ロクノベ小説保管庫 ロックマンコードⅡ 最終章~護りたいから~

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ロックマンコードⅡ 最終章~護りたいから~

 奴を倒さなければ、地球が墜ちる

くっ・・・

 地球を護りたいなら、奴を斬るしかないんだ

・・・・・・っ僕は・・・・っ

 さぁ・・どうする?

・・・・俺は・・!俺は君を・・・!!


護りたいから!


第一話

 掌の中で、ビーム・セイバーの柄が派手な音を立てて爆裂した。
 その爆風が、更に彼等の身体を痛めつける。
直接握っていた掌は、もう使い物にはならないだろう。
 思わず片腕でそれを庇う。視線の先には、いつ果てるとも分からない、敵の大軍勢。
一体全体何体いると言うのか。既に数時間分も戦闘を繰り返していると言うのに、
その数は一向に減りを見せなかった。
 牽制として、バスターの銃口を正面に向ける。
だが、死を恐れない機械兵器達は、そんな事など気にも留めずに、
次々と彼等に押し寄せては、小さな、それでいて確実なダメージを喰らわせていく。
「くっ・・・」
 ブランと片腕が情けなく空を掻く。
さっきから接近戦用に酷使していた方の腕だ。
 ビーム・セイバーにしろ、フレイム・ストライクにしろ、腕にかなりの負担がかかるといわれる技を、
この数時間、全て一方の腕で使用してきたのだ。
更に、先程の爆発も手伝って、既に彼等の片腕は死んでいた。
「生きてるか?響」
「当たり前だろう。そっちこそそろそろ音を上げたか?」
 お互いに背中合わせになって、皮肉混じりにそう声をかける。
 本当なら、二人とも既に限界を超えていたのだ。とっくのとうに。
それでも、彼等に倒れると言う選択肢は残されてはいない。
唯一選ぶ事の出来る選択肢。そうそれは、ベースを護りきり、輝が帰還する所を自身の目で確認することだ。
 端から見れば、そんな事はまず不可能だろう。
常人なら、既に倒れ、集中治療室に運ばれていても可笑しくはないのだから。
「まさか。大体、俺達の方が音を上げるなんて根性無しな事、出来っかよ」
「アイツの根性にはお手上げだ。だが、だからと云って、オレ達が根性無しだと云えばそうじゃない」
「ピンポン。大当たりさ」
「ふざけている時か?」
 無理をして冗談を云うカイトの事には、フラットは最初から気付いていた。
だがそれを口に出してしまうと、今の絶望的状況を再確認させられてしまいそうで、それは敢えて彼の調子に会わせることにした。
 ふと、既に暗くなり始めた空の一点に輝く月を見上げてみる。満月だ。
あそこで、今まさに輝が闘っている。全ての決着をつけるために-
「ははは。いいじゃねぇか。どうせ後少しの辛抱だぜ?」
「ふっ・・。何故そう判る?」
「勘・・さ!」
 カイトは、いつしか自分の能天気なオペレータが自分に投げかけてきた台詞を、わざと発してみた。
あの時は、偉く脱力して、思わず通信機を切ってしまったっけ-カイトは、台詞を口にしながら、小さくクスッと笑った。
 だが、それは決して嘘なんかでは無い。あと少し-漠然とだが、そんな感覚がするのだ。
「勘ね。下らない理論だな」
「そうとも云えねぇぜ?だったら響。お前ぇはなんでいつまでもしぶとく立ってんだよ」
「ふっ・・どうせ後少しだろう?」
「ほら云った」
 可笑しそうに返すカイトに、フラットは小さくふっと笑った。
 自分に名前をくれた彼には、いつも何かを突き動かされる。
理論的には絶対に無理だと判っていることでも、彼は立ち向かうし、諦めない。
そして必ず、その理論を覆してくれる。
 『勘』だとか『想い』だとか、全て彼が教えてくれた事だ。
今更それを疑うつもりは無い。今になって理論を口にしたのは、いつもの自分のキャラを彼に誇示したかったからだ。
自分はまだやれる。だから、お前も頑張れ-そう云う念が込められた言葉。
「どっちにしろ輝は勝つさ」
「ったり前ぇだろ?」
「そんな判りきった事を、今更云わせるな」
 再び敵メカニロイド達が押し寄せてくる。
 二人は、一旦会話を切り、未だ微かに生きている片腕のバスターに、ゆっくりと光を収束させ始めた。
「だけど帰ってきたら輝の野郎に昼飯奢らせてやるぜ!」
「そいつは賛成だなっ!」
 彼等が閃光を放った瞬間、頭上の月が一瞬だけ発光-したような気がした。

第二話

 長い長い廊下を、彼は走っていた。
ただひたすら前だけを見詰めて。
 敵は、一体も出現しなかった。まるで、ここを通る者は誰一人いない筈だったとでも云うように。
 カンカンカンカン。冷たい廊下と、フットパーツがぶつかり合う音だけが響く。
 この先に、彼女がいる。この先に行けば、彼女に逢える。
ただそれだけを心の中で想いながら、彼はひたすら廊下を蹴る。
 時々、窓から外が見える。
漆黒色をした宇宙空間だ。ポツポツと見えるのは、星々の輝き。
そして、一際大きく見えるモノ。それは、瑠璃色をした惑星-地球。
 あそこで自分は生まれた。あそこで沢山の人々と出逢った。
あそこで幾つもの闘いを経験した。あそこで色々な事を学んだ。
そして、あそこで、彼女と出逢った。
何よりも大切な出逢いをくれたのはあの星だ。
 扉が、見えた。
頑強そうな扉だ。恐らく、掌で押したところでビクともしないだろう。
 だが、輝は足を止めなかった。
それどころか、更にそのスピードを上げながら、右手をバスターへとチェンジする。
「はぁぁぁ!!」
 そして、閃光を収束させたバスターを押し付ける形で扉へ突撃し、
エネルギーを解放しながら、強引に扉を突っ切る。
 バラバラと砕け散る扉の破片。輝は、タンッと綺麗に床に両足をついた。
 その部屋の全貌を見て、一瞬だけ目を見開く。
 一言で現せば、何かの生物の内蔵だ。
床はドクドクと脈打っているし、三百六十度の壁は、まるで筋肉や皮の様なモノで固められている。
どれも機械的な物を何一つ感じさせない。まるで部屋全体が『生きている』様だ。
「・・!」
 輝の視線は、部屋の中心で静止した。
 まるで何かの肉塊。うごうごと蠢く肉の塊の中に、一人の少女が見えた。
半分以上が呑み込まれてしまっていて、その全容を上手く掴むことは出来ない。
だが、あのショートの茶髪は、間違いない-。
「ヒ・・ヒカルっ!!」
 慌てて手を伸ばそうとしたが、一瞬遅かった。
 輝の手がヒカルへと届く前に、肉塊はそれごとぼこりと床に呑み込まれ、消えた。
「なにっ・・!!」
 その瞬間、部屋全体が蠕動を開始した。
 ウネウネと部屋全体が蠢き始め、まるで何かを生み出そうとしているかのように、グチャグチャと音を立て始める。
そして、輝が慌ててバスターを構えようとした瞬間、部屋全体が、目を開けていられないほどの光を発し始めた。
「っくっ・・・!」
 思わず目を庇う。
 後少しで届いたのに、あと少しで-。


 ゆっくりと目を開いたとき、部屋全体の揺れは、驚くほど静かに収まっていた。
 ゆっくりと、ゆっくりと顔を上げて、さっきまで肉塊があった部分を確認する。
そして、絶句-。
 そこに立っていたのは、巨大な人型-それはレプリロイドとも人とも云えない中途半端な-。
その全長は、輝の三倍、いや四倍は軽くある。
 頭部と呼べる物は無い。代わりに、胴体と思しき部分に、『目』だろう、器官が二つ。
まるで旧世界の遺跡にあるような模様が全身に走っていて、その姿はまさに古代の神。
「・・・あっ・・・」
 そして、彼の『目』の真下。そこは半透明になっていて、中身が見えた。
目を瞑ったまま、動かないヒカル。だが、恐らくは死んでいない。
 これが完全体のフェルマータ・・-輝は、先程倒したばかりのフェルマータと、
目の前の巨大な人型を比較して、何か狂気的なモノを感じた。
「やるしかな・・・」
 輝がバスターを向けるより早く、彼の胴に、フェルマータの巨大な拳が、深々と減り込んでいた。
「ぐ・・・あああぁぁぁぁぁっ!!」

第三話

 強烈な衝撃。
瞬時に後方の壁に叩き付けられ、輝は慌てて姿勢を上げた。
「かはっ・・ぐっ・・」
 口元を抑える掌に、真っ赤な鮮血がこびり付く。
今の攻撃を受けた部分のアーマーが、ボロリと砕けていて、その衝撃がどれだけ強力だったかを物語る。
 全身に行き渡る程のダメージを実感しながら、輝は懸命に身体を直立に立て直した。
 負けるわけには、いかない-。
「くっそっ・・!」
 フェルマータの掌から、さっきの打撃とは比べ物にならないだろう威力の光弾が数発。
既に防ぐ事の出来る武装は使いきった。輝は、それを瞬時に真横へと跳ぶことで躱した。
 そして同時に、壁を三角蹴りを駆使して踏み台にし、巨大なフェルマータの頭上-頭は無いが-に飛び込む!
「うぉぉぉ!!」
 思い切り叫びを上げながら、限界の連射力を発揮したバスターを、一気に浴びせ掛ける。
が、マシンガンの如く飛翔する無数の光弾は、フェルマータがぐるりとこちらに向けた掌から放たれたエネルギー一発によって、
その全弾が撃ち落とされた。
 そして、輝のバスターを叩き落としただけでは飽き足らないフェルマータのエネルギー弾は、そのままの勢いを保ったまま、
輝本体へと一直線に迫ってくる。
 輝が素早くバスターを真横に放ち、空中での軌道修正をした為、その閃光は、輝の左肩をほんの少し掠っていくだけに終わった。
「・・・っ・・!?」
 着地し、フェルマータの第二射を喰らわないように絶えず動きながら、
輝は目の前の敵の強大さを実感する事になった。
 今、ほんの少しだけ掠ったエネルギー弾。
それは、あと少しで輝の生身の肩をも蒸発させてしまう程、アーマーを思い切り抉っていた。
 今装備しているのが、最も特化能力の無いアーマーだと云うことを差し引いても、この威力は絶大だ。
例え、今装備しているのがヴィクトリー・アーマーでも、その結果は大きくは変わらなかっただろう。
「ヒカル・・ヒカルーっ!!」
 無駄だとは判っていた。けれど、彼女の名を叫ばずにはいられなかった。
 再び自分目掛けて飛んでくるエネルギー弾を寸でで躱し、
事前にチャージを完了していたバスターを、思い切り解放する。
 寸分の狂いの無い射撃。最大まで注ぎ込んだエネルギー。何を取っても申し分の無い発射だった。
だが、問題は別の所にあった-。
《あぁぁぁぁぁっ!!》
「・・・・・ぁ・・・・」
 悲痛な悲鳴が、輝の耳を突いた。
 とても聞き覚えがある声だった。そして、とても苦しそうな声。
 思わずその場で硬直する。
向けていたバスターが、フッと素手へと還った。
《コード》
「せ・・セイアさ・・」
 目を見開いたままの輝の頭に、それとは別に、もう一つの声が語りかけてきた。
 その声に、少しだけ我に返る。
視線の先のフェルマータ。その胴に受けた閃光の傷跡は、瞬間的に処置が施され、ものの一瞬で消え去っていた。
「セイアさんっ!これは・・!」
《前に集中してコード!そしてよく聞くんだ》
 セイアの声に促されて、輝は再び床を蹴り、フェルマータが乱射してくるエネルギーの雨を躱すことに専念した。
耳だけを、いやほんの少し意識を、心の中の声へと集中させながら。
《フェルマータはあの娘の持つ特別な何かを使って、奴の云う完全体へなろうとしていたんだ》
「特別な何か・・!?完全体・・!?」
 フェルマータの足元をダッシュで潜り抜ける。
相手が巨大な分、自分は体型を活かした小回りの効く闘い方をしていれば、当分-体力が尽きるまで-は、
とりあえずは相手の攻撃を躱し続けることが出来る。

第四話

《覚えは無い?あの娘の持つ特殊な力。君が一番あの娘の傍にいたんだよ》
 ゆっくりとヒカルとの想い出を反芻する。
 出逢いから、ベースに彼女が来た時の事。
そして、初めてオペレータとしてサポートしてくれた時のこと。
 ベースの中で、たまに喋り込んだ雑談の事。面白いと云って貸してくれた本の事。
 -地球の逆襲、最後の闘いの時の事。
 いつだって彼女は、何か不思議な雰囲気を持っていた。
初めて使うはずのオペレーション機器を使いこなしていたヒカル。
あの最後の闘いの時、確かに自分に語りかけてくれたヒカルの声。
《フェルマータは自己再生能力、自己進化能力を持つ者。レプリロイドかどうかは判らない》
「一体誰がそんなモノを・・っ!」
《判らない。ただ、フェルマータは地球の技術では絶対に創れないって事だけは確かなんだ》
 エネルギー弾が足元ギリギリに着弾した。
あと一歩踏み出していたら、それだけで命は無かっただろう。
《ただ、どうやらフェルマータ個人の力だけでは『完全』にはなれなかった》
「っ・・!」
《偶然あの娘に合ってしまったんだろうね。完全体になる為の条件が》
「そんな馬鹿なっ!」
 耐えきれなくなって、バスターを乱射する。
だが、直撃した所で大したダメージにはならない上、直ぐ様回復されてしまう。
 何より、撃てばヒカルの悲痛な声が輝の耳に飛び込んできて、それだけで射撃を中止してしまう。
《でも今君が闘ってるアイツは、完全体なんかじゃない》
「・・・えっ・・!?」
《フェルマータには本体ユニットと頭脳ユニットの二つが存在するんだ。
 さっき君が倒したのが頭脳ユニット。アイツは、完全体になった本体ユニットと同化して、
 ようやく完璧な完全体になる予定だった》
 自分の無力さに怒りさえ覚えてくる。
 もうあそこにヒカルがいるのに。手を伸ばせば届く距離にいるのに。
なのに、なのに届かない-。
 あと、あとほんの少しなのに!-
《奴の計算ミスだ。君が頭脳ユニットを先に倒してしまった所為で、本体だけが強力な力を得てしまった》
「つまり・・アイツは・・!」
《そう。力だけが暴走した、云ってしまえば不完全体》
「アイツを倒すには・・ヒカルを助けるにはどうしたらっ!」
《それは・・・》
 セイアの声は、そこで途切れた。
 常にエネルギーを発し続けているこの部屋の中は、エネルギー生命体であるサイバー・エルフにはきつすぎたのだろう。
無理に存在し続けようとすれば、恐らくはフェルマータに吸収されてしまうか、またはその場で消滅してしまう。
 輝は、思わず下唇を噛み締めた。
「・・ヒカル・・」
 再びバスターの銃口に光を収束させる。
 こうなったら、ヒカルが納まっている部分に風穴を空けて、無理矢理ヒカルを救出してしまおう-
その為には、フェルマータの傷が回復するよりも早く、それ以上のダメージを与えるしか無い。
「先にフェルマータを叩いてやるっ!!」
 チャージ・ショットを放ち、その放熱が完了しないウチに、更に光弾を絶えず連射し続ける。
 -響く悲鳴。
輝の手は、初めの決意に反し、その動きを硬直させた。
 どこからどう撃っても、ヒカルを傷つけてしまう-。
何より、フェルマータの回復力を超えた攻撃を与える事なんて、出来やしない。
 ただ、ただひたすらに、ヒカルを傷つけるだけだ-。
「・・・・あ・・・」
 硬直した輝を、ピッタリとフェルマータの銃口が捉えた。
 閃光。

第五話

 パラパラと辺り一面に四散した蒼の鎧の破片。
モクモクと上がる煙。抉られた床。その中心に、彼は立っていた。
 完全に鎧が砕かれ、全身の至る所から鮮血を滴らせながらも懸命に。
 左腕を抑える右腕を伝って、真っ赤な鮮血がぽたぽたと床を濡らす。
生きた床は、その鮮血すらも呑み込んでいくように、それを瞬時に蒸発させていく。
「くっ・・」
 全身に走る激痛に、輝は微かに呻いた。
 次に、あれと同じ攻撃を避ける術は無い。
勝ち目は殆ど無い-どうすれば・・!
「ヒカルっ・・・」
 苦し紛れ、と云った風に、輝はポツリと彼女の名を呟いた。
 ここで自分が負ければ、ヒカルを助けられない。
ここで負けてしまえば、自分を信じてくれた人々の期待を裏切る事になる。
「ヒカル・・ヒカルーっ!!」
 堪らなくなって、呟きは絶叫へと変わった。
ただひたすら彼女の名を叫びながら、目の前で銃口を向けたままのフェルマータを睨み付ける。
 涙が溢れそうになってくる。
身体の奥が、熱い。
《・・来ないで》
「・・・あっ・・」
 不意に、セイアとは違う声が頭の中で響いた。
 それは、先程苦痛の悲鳴として発せられた声。
最も聞き覚えがある声。今、一番求めている者の声。
《これ以上・・こっちに来ないで》
「ヒカル・・ヒカルっ!」
 彼女の声は、心無しか涙声だった様な気がする。
 必死でそれを手繰り寄せようと歩み寄ろうとするが、
ジャキッと再びフェルマータの銃口が輝に狙いを定めた為、その歩みはほんの数歩で留まった。
「どうして・・」
《お願い・・こっちに来ないで。もう私の名を呼ばないで・・》
「ヒカル・・」
《私に構わなければ・・あなたは傷つかずに済むんだよ・・?》
 その一言に、輝は思わず目を見開いた。
 自分には、そんなつもりなんて、全く無い。
逆に云えば、自分の方が彼女を傷つけているのに。
たまに負傷して帰ってくれば、必ず彼女に心配をかけてしまうのは、自分の方なのに。なのに-。
《私さえいなければ・・こんな事にならずに済んだのに・・》
「・・ヒカル・・それは違うよ」
《私がいたから・・皆を危険に晒してる・・》
「違う・・違う君はっ!!」
 何か云いたいのに。
それなのに、言葉が上手く形になってくれない。
 心の中でグルグルと渦巻く想いが、なかなか『言葉』と云う形になってくれなかった。
それでも、それでも何か、何か云いたい。何か-。
「違うんだヒカル!君は・・!俺は・・!!」
《そうやっていつも・・自分の身を犠牲にするんだね》
「君がいるから俺は闘ってる!?それは違うっ!!」
 無理矢理闘う必要なんて無い-昔そう云われたことがあった。
 いつでもロックマンの名を捨ててもいい。勝手に生み出したのはこっちの責任だから-と。
 しかし、輝は頑なにそれを拒んだ。
闘いから逃げるつもりは無かったし、何より、護るためになら闘える。そう思っていたからだ。
 そして何より、いつでも自分の身を案じてくれる、護るべき者が居たから。
《来ないで・・》
「俺が闘う理由・・」
《もう・・》
「俺がここに来た理由・・」
《お願いだから・・》
「それは・・・」
 グッとフェルマータの胴部に練り込まれているヒカルの姿を見詰めて、輝は一旦大きく深呼吸をした。
 気の利いたこと言葉なんて何一つ云えない。
けれど、輝は叫ばずにはいられなかった。
「君が・・」
 心の中で笑う彼女の笑顔を瞼の裏に描きながら-
「君が俺の諦めない理由だから!!」

第六話

 輝の叫びが木霊する部屋の中。
ピタッとフェルマータ-ヒカルが静止した。
 輝は、ダンッと一歩を踏み出しながら、更に言葉を連ねた。
「俺はロックマン・コードじゃない!」
 また一歩。
「俺はいつだって君の前では松浦 輝なんだっ!!」
 更に一歩。
 負傷して動きの鈍い身体をおしながら、ゆっくりとゆっくりとフェルマータへと歩み寄っていく。
「俺はロックマンとしてここに来たんじゃない!」
 ロックマンは、ロックマン・コードはあの時死んだから-。
 あのアンデライトとの闘いの時、自らの甘さの所為で敵に殺されたから。
飛鳥を、あの街を護れないまま、死んだから-。
「俺は輝としてここまで来たんだ!!」
 それでも再び闘いに赴こうと思ったのは、護りたかったからだ。
 伝説の英雄・ROCKMANとしてではなくて、共に地球に生きる松浦 輝として。
「ヒカル!俺の声が聞こえるかっ!?」
《輝・・君・・》
 ヒカルの声は泣いていた。
 心の中で幾たび重なる葛藤がなされているのか。
その声は、拒絶の中にも、何か必死に手を伸ばそうとしているものがあった。
「君を助けに来たんだ!」
《・・駄目・・だよ》
「俺は君を・・」
 足元に真っ赤なラインが止めどなく引かれ続ける。
それでも、輝は一歩一歩確実に、フェルマータの足元へと近づきつつあった。
 ただ一点-ヒカルの姿を見詰める輝の瞳に、曇は無い。
「護りたいからっ!!」
 ビクンとフェルマータの全身が跳ねた。
 輝に向けられたままの銃口がブルブルと震えている。
 あと少し-後少しでヒカルまで届く。
後少し-後少しでヒカルの心を開くことが出来る。
あと、少しで-。
「君を取り戻さない限り、俺は地球へ帰らない!!」
《・・どう・・して》
「ヒカル・・!」
《どうして・・どうしてあなたはそこまでして助けに来てくれるの・・・?》
「それは・・!」
 それは-どうして?
 どうして自分はここまで彼女に拘るのだろう。どうして。
 それは-彼女が大切だから。
 それは-彼女が向けてくれる笑顔が好きだから。
 それは-自分がロックマン・コードだと知っても、変わらずに接してくれた彼女がいたから。
 それは-いつも彼女に救われているから。
 それは-彼女が・・。
「俺は君が・・!!」
 初めて言葉にする想い。
 初めて出逢った頃から抱いていた想い。
互いを知り合う内に少しずつ大きくなっていた想い。
 何よりも何よりも大切な想い。
今、自分がここに立っている全ての理由。
 そして、自分が今生きていられる要因。
「君が・・!!」
 その言葉の続きは、不意に鳴き声を上げた、輝の腰の通信機によって阻まれた。
「・・!?」
 自動的に開かれた通信。
通信機が吐き出したのは、ノイズ混じりの少女の声だった。
『・・ん・・さん・・輝さんっ!』
「い・・イリスさん!?」
 喉まで迫り上がってきていた言葉は、彼女の名に掻き消された。
 ガッと腰の通信機を引っ掴んで、あちこち壊れた抓み等を弄り、なんとか音声を安定させる。
『よ・良かった繋がったわ!』
 イリスの声は酷く慌てていた。
そんな語勢に、なんだか嫌な予感を感じた輝は、苦しそうに眉間に皺を寄せた。
『輝さん!急いで!』
「えっ・・」
『もう海達が限界っ!!』

第七話

「なっ・・」
 イリスが叫ぶようにして言い放った台詞に、輝は思わず目を見開いた。
 地球で闘っている海達の事を一瞬でも忘れていた。
そうだ。海達だって、時を同じくして地球で闘っているんだ-。
 モタモタしている時間はもう-。
『早くしないと海達が・・!』
「い・・イリスさんっ!」
『お願・・早・・!』
 不意にブツリと通信が途絶えた。
 壊れかけた通信機の所為か。
それとも、発信元が途絶えたのか-。
 輝は、前者であると無理矢理に心の中で納得させた。
後者である事はつまり、ハンターベースが破壊された事を意味するから。
海達が負け、死んだことを意味するから-
「くっ・・!!」
 使い物にならなくなった通信機を床に叩き付け、輝は再び視線をフェルマータへと戻した。
 どうすればいい-ぎりっと拳を握り締めると、
不意にポロリと、破けたポケットから、ビーム・セイバーの金色の柄が転がり落ちてきた。
 オルティーガだ。さっきの攻撃の際に破壊されたと思っていたが、よもやこんな所に残っているとは。
輝は、それを慌てて拾い上げた。所々が欠けているが、まだ出力出来る。
 今の輝に、唯一残された武装。それがこのオルティーガだった。
「・・どうすれば・・」
《コード》
 再び頭の中に語りかけてくる声。
 それは、今まで一番低い声-ゼロのモノだ。
 輝は、視線を動かさないまま、響く声に意識を集中させた。
《安心しろ。まだカイト達は生きている》
 心の何処かがホッとする。
しかし、危機的状況にある事は間違いない筈だ-輝の心に、再び緊張が走った。
《フェルマータを破壊すれば、地球のメカニロイド達の進行は停止する》
 次に響いたのは、先程のものよりも若干高めの声。
「・・破壊・・って・・」
《そう。君の目の前にいるフェルマータを破壊すればいい》
「そ・・そんな!そんな事をしたら!!」
 そんな事をすれば、間違いなく内部のヒカルを巻き添えにするだろう。
 しかし、地球を、海達を助けるためには、間違いなくフェルマータを倒すしか道は無い。
しかし、それはイコールヒカルを殺すことであって-。
《しかしやらなければ地球を護ることは出来ないぞ》
 拍車をかけるゼロの声に、輝は辛そうに表情を歪めた。
 どうすればいい-どうすれば。
 地球とヒカル。どっちかを選べと云うのか。
しかも、地球を捨てたところで、ヒカルを助けられると云う保証は無い。
 ヒカルごとフェルマータを斬れば、地球を護ることが出来る。
それをしなければ、地球は-。
《奴を倒さなければ地球が墜ちる》
「判ってる・・判ってるけどっ・・!」
《地球を護りたいのなら、奴を斬るしかないんだ》
「僕はっ・・」
 交互に頭の中で語りかけるゼロとエックス。
 掌の中には、唯一の武装であり、フェルマータを斬ることが出来る光剣・オルティーガ。
 目の前には、最も護りたい者と倒すべき敵が混在する、奇妙な存在。
 輝の思考は、ここで止まった。
 ただ、ひたすら疑問符と迷いだけが頭の中を駆け巡る。
自分はどの道を選べばいいんだ。一体、どうすれば-。
「俺は・・」
 ヴンッと、掌の中のオルティーガから、すーっと蒼色の閃光が剣を形作った。
 それを両手でグッと握り締めて、それを真っ正面に構える。
見詰めるのは、ただ一点。ヒカルの姿のみ。
《コード》
 エックスとゼロの声が、同時に輝の名を呟く。
 その声からは感情が読み取れない。
何か、ホッとしたようでもあるし、逆に酷く哀しそうでもあった。
「俺はぁぁ!!」
 輝は、そのまま掌を返すと、ガッと足元にオルティーガを突き立てた。
 エックスとゼロの驚愕の声は、その全てが伝わりきる前に、フェードアウトしてしまった。
セイアと同じく、長い時間この部屋にとどまっていることは、彼等とて不可能だったのだろう。
《輝・・君・・》
「云っただろうヒカル!!君を助けに来たんだ!君を護りたい!君と一緒に地球に帰るんだっ!!」
 静かに握り締められた輝の拳。
そこに、ポゥッと小さな小さな蒼い光が宿り始めた。
 それは紛れもない。地球の人々が輝へと向けた物と同じ、『想いの形』。
 地球のことは、海達の事は確かに気掛かりだった。
しかし、それでもヒカルを斬ることなんて出来やしない。
 輝の中では、ヒカルの存在は、そう地球よりも、もっともっと重要で大切な物だったから。
《あ・・・あっ・・》
「だから戻ってこいっ!!ヒカルーっ!!」
 輝の叫びに、ヒカルが埋め込まれているフェルマータの胴部分が、小さく開いた。
 気が付いた時には、輝は蒼く輝く右の拳を携えて、フェルマータの胴体目掛けて、思い切り飛び込んでいた。


第八話

「はぁぁぁぁぁ!!!」
 苦し紛れにフェルマータが放った閃光すら突き破り、
輝の拳は真っ直ぐにフェルマータへと向かう。
 淡い蒼色に輝く想いの拳。
それは、何よりも強い武器だったのかもしれない。
 どんなに強い兵器も、どんなに強い敵も超えられない物を持った、想いの力。
それは、フェルマータの胴へと直撃すると同時に、一気に全身にその蒼き輝きを浸透させた。
 ビキビキと行き渡る亀裂。
そんな中で、輝の掌は、包んでいた物全てを取り除かれたヒカルの手へと-届いた。
 バラバラと砕け散っていくフェルマータの破片の中で、必死にヒカルの身体を手繰り寄せ、思い切りその体躯を抱き締める。
決して離さぬように。
 そのまま重力に引かれ、輝とヒカルは床に激突した。
幸い、床にはある程度の弾力があって、大した衝撃にはならなかった。
 身体を起こすと共に、慌ててヒカルの姿を確認する。
 負傷は、無い。抱き締めている身体は確かに暖かかったし、息もある。
 輝は、全身の力が一気に抜けたような錯覚に陥った。
それくらい、心の底からホッとした。
「良かった・・」
 ヒカルを抱き締める腕に、少しだけ優しい力を込める。
 涙が溢れてきそうになった。
一度は諦めかけていた温もりが、今、確かに自らの腕の中にある。
届かなかった手は、届いたのだ。
 静寂。どれくらいの時が経ったのかは判らなかった。
たったの数分だったのかもしれないし、本当に数時間もそのままの姿勢でいたかもしれない。
 輝が不意に不安に陥ったのは、それからまた少し後のことだった。
「ヒカル・・?」
 軽く彼女の身体を揺すってみる。
ガクガクと首が上下に揺れるだけで、反応が全く無い。
「えっ・・ひ・・ヒカル!ヒカルっ!」
 少し強めに彼女の両肩を揺らしても、それに対しての反応は、全くと云っていいほど無かった。
 慌ててもう一度呼吸を確認してみる。
呼吸は確かにある。脈拍も感じられるし、体温も暖かい。
 確かに生きている。それなのに、ヒカルが目を覚ます兆しは、無かった。
「そんな!ヒカル!目を開けてよヒカル!!」
 半分錯乱状態になって叫ぶ輝。
 その眼前に、再び水色の光の塊が降り立ってきた。
瞬時にその姿を変えた半透明の人型は、そっと膝を折って、輝とその目線を合わせた。
《コード》
「セイアさん!ヒカルが・・ヒカルがっ!!」
《地球の、カイト達が闘っているメカニロイドの機能は全機停止したよ》
「それよりも・・ヒカルが!!」
 地球のメカニロイド達が停止した事なんて、今の輝に取ってはどうでも良かった。
 ただ、腕の中の少女が目を開けてくれれば、それだけで良かった。
 セイアは、半透明の掌で、そっと輝の頬へ手を当てた。
少しあふれ始めた涙を、出来ないと判っていながらも、そっと拭う仕草をする。
 小さく目を細めて、セイアは云った。
《この娘は生きてるよ。でもね》
「でも・・・でも・・!」
《眠りが深すぎるんだ。ううん、心が身体を放棄してる、って云った方がいいのかな》
「心が・・身体を・・・?」
 輝の反芻に、セイアはコクンと小さく頷いた。
 呆然とする輝の意識が拡散しないように、セイアは間を空けずに続ける。
《コード。君の身体はもうボロボロだろう?》
 アーマーは砕かれ、全身の至る所が鮮血で濡れている。
先程の無茶な打撃の所為か、フェルマータを殴った右の拳は、殆ど云うことを聞かない。
ヒビが入ったか、或いは骨折しているのか。
《不完全体のフェルマータとの闘いで、本当なら君は、もう立ってもいられない筈だ》
「な・・何を云ってるのかさっぱり判らない!それとヒカルとどう関係があるって・・!」
《この娘は、自責の念に駆られているんだよ》
「・・・なっ・・」
《さっきは云わなかったけど、この娘をフェルマータが吸収する為には、この娘の精神力は余りにも強すぎたんだ》
 輝は、呆然としたまま、眼を閉じたままのヒカルを見詰めた。
 ギュッとその身体を抱き締める。
こんなに頼りない身体で、こんな場所で、たった一人で-。
《だからフェルマータは、この娘の精神力を弱らせるために幻影を見せたんだ》
「幻影・・・」
《そう。それが、君達が目の前で殺される幻影》
「・・そんな・・」
《君の所為で僕は殺されたんだよ。幻影の中の君は、この娘にそう云っていたんだ》
「だから・・僕を拒んでいたのか。僕が闘うのが自分の責任だと思って」
 ようやく判った。ヒカルがあそこまで自分を拒むわけが。
そんな幻影を見せられて、拒絶しない方がどうかしている。
特にヒカルは、そういう面に対して極端に弱い傾向がある。
精神的に弱ってしまっても、決して不思議では無い。
《そしてこの娘は、自らの手で君を傷つけてしまった。それが例え、半分乗っ取られた状態であろうとも》
「そ・・そんな事僕は!」
《君がなんとも思わなくても、この娘にとっては重要な事だったんだよ。
 傷つくより、君を傷つけてしまう方が、この娘にとってはきっと痛いんだ》
「ヒカルは・・目を開けないの・・?」
《判らない。でも、大丈夫だよきっと》
 そっと輝の掌の上に半透明の掌が重なった。
 顔を上げると、全てを安心させてくれるような、セイアの暖かな笑みがあった。
《君には、ボク達には無い特別なモノがあるじゃないか》
「特別なモノ?」
《君の『想い』の力は使いようだよ。さぁ、気持ちをちゃんと持って》
「は・・はいっ!」
 輝は、ぎゅっとヒカルの手を握り締めた。
 自分よりも小さな掌。白くて、艶やかな。
いつも、自分に暖かな気持ちを分けてくれた掌。
《この娘の事を想えばいい。そうすればきっと届くから》
「それなら・・僕が一番自信がある!」
 輝が勇んでそう云うと、セイアは小さくクスリと笑った。
《さぁ、彼女の心に逢いに行こう》
 ほんの一瞬だけ、蒼の光が発光したような気がした。


第九話

「ヒカル!ヒカルーっ!」
 辺り一面真っ青な世界。
曇一つないその蒼さは、まるで空や、海のように深かった。
 この地に立っているだけで、なんだか暖かな気持ちになれる場所。
そこで、輝はひたすら彼女の名を叫んでいた。
 身体が浮くような奇妙な感覚の中、ただ辺りを見回しながら、声を張り上げる。
 どれくらい叫んだのだろう。
本当だったら、もう声が出なくなってしまってもおかしくない程に叫んだ後、不意に自分とは違う、
小さな声が、輝の聴覚を刺激した。
 それを敏感に察知した輝は、クルリと素早く、その方向へと振り返った。
「ヒカル!」
 両の掌で顔を覆いながら、ただひたすら啜り泣きの声を漏らす少女。
輝は、その姿を確認すると、反射的に彼女の名を呼んだ。
 小さくしゃくり上げながら、ヒカルはただ俯いていた。
その声が酷く哀しそうだったものだから、輝の足は、思わず走りを歩みへと変えた。
「ヒカル。迎えに来たよ」
『こっちに、来ないでぇ・・』
 掌で顔を覆ったまま、ヒカルは輝に背を向けた。
 輝は、少し手を伸ばせば届く距離まで歩み寄ると、ぴたっとその足を止めた。
 小さく揺れるヒカルの背中に向かって、優しく語りかける。
「ヒカル。もう、いいんだ。もう。もう大丈夫だよ」
『私は・・あなたに逢っちゃいけなかったんだ・・』
 ふるふると首を左右に振りながら云うヒカルの声は、震えていた。
「ヒカル・・」
『私があなたに逢いさえしなければ・・誰も傷つかずに済んだのに・・』
「・・・・」
『私があなたを求めたりしなければ・・傍にいて欲しいって思わなければ・・!』
「ヒカル・・俺は・・」
 自分を抱き締めるように自身の両肩に腕を回しながら、ヒカルは震えた声で呟き続ける。
 輝は、小さく目を瞑った。
彼女を求めていたのは、何よりも自分の方だ。
 彼女に傍にいて欲しいと思ったのは、自分の方だ。
だから、彼女をベースに連れてきたんだ。
たった一人の街に残しておけない-そんなのものはただの立て前だった。
『一年前のあの時・・あなたに初めて逢った時・・あの時に死んじゃえば・・』
「俺はっ!!」
 ヒカルが最後まで言葉を紡ぐのを、少し声量を上げた輝の声が妨げた。
 ハッとした様に顔を上げるヒカル。しかし、それはまだこちらに振り返ってはくれない。
 不思議な息苦しさを感じながら、輝は、一旦呼吸を置いてから、静かに続けた。
「ヒカル。俺は後悔なんてしてないよ」
『でも・・でもっ・・・』
「俺は君に逢えて良かったと思ってるよ。一年前のあの闘いだって、きっと君がいなければ勝てなかったと思う」
『私・・は・・』
「ヒカル。君との出逢いが、俺に色んなモノをくれたんだよ。今、俺が俺としてここにいるのも、君のお蔭だ」
 あの闘いを潜り抜けた自分。
奇妙な仲間、海との出逢い。復活した響との生活。
人を想う事が、どれだけ大切かを知った自分。その為になら限界を超えられる自分。
 そう。それは全て、あの時の、ヒカルとの出逢いがくれたもの-。
「俺はね、ヒカル」
 小さく、控えめにヒカルが振り返った。
 涙で濡れた瞳は、まだどこかに怯えを残している。
だが、そこにもう拒絶と云う二文字は無かった。
 あるのは、不安と、そして-。
「君が俺の一番大切な人で、凄く嬉しいんだ。ヒカルが俺の一番・・一番大好きな人で。
 それに後悔なんて全く無い!俺は君がいるから幸せなんだ!だから!」
『あっ・・・!』
 手を伸ばせば届く距離が、零になった。
 思い切り飛び込んでくるヒカルの身体を、両腕でしっかりと抱き留める。
『輝君!!』
「ヒカル・・・っ!」
 輝とヒカルが互いの温もりを確かに感じた瞬間、二人の周囲を、再び一瞬の閃光が通りすぎていった。

第十話

 ゆっくりと、すっかり重くなってしまった瞼を開く。
 最初に飛び込んできたのは、両腕の中にしっかりと抱き締められた少女の、翠色の瞳。
まだ少し涙で潤んだそれは、いつもより数段綺麗に見えた。
 ヒカルは、ボーッと輝の瞳を見詰めたまま、少しの間だけ呆然としていたが、
すぐに、少し慌てた様に口を開いた。
「あ、あのね輝君!」
 きゅっと輝の所々が破けた、血塗れのシャツを握り締めながら、ヒカルは深呼吸をしてから-
「私も輝君のこと-」
 好きだから-その台詞は、不意に背後から響いた轟音によって掻き消された。
 輝が立ち上がりざまに振り返ると、その先にあったのは、グチャグチャと蠕動する、
中途半端な巨大な人型の姿だった。
 不完全体のフェルマータだ。
頭脳ユニットと生体ユニットを失い、完全に暴走した。
 もはやそれは、人型になる寸前に崩壊しては、再び人型になろうと蠢く、悍ましいだけの怪物だ。
「なにっ!!?」
「あ・・輝君!」
 ぐわっと振り上げられたフェルマータの片腕。
もはや拳すら満足に確認出来ないその打撃を、輝はヒカルを抱き抱える形で真後ろへと跳ぶ事で躱した。
 そのまま床に突き刺さったままのオルティーガを引き抜いて、
いつの間にか閉ざされていた出入り口を、強引に切り開く。
 一番最初にこの基地に侵入した時に、地球から乗ってきたシャトルがある。
あそこまでなんとか辿り着くことが出来れば-。
 グチャグチャと不完全な形のまま追跡してくるフェルマータは、もはや輝の姿しか見えてないのか、
しつこく追い打ちをかけてくる。
 不収束に拡散するエネルギー弾に、届く前に崩壊していく物理攻撃。
一見、放っておけば自滅するだろうと思える姿も、彼の持つ、半ば暴走状態の自己再生能力は、
次から次へと、崩れていく部分を中途半端に修復していく。
 オルティーガで粉微塵に斬り裂いてやりたいのはやまやまだが、
輝の腕の中にはヒカルがいる。
 下手に近づいて、再びヒカルを吸収されれば、もう二度と奴からヒカルを取り返すことは不可能だ。
 想いの拳を放った右腕は使い物にならないし、左腕はヒカルを抱えるのに使っている。
オルティーガは、破けたポケットにギリギリ引っ掻ける形で吊るしている。
もう、このままシャトルポートまで逃げきるしか道は無い。
「輝君・・血が・・」
「あと少しだから・・!大丈夫だよヒカル・・!」
 ようやく見えたシャトルポートの扉。
軽く振り返ると、フェルマータの姿は大分遠くに見える。
 慌てて扉の奥へと飛び込んで、ドアをロックする。
こんなちゃちなロックが意味を成すとは思えないが、念のため、だ。
「ふぅ・・」
 そっとヒカルを床に降ろす。
もはや限界をとうに超えていた身体は、輝自身の意思を無視して、ぐたっとその身を背後の壁へと預けた。
 小さく声を上げて駆け寄ってくるヒカル。
輝は、それを少しでも安心させられるように、無理な笑顔を浮かべた。
「大丈夫だよ。僕は・・」
「こ・・こんな身体で!手だって・・折れてるよ!?」
「大丈夫だか、らっ・・」
 不意にヒカルの両手の腕が輝の身体を抱き締めた。
 その拍子に、鈍い痛みが全身を駆けた。
だが、そんなものは、本当に一瞬だけでしかなかった。
 ポゥッと、密着している部分が一瞬だけ光ったような気がした。
それは静かに輝の全身に浸透すると、ゆっくりとその痛みを和らげてくれた。
 暫くしてからヒカルが身体を離すと、さっきまでの全身の痛みは、驚く程綺麗に消えていた。
「これは・・」
「これで大丈夫」
 上手く呑み込めない輝に、ニコッと頬笑みかけるヒカル。
輝は、一瞬後に、ようやくフェルマータがヒカルを生体ユニットに選んだ理由が判った気がした。
 しかし、喜んでいる暇は余り無かった。
扉の先から、あの巨大すぎる存在感の気配がビリビリと伝わってきて、輝は素早く身を起こした。

第十一話

 ぐるっとシャトルポート内全域を見渡す。
 輝が乗ってきたシャトルと、元々月の施設の物だったであろう、ポッドが数機。
乗ってきたシャトルは使えない。アレはここから地球へと発進するのに、少しの時間がかかる。
そんなにモタモタしていては、背後から追い付いてきたフェルマータに攻撃されて、折角辿り着いた意味が無くなってしまう。
 使うのであれば簡易ポッドしか無い。
輝は、ぎゅっとヒカルの手を握って、最寄りのポッドへと飛び込んだ。
 素早くハッチを開けて、内部コンパネをガチャガチャといじくり回す。
幸い燃料は満タンで、すぐに発進出来る状態だ。
あとは、着地の座標をハンターベース付近に合わせれば-。
「くっ・・!」
 フェルマータが扉付近まで到達したのだろう。
ガンガンと扉を叩く乱暴な音が、二人の耳に突き刺さった。
 輝は、少しの焦りを感じながらも、手早く座標の設定を終えた。
完全に発進可能なのを確認してから、隣で輝の上着にしがみついているヒカルの手を引く。
「ヒカル!早くポッドの中に!」
 よく見れば一人用-優先するのはヒカルだ。
 ふと横目で扉を掠めると、破られるのも時間の問題だろう。
凹みに凹み、その姿は酷く頼りなかった。
「あ・・輝君!輝君は!?」
「そのポッドは一人用なんだ!」
 フェルマータが突入してくるまでに、次のポッドの設定をしている時間が無い。
 もう、扉は虫の息だ。
 -致し方ない。
自分はここに残って、ヒカルを安全に脱出させる為にフェルマータを迎え撃つしかない。
 一緒に地球に帰れると思っていたけれど-。
「輝君早く!早くしないと・・!」
「ヒカル・・俺はフェルマータを倒してから帰るよ」
「えっ・・!?」
 ポケットに吊るしておいたオルティーガの柄を引っ掴み、刃のない柄を握り締める。
 必死に身を乗り出してくるヒカルを制して、その瞳をほんの何百分の一の時間だけ、いとおしそうに見詰める。
 輝は、そっと片方の掌を、ヒカルの頬に当てた。
「大丈夫。絶対帰るから」
 帰れる自信があると云えば、嘘だった。
「輝君・・!」
 どがんと轟音が響き、背後から不完全なフェルマータが姿を現した。
 もう喋っている時間は無い。
すぐにヒカルを脱出させなければ、ヒカルでさえも助からない。
 輝は、不意にぐぃっとヒカルの顔を引き寄せた。
「んっ・・!」
 半ば強引に、ヒカルの唇に自分のそれを重ねる。
 生まれて初めて交わす口付け。それは暖かで、逆に酷く哀しくなるような錯覚を覚えるものだった。
「あ・・」
 輝の唐突な行動に、ヒカルは一瞬だけ呆然と目を見開いた。
 本当に一瞬だけの口付けを終え、輝は素早くポッドのハッチを閉じた。
発進ボタンに、そっと人指し指をあてがう。
「あ・・輝君!輝君っ!!ちゃんと帰ってきてよ!約束だからね!!」
「『輝』だよヒカル。君付けはいらない。大丈夫だよ。俺は絶対約束破らないから」
 そこまで云って、輝はカチンと発進ボタンを押し込んだ。
 ポッドをホールドしていたアームが始動して、宇宙空間の発射台まで運んでいく。
「輝!輝ーっ!!」
 必死に自分の名を叫ぶヒカルに、ふっと小さく微笑を渡し、
輝はたんっと床を蹴り、真横へと跳んだ。
 ほんの一瞬前の輝の姿を破壊したフェルマータは、オルティーガを展開した輝本体を、頭部の無い目で捉える。
輝は、グッと半壊した刃をフェルマータに向けると、すぐに表情を引き締めた。
「これが最後だフェルマータ!勝つのは俺だ!!」
 蒼色の閃光剣を携えて、輝は思い切り床を蹴って、フェルマータへと飛び込んでいった。

 ポッドの中からヒカルが見た最後の情景は、爆発の渦に巻き込まれる月面基地の姿だった。

第十二話

 小走りでハンターベース三階の廊下を歩いていたイリスは、
談話室の隅っこにちらついた茶色の髪の少女を見つけると、慌ててそちらの方へと駆け寄った。
 両手に抱えていた、ずっしりと重い書類を机の上に放る。
窓の外に見える景色は完璧に破壊し尽されていて、ベース自体も、所々に破壊の跡が残っている。
そんな中で、まるまる綺麗に残っているここ、三階の談話室は、正直珍しい場所と云えた。
「ヒカルちゃん」
 イリスは彼女の隣にゆっくりと腰を降ろすと、そっとその名を呼んだ。
 クルリと振り返った彼女の顔は、どこか寂しそうだ。
それでも、ヒカルはイリスの姿を確認すると、フッと小さく笑みを浮かべた。
「こんにちは」
「ヒカルちゃん、オペレータの講習正式に受けることにしたって本当?」
 イリスの問いに、ヒカルは小さくコクンと頷いた。
 彼女が云うには、先の闘いでオペレータ不足の節が目立ったから、少しでも役に立ちたいと云うことだ。
だが、イリスにはそれが単なる立て前にしか過ぎない物にしか聞こえなかった。
 月面基地からヒカルを乗せたポッドがベースの近くに落下してから、今日で丁度一週間目だ。
 あの大量のメカニロイド達によって負傷した海達と、一般隊員達。
そして破壊されたハンターベースの傷が癒えるには、一週間と云う時間は余りにも短かった。
 未だに海と響、戦闘に出撃し、生き残った隊員たちの身体には傷と包帯が残っているし、
破壊されたベースも、現在必死の復興作業の真っ只中にある。
 闘いの後の後始末に見回れる地球。その中に、彼、輝の姿は、無い。
一週間前の月面基地での闘いの時、ヒカルがシャトルポートで見た以来、その姿を確認した者は居なかった。
 月面基地に生死の確認に向かいたくても、すぐに発進出来るシャトルは一基も残っていないし、
何より貴重な資金を、彼一人の為に割くわけにはいかなかったのだ。
 彼が生きている可能性は、絶望的な数字でしか現すことが出来なかった。
アーマーも無い生身の身体で、武装は半壊したビーム・セイバー一本。
底を突いた体力で立ち向かうのは、不完全体と云えど、無限再生を持つフェルマータだ。
 更に、ヒカルはポッドの中から爆裂する月基地を確認している。
彼が生きている可能性は、ほぼ零%。それを疑う者は少なかった。
「ヒカルちゃん」
 暫くの沈黙の後、それに耐えきれなくなったイリスは、再び彼女の名を呟く。
それを向けられたヒカルは、不思議そうに首を傾げる。
表情は、相変わらずだ。
「・・・輝さんは生きているわ!絶対!」
 彼女の前でこの話題を出すのは失礼だとは判っていた。
それでも、イリスはこれを云わずにはいられなかった。
 勿論イリスもヒカルも、輝が生きて帰ってくると信じて疑わない。
しかし、だからと云って不安にならないと云えば嘘になる。
 イリスだって不安で仕方がない。
地球を護るために、たった一人でフェルマータに闘いを挑んだ輝。
今のネオ・イレギュラー・ハンターの柱とも云える、大切な存在である輝。
 存在するだけで皆の支えになってくれる、『ロックマン・コード』。
 それだけでも充分不安になる要素はあるのに、ヒカルは彼の一番近くにいる存在だった。
最も近くにいた存在だったからこそ、その不安はイリス達一般隊員の比では無い筈だ。
「絶対帰ってくるわ。だから・・だからヒカルちゃん」
 必死で自分を慰めてくれようとするイリスに、ヒカルはニコッと笑みを浮かべた。
しかし、その笑みまでもが、イリスから見れば、ただ必死で不安に耐えようと、自分を保とうとしている様にしか見えなかった。
「大丈夫だから」
「ヒカルちゃん。無理、しないで・・」
 心配そうに続けるイリス。
それでもヒカルは、その笑みを崩そうとはしなかった。
 自分では確かに彼女を慰めるには役不足だとは判っていた。
だが、イリスは自分が酷く無力な存在であるように思えて、ならなかった。
「本当に大丈夫だから。心配しないで」
「ヒカル・・ちゃん」
「あっ、わ・・私一旦部屋に戻るね。また今度」
「あっ・・」
 そっと腰を上げるヒカルを、イリスは引き留めることが出来なかった。
 今、彼女を引き留めて自分に何が云ってやれるのだろう。
必ず帰ってくるだの、きっと大丈夫だの、そんなありきたりな台詞を自分が述べた所で、彼女になんの励みになるのだろう。
 ゆっくり談話室を去っていくヒカルの背中を見詰めたまま、イリスは上げ損なった片手を、そっと降ろした。
 半立ちだった姿勢を、すとんと椅子に降ろす。
机に身体を預けるように突っ伏しながら、イリスは一つ、大きな溜息を落とした。
「うーっ」
 煮え切らなくなって、手足をばたつかせる。
実に子供じみていると自分でもよく判っていたが、こうでもしないとこのもやもやとした気持ちを発散させる事が出来なかった。
 イリスが手足の動きを止めたのは、片手で何かに叩き付けられた様な感触を感じてからだった。
「あれ?」
 慌てて身体を起こして振り返る。
 見事に頬に片手の拳が減り込んだ、海の呆然とした姿があった。
「か・・海っ!?何してんの!?」
「何してんのだっ!?何しやがるのはこっちの台詞だ!」
 慌てて減り込んだままの拳を離す。その下から、大きめの絆創膏がこんにちは。
 イリスは思わず苦笑すると、申しわけなさそうに身を縮めた。
「ご・・ごめんなさい」
「ったく」
 ポリポリと頬を掻く海。
その全身の至る所に、絆創膏やら包帯やらが目立つ。
 一昨日までベッドで療養していたのは知っているが、もう立って動けるようになっているとは。
改めて彼等の身体の強度を思い知らされた。
「こんな所で何してんだよサボリ癖オペレータ」
「その、ヒカルちゃんがいたから」
「あぁ」
 その一言だけで納得したのか、海は静かにイリスの隣に腰掛けた。
まだ随所に痛みがあるのだろう。姿勢を変えたとき、彼はほんの少しだけ表情を歪めた。
「やっぱり無理してるみたい。だから」
「無理もねぇよ。折角助けに来てもらって、自分だけ帰ってきたなんて、ヒカルから見たら最低にも程があんだろうし」
「輝さん、帰ってくるわよね?」
 海は、すっと片手を上げると、軽くイリスの額にデコピンを見舞った。
唐突にそうされたイリスは、少し赤くなった額を摩りながら、酷く驚いた様に声を上げた。
「ちょっ・・何すんのよぉ!?」
「馬ー鹿」
 笑いを押し殺しながら、海はそっと体重を椅子の背もたれに預けた。
天井を見上げるようにしながら、少しテンションの落ちた声で囁く。
「絶対ぇ帰ってくるに決まってんだろうが」
 それはまるで、彼自身が自分に言い聞かせている様だった。

第十三話

 窓際に頬杖を突きながら、ヒカルはボーッと窓の外を見上げていた。
 荒廃してしまった大地の上に広がるのは、それとは打って変わって能天気な蒼い空。
つい昨日は曇っていたというのに、今日はスッキリと晴れている。
 思えば、こんなに純粋な青空を見るのは、随分久しぶりな気がする。
フェルマータ達が設置していた異常気象発生装置の所為で、長いこと天候が荒れていた所為だろう。
 本当に、蒼い空だった。どこまでも澄んでいて、深い。
それはまるで、いつも前を向いていた、彼の髪の色の様だった。
自分を護るために、あの絶望的状況の月面基地に一人残った、彼の-。
「・・輝・・」
 小さく彼の名を呼ぶ。
少し掠れた声で呟いたそれは、この一週間、一度も口にしなかった名詞。
口にすれば、一気に不安が募ってしまう様な気がして、怖かった。
しかし、もう限界だ-。
「輝・・。輝っ・・」
 じわりと熱い涙が視界を潤す。
これもまた、この一週間一度も流しさなかったものだ。
 ポロポロと大粒の涙が頬を伝う。
ヒカルは耐えきれなくなって、そっと両手で己の顔を覆った。
だが、それをしたところで、この涙が止まってくれる気配は、まるで無かった。
「・・寂し・・いよ」
 涙の所為で、声が上擦る。
 頭がボーッとしてきた。身体の芯が、酷く熱い。
「・・輝・・・ぁ」
 再び彼の名を呼ぶ。
 自分自身を抱き締める形で、ぎゅっと腕に力を込める。
露になった瞳から、更にポロポロと涙が溢れてくる。
 心の中に、一週間前のあの瞬間が過る。
蒼い、真っ青な世界で自分を呼ぶ彼の姿。
彼は、しっかりと自分を抱き留めてくれて、そして-。
 脱出ポッドが発射する寸前の彼。
真後ろから迫る敵の姿に、もう殆ど役立たずになってしまった剣を抜き、
素早く自分を助けるためにポッドの設定を終えてくれた。
 そして、不意に自分の顔を引き寄せて-。
「・・・あっ・・」
 と、何か、自分とは別の暖かな存在が、そっと頬を伝う涙を掬ったのが判った。
 目を開けて振り返ろうとする。
だが、その存在は、ヒカルがそうするよりも先に、そっとその暖かな腕で、彼女を抱き締めてくれた。
「・・ただいま」
 耳元でそっと囁かれた声。
それは、今最も求めていた声。そして、最も安心出来る声。
最も、自分の近くにいる者の声。
「あ・・・きら?」
 恐る恐る振り返る。
最初に視界に飛び込んできたのは、ニッコリと優しく頬笑んだ、見慣れた笑顔と、
窓の外から見える空よりも蒼い、不思議な色の髪。
「あっ・・あっ・・輝っ!!」
「ただいまヒカル」
 思わずぎゅっと抱きつくと、彼は優しくそれを抱き留めてくれた。
 力いっぱい彼の首に手を回す。
彼もまた、その優しい両腕で、彼女の身体を包んでくれた。
 彼の名を呼ぶ声が、次第に裏返り、情けない物へと変わっていく。
それでも彼は、黙って彼女の身体に腕を回していてくれた。
「ごめんね。遅くなって」
 そっと、輝の指がヒカルの涙を掬う。
それでも流れてくる涙に、輝は困ったように笑いながら、それでも優しく、彼女の頬を撫でた。
 小さくしゃくり上げるヒカル。輝は、再びヒカルの身体を抱き寄せると、
優しくその小さな背中を摩る。
 そして、そっと口を耳元に寄せて、囁く。
「ヒカル。好きだよ」
 ヒカルは、慌てて制服の袖で涙を拭った。
 相変わらず返せないままだった、輝の蒼色の制服。
これを着ていれば、彼がずっと近くにいる様で、ヒカルは地球に帰ってきてからも、ずっとこれに身を包んでいた。
「あ・・あのね輝」
 まだ少しだけ裏返ってしまう声。
ヒカルは、ゆっくりと呼吸を整えると、ようやくニッコリと頬笑みを浮かべた。
吊られて、輝も優しく微笑した。
「私も、輝のこと・・好きだから。一番大好きだから!」
「ヒカル」
 そっと輝に手を引かれる。
ヒカルは、ゆっくりと眼を閉じると、そっと彼の肩に手を添えて、姿勢を上げた。
 ゆっくりと、二つの唇が触れ合う。
一週間前に交わしたものよりも、更に優しく、暖かい口付け。
 静かにそれを終える。
視界に映った互いの瞳は、互いが互いとも、少しだけ潤んでいた。
「ただいま。ヒカル」
「お帰りなさい。輝」


 だんっと勢いよくドアを閉め、それに厳重なロックをかける。
息付く暇もなく部屋の奥のコンパネに飛び込んで、素早くそれに指を走らせた。
 片手に握り締めていた光剣の柄はもう完璧にガラクタと化していた。
輝はそれを、少し乱暴に壁に叩き付けた。
 ガチャガチャと音を立てるコンパネ。
普段は手を触れられない様に強化硝子に包まれたボタンを、輝は片手で硝子を砕くと共に、そっと押し込んだ。
「くっ・・」
 途端に全身の力が抜けて、ぐったりとコンパネに身を預ける。
 ドクドクと鮮血が流れているのが、自分でもよく判る。
恐らく、あと少し無茶をしていれば、ここに辿り着く前に息絶えていただろう。
 びーびーと騒がしい音を立てて、部屋が赤く点滅し始める。
暫くしてから、感情のない機械音声によるカウントダウンが開始した。
 -自爆装置だ。
 結局、オルティーガ一本では不完全体と云えど、フェルマータを斬り刻むことは不可能だった。
幾ら斬り付けようと共、フェルマータはそれを瞬時に修復してしまう。
 奴を倒すには、そう、全ての細胞を一瞬かつ一撃で消し去るしか手は無い。
考えるに考えた末、輝に残された最後の武器は、この基地自体の自爆装置だった。
「これで・・なんとかなったかな」
 誰に向けるでも無い呟き。
 一応、オルティーガの全てのエネルギーを込めた一撃を叩き込んできた為、
今からフェルマータがこちらに向かってきているとしても、自爆が開始するまでの時間は余裕である。
 輝は、全く出血の止まる気配が無い傷口を片手で抑えながら、赤く点滅する天井を静かに見上げていた。
「ごめん・・ヒカル」
 約束、守れそうに無い-
 折角想いを告げられたのに、それは酷く、哀しかった。
 しかし、もうそんな事を考えている余裕すら、無かった。
少しずつ視界がボンヤリと始めて、全身の感覚がゆっくりと抜けていく。
 自爆が始まる前に死ぬのかもしれないな-輝は、もう消え入るのは時間の問題な意識の中で、少しだけ考えた。
「・・・っ」
 最後に小さく呻くと、輝はそっと眼を閉じた。
 カウントダウンの数字が、二桁を切った。あと十秒足らずで、この基地は消滅する。
 しかし、もはや消滅するしか役割の残っていない部屋の中に、唐突に出現したモノがあった。
水色の光の球体。
 それは、瞬時にその姿を人型に変えると、完全に気を失ってしまっている輝を、そっと抱き締めた。
《コード。君はまだ死んじゃ駄目だよ》
 残り五秒足らず。
彼と彼に抱き締められた輝の姿が、静かに発光を始める。
《まだ君には待っている人がいるから》
 不思議に光る水色の光の中で、輝はまるで譫言の様に、自らの最も想う少女の名を呟いた。

エピローグ

 辺り一面に見えるのは、破壊し尽された街並みと、そこに無数に存在する十字架だけだ。
 何の生命の息吹も感じられない、死に見回れた街。その傍らに、彼等は静かに立ち尽くしていた。
 彼等が見詰めるのは、他の物と何ら変わりのない、一つの十字架。
彼は、それを少しの間だけ凝視すると、そっと膝を折り、それに語りかけた。
「飛鳥・・」
 彼、輝は、そっと両手に抱えていた花束を、十字架の前へと添えた。
 あの時頭部を砕かれた飛鳥の遺体。
それはまだ個人と確認する事が出来たのか、十字架には彼の名が刻まれている。
 輝は、そっと目の前の十字架に黙祷を捧げた。
ヒカルはただ、そんな輝を後から見詰めているだけだ。
両者ともに言葉を発さない。風も無いために、そこは全くの静寂だ。
「飛鳥。俺、勝ったから」
 そっと瞳を開いた輝が呟いた台詞が、その静寂を斬る。
 静かに姿勢を上げながら、輝は続けた。
「飛鳥。許してくれなんて云わないけど。だけど、俺、もう絶対に諦めないから」
 飛鳥と出逢って、何にせよ、自分は変われたから。
「もう迷わない。俺はもう一度、皆のために闘うよ」
 ぎゅっと握り締められた輝の拳。
それを、ヒカルの手が、優しく包み込んだ。
「ありがとう、飛鳥」
 不意に風が吹いた。
 全くの無風だったそこを、一筋の不思議な風が通りすぎていく。
 それは、優しく輝の頬を投げると、静かに消えていった。
《ありがとう》
 不意に、そんな声が聞こえた気がした。
「・・・飛鳥」
 それが例え偶然の賜物であっても、今の輝には、それが彼であるとしか思えなかった。
 同時に、涙が頬を滑っていく。
今まで張り詰めていたものが、全て和らいだかのように。
 拭っても拭っても溢れてくる涙。
輝が涙を拭おうとする手を、ヒカルはそっと自らの掌で制した。
 そっと優しく彼の身体を抱き締めて、一言も発さないままに、その蒼の髪を撫でる。
 輝は、ただ涙を流すだけだった。
こんなにも泣いたのは、もしかしたら初めてかもしれない。
止めなくても良い涙。輝はそれを、初めて体験した。
「帰ろう?輝」
 静かに頬笑んだヒカル。
輝は、そっと顔を上げ、ぐしぐしと涙を拭うと、いつも通りの笑顔を浮かべ、頷いた。
「うん」
 そっと彼女の手を握り、乗ってきたライド・チェイサーの方へと歩んでいく。
輝は一度だけ飛鳥の墓へと振り返ると、小さく微笑した。
「そこで見てて。飛鳥」
 もう一度吹いた風が、まるでそれに大きく頷いてくれたような、そんな気がした。



 あのね 私も・・・

判ってるよ・・

 私も・・・

知ってるよ だから俺は 俺でいられるんだ

俺が君を想う 君が俺を 想ってくれる

それだけで もっと強く 優しくなれるから-


ロックマンコードⅡ~新たなる決意~ 完