ神父よ」
ケフェウスは部屋へ足を踏み入れ、そして正面へ歩き出した。
が、丁度部屋の中央辺りで立ち止まり、今だ扉の前にいる神父の方へ振り返った。
「何も無いではないか!!」
神父は、無言で歩き始めた。
ケフェウスは神父に、尋問する様な口調で言う。
「ロックマン・ハウエルよ。してもらおうか、納得の行く説明をな」
その顔の、包帯の隙間から覗く真っ赤な眼が、鋭く神父を睨む。
神父はそれでも無言で、ついにケフェウスの横を通り過ぎた。
ケフェウスは向き直り、モニターの方へ向かう神父を睨み続ける。
神父は、遂にモニターの前に辿りつくと、その下にある操作盤のボタンを叩き始めた。
「……」
広大な部屋での沈黙の中、操作盤を叩く音だけが、響き続けた。
そして突如、神父は振り向き、ケフェウスと、その横に抱えられたミラを一瞥すると、操作盤の
最後のボタンを叩いた。
「…!?」
これまでよりも大きな振動が、その部屋を包んだ。
そして、何も無かった左右の壁に、変化が現れた。
壁の、奥から順に三つずつ、左右合わせて六ヶ所の部分が上に開き始めたのだ。
そして、一際強い振動の後、六つの巨大な戦闘端末が、その姿を現した。

ケフェウスは、威圧される様に、六つの戦闘端末を眺めた。
「フ…フフ……ハーッハッハッハッハッハ!!!!」
突如、高く笑い出したケフェウスの声は、絶望を煽る様に、遺跡中に木霊した。
神父は、ただただ沈痛の面持ちで、眼を瞑っていた。