ロクノベ小説保管庫 最終章~嘘 > 双藍 > Ultimate Blue > とどかぬあなたに

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最終章~嘘
エンテの残骸の前に、金色のカードキーがどこからともなく現れた。
俺はそれを取って通路を歩き始めた。ロックが遅れてついてくる。
「その鍵は?」
俺は指先でひらっとキーをまわして見せた。
「君が地上に帰る鍵」

ぴたっと後ろで足音が止まり、一拍後駆け足でロックが前に立ち塞がった。
「グランド、それどういう意味?」
俺は一瞬ぽかんとして、それから思い当たった。…そうだ、説明していなかった。
「忘れてた。説明してなかったよ。ほら、虹色のディフレクターってデカイだろ」
ロックが戸惑いながら頷く。
虹色のディフレクターは…ほかはどうか知らないけど、
ここのは高さだけでも軽く3、4mはあったはずだ。
「地上から引っ張りあげてもらわないと出せないんだよ。
 俺はこの先のコントロールルームに行って天井を開く操作をするからさ、
 ロックは外で…あの…君らの飛行船」
「フラッター号?」
「へえ、そんな名前だったのか…いい名前だな。その飛行船で吊り上げてくれないか。
 俺はそのとき一緒に引き上げてもらうよ」

ロックはほっとしたように破顔した。
「・・・よかった、グランドがあまり思いつめた顔してるからさ。
 まだなにか危ないことがあるのかと思ったよ。
 ・・・・ということは、エンテを倒したことで島は開いたんだね?結界はもうない?」

俺は微笑んだ。
「ああ。アリアと俺は約束した。この島を開放するってことを。それは果たされたよ。
 あとは土産に虹色のディフレクターを持って帰るだけだ」

俺は金色のカードキーを、ぽいとロックに放り、ロックはそれを難なく受け取った。
「入ってきた場所から帰れるよ。俺はコントロールルームに行く」

(だけど俺はまだ、アリアがなぜ死んだのか、そのメモリーがどうなってしまったのかをロックに話していない)
「うん、わかった。気を付けて」
「ここから先に危険なんてないさ」
(ロックは気付いているんだろうか、いないんだろうか。)
「・・・そうだったね」
最初見たときから数段くすんでボロボロになった青いアーマー姿が、
背中を見せて歩き出しかけ、ふと振り向いた。

「お疲れ!」
「・・・ありがとう」
こんどこそ、どこかリズミカルな足音をさせてロックが遠ざかっていった。
俺はその背中にかけたかった、数百の言葉を胸の奥にねじこむ。
言っちゃいけない。もう、巻き込んじゃいけない。とくにあんないいやつらは。
エンテのとどめを刺させたのだって相当に辛かったはずだ。これ以上はもう。

やがて、遠くで鍵を使う電子音がして、扉が開く重い音がした。
(行ってくれ。そのまま。気付くなよ)

ガタ・・・・ン・・・・
扉が閉まる音がして、俺はやっと大きく溜め息をついた。よかった、気付かなかったな。

そっとバックパックを開いて無線を取り出した。二つ。
俺のと、ロックのだ。
実はロックが倒れた時にスリ取って電源を切っておいたんだ。

俺の方の電源をONにするなり、ロールの金切り声が飛び込んできた。
『――で勝手に切ってあるなんて、絶対何か!・・・・? グランド!?』
「・・・うん、勝手に切ってすまない。エンテは倒したよ」

『それは良かったけどっ…どういうつもりなの!?
 無線はディグアウターにとって生命線なんだから!!大体…』
俺は低いトーンの声で言った。
「聞いてくれ。ロックが上がってきたら、その飛空船に乗せて島の結界の外へ出てくれ。
 ロックが何を言っても島に戻しちゃだめだ」
『・・・グランド?』
俺はちょっと笑って続けた
「ごめん。俺は嘘をついてた。エンテを倒したくらいじゃ結界は開かないんだ。
 ・・・むしろ、もっとまずいことになる」

『・・・・?』
「わからないかもしれないけど、聞いておいてくれ。
 今、俺がここにこうして生きていることでアリアは生きていることになっている。
 今まではエンテも生きていたから、
 この島の司政官と守護リーバードは両者とも健在としてあつかわれていた。
 …ここからが重要なんだけど、エンテかアリア、どちらかが死んだら、
 30分以内に今週のヘヴンからの暗号コードを入力しないと島の結界は強制解除されてしまうんだ」
『結界の解除?・・・ならいいんじゃ・・・?』

俺は、無線相手で何の意味もないのはわかっていたけれど、首を横に振り、目を伏せた。
「『強制』解除。結界が強制的に解除されると、この島の動植物…もちろん住人も、一気に死に絶える」
『そんな!』
「この島の生き物は、決して外と混じってはならない。らしいからね。
 …どう説明すればいいのか…アリアが言うには自殺遺伝子…みたいなものがこの島の生き物に組み込まれていて、
 結界が強制解除されるとそれが自動的に発動するようになっているって。
 俺には、アリアが託したその自殺遺伝子発動解除プログラムがある。
 今からそれをためしに行くつもりだ。…成功率ははっきりいってわからない」

息を飲んだっきり黙っていたロールは、数秒の沈黙の後に恐る恐る言ってきた。
『グランド、わたしたちにできることがあれば…!』
「さっき言った。…結界の外へ、ロックをつれて出ててくれ。できたらこのことを悟られずに」
今度はロールは黙り込んでしまった。
「あいつは、事情を聞いたらロールを振り切ってでもまたここに来るだろ?」
『うん・・・・でも!』
「俺は、あんたたちに酷い光景を見てもらいたくない」
『!』
「助ける術もなく人々が血を吐いて死んでいくのを目の前で見せたくない。
 30分たって島になにも起こらなかったら。・・・そのまま、二度とこの島に来ちゃだめだ。
 そうそう、もう一つ謝るよ。
 ・・・虹色ディフレクターは結界解除プログラムを作動させて、この島の結界を壊すときに使い切っちゃうんだ。
 悪い、あげられなくなったな」

さっきよりも長い沈黙の後、無線は痛いくらいに叫んだ。
『グランドはどうするの!どうなっちゃうのよ!!』
俺はふっと微笑んだ。

「頼む」
そして、俺は無線を静かにoffにした。

最終章~双藍

カツ、カツ、と俺の靴音がしんとした通路に響いている。
薄靄のかかる白光に満たされた、どこか寂しい空間。こうも違うんだろうか。
…エンテを倒しただけで。いや、変化があったのは俺の心の持ちようのほうか。

さっきの場所、エンテの残骸が横たわる場所に辿り着いて俺は足を止めた。
崩れた機械類の山。叩き売られるのを待つジャンク。そう言った方が早いだろう。
その中にごろりと転がる、瞳の砕けたリーバードの頭部。
だけど。

「…やあ」
俺は声を掛けた。

『やあ』

少年のような声が答えた。少し懐かしい…エンテの声。ロックにもロールにも話せない。話さなかった。
俺とアリアの計画の一端。

そう・・・あの時。アリアは、沈痛な面持ちで計画を俺に語ってくれた。
彼女は自分が今の端末を捨てて、この島を縛り上げるシステムの根本に侵入し、それを解析。
自らが島民たちの自殺遺伝子破壊プログラムになるつもりだ、と語った。
そのさい、同時に爆薬か何かで体の方も損傷させ、ヘヴンには機械類の事故と見えるように細工する、とも。
…それは、端末を壊されてもメモリーさえ無事なら
リセットによって生き延びることができる司政官にとっての、完全なる死を意味していた。

アリアはリセット以外ないというほど己の体を損傷させる。
そのとき、ヘヴンはエデンにバックアップさせておいたメモリーを、リセットした体に搭載する。
そのメモリーを…エンテのメモリーとすり替えておく。
すると、リセットされたアリアの端末にエンテのAIを載せたものができるはずだ。
…そうして、俺はアリアになるのだと。

『何度もシミュレートしたわ。間違いない。…だけど、ごめんなさい、エンテ』
彼女は泣きながらあやまる。死んでしまう自分が一番酷いっていうのに。
『あなたのメモリーをコピーして、コピーの方は私のリセットされた端末として、
 島の民の間で育つでしょう…。
 島民の隠された役割の一つが、リセットされた司政官の育て役なのだから
 その辺はヘヴンに知れたとて問題ないでしょう。あの弓漁師の血統はそのために私と似た肌色と髪色なのだし』

だけど、とアリアは続ける。湖よりも澄んだ藍色の瞳が痛みに揺れる。
『…あなたは。コピー元であるあなたは、このままここで、ずっと一人だわ。
 将来成長したコピーのあなたが来て、あなたを倒すのを受け入れなくてはならない』

優しい褐色の細い指が、俺の鼻先を抱きしめる。
『私の端末に乗り移るコピーのあなたも。
 ・・・島民の家族が、いつか偽りの家族と気付いて衝撃を受けるでしょう。
 そして、記憶を取り戻せば自分自身を倒さねばならない辛さを背負わねばならない。
 …計画が失敗だったら、友達も家族も親んだ自然も、
 何もかもが死んでいく中に一人取り残されなくてはならない.』

アリアはそのまま、俺の鼻先にしがみついて泣く。ごめんなさい、島民たち。ごめんなさい、エンテ。
私がもう少し優秀だったら、もう少しましな方法があったかもしれないのに。

俺は、鼻先で軽く彼女をつきはなし、否定のしるしに頭を小さく横に振った。
アリアがどれだけ頑張ったか知っていたから。10年という月日を費やして、
彼女はリセットのしくみ、この島を縛るシステムの様子を調べ上げた。
自ら破壊のプログラムになる方法をも。できる限りのことをやったじゃないか。

――あやまることなんかない。 これは俺も望むことだから――


砕け残ったリーバードの瞳に再び光が灯るかどうかは、
はっきり言って掛けのようなものだったけれど…エンテは生きていた。まだ、かろうじて。

『グランドって名前をもらったんだな』
薄ぼんやりと紅く瞳が輝いている。
「ああ」
エンテはふと悼むような雰囲気をみせた。
『ごめんな。あのデコイ友達だったんだな。俺、久しぶりに緊急アラーム聞いてはりきってた。
 この島にこんな度胸ある奴がいたんだって』

そこで、ふいっと言葉がとまる。やがて声は自嘲的に続いた。
『・・・いや。俺同士に嘘はいらないな。正直怖かったんだ。もう その時なのかって。
 こんな瞬間、永遠に来なきゃよかった、って。でも、
 アリアを無駄死にになんかさせらんない。せめてかっこよく、お前達をコントロールルームまで送ってやろう。
 ・・・そう思ってたんだぜ?』
ははは、と言葉だけの笑いをエンテはもらす。力の入らないその声の様子が痛々しい。

『ところがどうだよ。扉が開いて、俺はアリアを見たと思った!
 実際はあんただったんだが、衝撃だった。
 アリアが生きて、デコイと友達になってて。粛正官と一緒に俺を殺しに来てる・・・
 ああ!なのに俺は望んだ未来もなく、死ななきゃならない。
 こんなのってあるか。・・・憎い。憎い!』

この立場にいたら、俺も同じことを?…そうかもしれない、そうじゃないかもしれない。
エンテの言葉は、そのまま俺の胸に突き刺さる。
『・・・これを絶望というのかな。気が付いたら、デコイを殺してた。
 情けなくて恐ろしくて、俺は呆然とした。
 それなのにさっきだって。俺はあわよくばあんたの身体を乗っ取れないかと思った。
 あんなに固めた決心だってのに。攻撃の手を抜けなかった。
 なあ俺、俺はこんなに弱い。こんなに卑怯だ。・・・絶望したかい?自分に』

「・・・いや」
エンテはいぶかしげに瞳の輝きを揺らがせた。
「俺のオヤジの受け売りってやつを教えてやるよ。
 てめえが弱いって分かってる弓漁師はいい弓漁師だ。慢心しない。
 さらにいい弓漁師は弱さを踏み越えて強くなる。もっとスゲーやつは人の弱さも認めて優しく強い。
 伝説にまでなるやつはだな、弱いそぶりを隠して踊るように死線を超えるんだ。
 お前がどこまでなれるかはわからんが、覚えておきな!」

俺は言葉を切り、記憶の中の親父を思い出してそっくりに胸を張って腰に手をあて、
仁王立ちになって見せた。

「自分の弱さに脅えるな!自分の弱さを見つけたら、それを常に心にとめていろ。
 必ずしも克服する必要はない!」

俺の親父が言ったんだぜ?いいだろ?
エンテ。
大事なのは、自分は弱いと知ること。そうすると、人も弱いとわかる。
そしてきっと、出会う誰かに対してやさしくなれる。それが強さへの第一歩だと。

あいつは、ふうっとため息のような笑みを浮かべた。
ああ、リーバードの瞳にも、想いが浮かぶんだ・・・!
あいつはそれから、ちょっと笑ったように、俺には感じられた。
「いい、16年だったみたいだな」
甘く苦い声だった。
俺はうなずいた。

「最高だった。そしてこれからも」
エンテのリーバードの瞳が、ぼうっと最後の光を放つ。
問うように、確かめるように。
俺はもちろんうなずいた。
後悔は無い。

ああ後悔なんか、ない!

最終章~Ultimate Blue

それは『∞』の形をしたこの通路の交差点にあった。階下へ続くエレベーター。
これはエンテが完全に死亡したことで、初めて開通する。
ふわりと柔らかい卵色の光が床の上でリング状に輝き、その存在を主張している。
俺は無言でそのリングのまん中に立った。
振動音もなく、俺を乗せて床は沈んでゆく。エレベーター特有の浮遊感があって、一時暗闇に包まれ…そして。

(やっとたどりついた・・・)

視界が開けた。
コントロールルーム内部は、大きな卵形をしていた。
その卵の大きさは、
エンテ…かつての俺が、たとえ尻尾の先で伸び上がったところで天井にはるか届かなかったし、
5倍の長さがあったところで端から端まで体を渡すことはできなかっただろう。
常に自然光に近い柔らかな波長の光に満ちて・・・・。
かつていろいろな風景を映し出して俺を慰めてくれたその壁面は、
今はロードアイランド島全体の遠景を映している。
今、島は夜明け前の深い藍色のグラデーションの中に沈んでいる。
真夜中はとうに過ぎたが夜明けはまだ遠い。
空にまだ星が残り、海は月影の光で銀の波頭をちらちらさせていた。
風がないのが、潮の香りがしないのがおかしいほどの映像。

島のあちこちには、上空も含め多くの『目』が配置されている。
司政官が島の様子をいながらにしてつぶさに見るためだ。
今映っているのは、その一番外縁にある『目』の映像だろう。
床面を除いて全ての壁面に映像を映し出すことのできるコントロールルーム。
その映像のおかげで、薄いプレートが1枚島の上空に浮かんでいて、そこへ俺は降りてくような感覚がした。

・・・かたん。

靴底が床面についただけでその音が大きく響いた。
それほどにここは静かだったかとあらためてドキッとして。
…そして、周囲を見回した目が懐かしいものをとらえた。

ミルク色に光る床面から、唐突に生えた丸テーブルみたいな形のコントロールボード。
その前に、場違いなくらい優雅な形の、白い藤の椅子がひとつ。
(アリアの椅子・・・)
駆け寄って、俺はその背もたれに片手を置いた。・・・こんなに、小さかったのか。この椅子は。
記憶の中で思うよりも椅子は華奢で、ちょっと力を入れたらそれだけで壊れてしまいそうだった。
思えば、あの巨大なエンテの姿でしかここに来たことがなかったんだから
イメージと現実が違うのも無理はないんだろうけど。
目を閉じるまでも無く、この椅子に腰掛けて長い空色の髪をまっすぐに後ろに垂らしたアリアの、
凛とした背筋のあたりが思い浮かぶ。
16年。・・・いや、こうしようと思ってから何十年もかかった。
俺は懐かしくて嬉しくて、でも…悲しくて、小さく呟いた。

「来たよ、アリア」

ヴン…ッ
(なんだ!?)
何かが作動する音がして、俺はその場から一歩後ろへ飛びのいた。
椅子の背のすぐ手前に立体映像が結ばれてゆく。そうか、俺の声で作動する仕掛けだったのか?

白い何かの映像がぎゅうっと斜めに引き伸ばされ、俺の膝くらいの高さまで小さく縮んで、
それからパッと普通の状態に戻った。
少し面長の部類に入る、優しげな輪郭の顔、その肌はミルク少し多めのカフェオレ色。
湖面のように澄んだ、藍色の瞳。微笑む桜色の唇。それから、長くまっすぐな空色の髪。
たたずまいを直すように踏み換えた足元は素朴なサンダルで、
彼女はいつか見た真っ白なロングドレスを着ていた。
―――アリアの映像だ!

『私がいなくなる前に残しておきたいと思いました』
記憶と変わらない、金の鈴を振るような声。これはアリアからの、メッセージなんだ…。それとも、遺書だろうか。
くすっと笑ったアリアは、自分の前方斜め上を見上げた。
『私のこの端末に乗り移るため、
 エデンに保存させた方のあなたは知らないでしょうから、言っておこうと思ったの』
あっ、と言って、彼女は目線を俺の方へ慌てて下げた。
『・・・ごめんなさい、エンテだと思うとつい上を見てしまうの。
 今のあなたはこれくらいの背かしら?』

俺は苦笑する。少しドジなあたりまで、そのまんまだ。
『辛い思いをさせてごめんなさい。これから、さらに辛い思いをさせるかもしれないことも、同じだけど』
アリアは一息ついて、右手の平を上に向けて差し出した。

『・・・あなたに、秘密にしていたことがあるの』
アリアの掌の上の空中がぴかりと光って、そこに文字が流れる。
よくヘヴンからの指令として使われていた文体だ。
・・・あまり良く覚えていないけど、確かそうだったような。
光の文字は流れる。ロードアイランド・・・この島の現在の実験は失敗であること、
今のデコイを初期化せよという命令。

…これって、アリアがヘヴンへの反逆を決意したことを、初めて俺に語ったときの指令だ。
確か同じ時に、夢見るリーバードである俺はマザーガーディアンとして不適格、
そのままロードアイランドでアリアの守護を命じられたっけ。

その通りの内容が、アリアの手の上の空中を滑っていく。

『・・・わたしは、この先を故意にあなたから隠しました』
アリアがなぜかうつむく。空色の髪が肩を滑って落ちて、その表情を俺から隠した。
光の文字は流れる。

最終章~とどかぬあなたに

『――恋する司政官もまた、不適格の対象であり…実用のAIには登用できず… ――』

(恋する!?)
心底驚く俺の目の前で、アリアは顔を上げた。明らかに紅くなった頬を隠そうともせずに。
ただ、さすがに手の上で流れる光の文字を握りつぶして停止させる。

『この気持ちをだまって持っていくのは、できませんでした』
(アリアが、俺に!?…リーバードに!?)
『所詮私は実験体の司政官で、本当のこの島の管理者はどこか空の高いところにいて…。
 私たちはただ、命令をこなして気候やリーバードを操作したりする。
 …そして、時には殺戮の血に染まって。本当の意味で端末に過ぎなかった。
 なのに、こんな場所でも夢を持つあなたが眩しかった。
 ヘヴンで出会った職員たちはどこか冷たくて。夢なんか語る人もいなかった』

こんな表情をするアリアを、俺は知らない。こんな面もあったなんて。
どこか超然としていた、遠い「ロックマン」アリアだったはずなのに。
目の前で顔を紅くしてたたずむのは、俺の知らない誰かのようだった。

『・・・よかった、この気持ちを伝えられて。叶うことは永遠にないけれど』
微笑むアリアは、今まで見た中で一番綺麗で…って、俺は何を考えてるんだろう。
思わず湧いた想いに、俺は物凄く焦る。

『私の知らない名前があるのでしょうね。
 ディグアウターにはなれた?友達はいるのかしら。・・・好きな人は・・・』

そこまで言って、アリアは首を横に振って、困ったように眉をしかめた。
『容量が足りなくなってしまうわね、最後にするわ。
 …ねえ、今のあなたには手があるでしょう。握手をしてくれる?』

差し伸べられた手。…そうだ、今の俺には、それを握り返す手があるんだ。
俺は片手を伸ばして、アリアの立体映像の手を握った。
手ごたえも無く、温かみも無く、そこにはなにもない。これはただの過去の映像。

そのはずなのに、確かにそこには…何かがあった。言葉にも形にもならない何かが。

『私たちはこの島のみんなを封じ込めた、その本当の責任者じゃないけれど。
 ・・・私は司政官だわ。司政官らしいことは一つもしたことは無かったけれど。ただの実験体なのだけど、
 わたしはこの島の管理者。…最後に、本当に司政官らしいことができる』

俺をまっすぐ見つめるアリアの目に、深い光が揺れている。そこに涙は無い。
『素敵な恋ができた。こんなに嬉しいことはないの。ありがとう。忘れないで。
 私は消えてなくなるけれど、あなたに会えて。この島で暮らせて。最高に幸せだった』

差し伸べていた片手を戻したアリアは、ふと自分の後ろを見上げた。
そこにエンテがいるらしい。何かを喋りかける。
それから顔をこちらに戻し、にこっと無邪気に微笑んだ。

『そこの黄色いパネルを押せば、プログラムは発動するわ』
確かに。コントロールボードに一つ、黄色く光っているパネルがある。
視線を戻すと、アリアの映像は揺らぎ、消え始めていた。

『大丈夫、信じて』
さっき聞いたような言葉が、アリアの口から聞え、そして。映像はプツンと消えた。

俺は呆然とその場に取り残されて
…そして、その呆然とした心の中でやっと認めたんだ。
俺のほうこそ、きみを愛してた。・・・今になって気づくなんて。
握手をした手を握りしめて、俺は思った。あれ以上優しい握手を、俺は知らないから。
今となってはもう届かない貴方に。せめて・・・

「・・・ありがとう・・・」

耳が痛くなりそうなほどの静寂の中、パネルを押す、小さな音が響く。