過去と、現在と、将来と 4 憧れの女性


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 true tears  SS第二十八弾 過去と、現在と、将来と 4 憧れの女性

 踊り場に差し入れを運ぶために仲上家へ訪れる理恵子。
 いつも微笑みを絶やさない静流が出迎えてくれる。
 博にとっては都合の悪いことが暴露されてしまう。

 眞一郎父は博、眞一郎母は理恵子、比呂美父は貫太郎、比呂美母は千草。

 今回から過去と現在が交互になります。

 前作の続きです。
 true tears  SS第二十七弾 過去と、現在と、将来と 3 親離れ子離れ
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/358.html

 true tears  SS第二十五弾 過去と、現在と、将来と 1 恋人握り
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/326.html
 true tears  SS第二十六弾 過去と、現在と、将来と 2 白い結婚
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/345.html



 #現在

 私はお盆を台所から居間に運ぶ。
 おばさんはおじさんと自分のコーヒーカップとシュガーポットとミルクを受け取る。私は眞
一郎くんと自分のを机に置く。
 誰もが無言でコーヒーを味わう。濃厚な香りを楽しみながら、眞一郎くんとの暫定的な結婚
の承諾を得られたのを振り返る。交際してから一日が経過していないのにだ。
「どこから話を聞きたいのだ?」
 おじさんは眞一郎くんと私とを見比べた。
「おじさんとおばさんの用事に合わせます」
 ふたりには私たちが知らない役目があるだろう。
「俺のほうは大丈夫だ。祭りで酒が売れたから、蔵の掃除を弟子にさせている。それが終わっ
たら座学として資料や参考書を読ませるようにしてある」
 おじさんはあの酒蔵の少年に実務経験をさらに積ませようとしているようだ。眞一郎くんが
絵本作家をめざすわけだし、学業があるからだ。
 進路を具体的に決めたり、話し合ったりするまで、私のを含めてできていない。その前に眞
一郎くんの絵本が出版社から電話をもらえるほどであるのを、私が知ったのは昨晩だ。
「私のほうは夕食の準備だけよ。比呂美がいるし手軽に作れるものにすればいいわね」
 おばさんは事前に有り合わせができるようにしているのだろう。冷蔵庫に食材が詰まってい
るので、一日くらいは何とかなるはずだ。
「手伝います」
「そうしてもらうわね」
 さっきみたいに話し合う機会になるだろう。
「奉納踊りのあたりから」
 眞一郎くんは思案げな顔をしてから提案した。
「私もそのくらいの頃からが知りたいです」
 変化の兆しがあった時期と重なりそうだ。
「私もそのほうが良いと思うわ。さっきまで私たちのときのを踏まえていたし、比呂美には聞
かせていた部分もあるし」
 おばさんはおじさんに目尻を下げた視線を投げ掛けていた。
「やはりそうなるよな」
 おじさんは苦笑いを浮かべていた。
「覚悟をなさったほうがいいかもね。私だって仲上家に通っていたときのを明かすし」
 おばさんはおじさんの耳元で囁いて慰めていた。
「せっかくアルバムがあるわけだし、ふたりに見せながらにするか」
「そのほうがいいでしょう」
 おじさんは私に、おばさんは眞一郎くんのそばに来た。アルバムは眞一郎くんと私の間に置
かれていて、息が届く距離に近づき合う。
「さて、始めますか。私の視点から語ってゆくわね」
 おばさんは一息を入れてから丁寧に過去を紡いでゆく。

 #過去

 紅葉が終わって、雪が降り始めている時期である。肌寒く感じる季節であり、もうすぐ冬が
近づいている。雪が積もっている頃には、麦端祭りがあるのだ。
 理恵子は学校から帰宅して、すぐに仲上家を訪れる。
「ごめんください」
 門をくぐるときには声を掛けるようにしている。
 通い慣れていても礼儀は忘れない。
「よく来てくれたね」
 博の父である僚治(りょうじ)が酒蔵から出て来た。いつもながらこの時間だと挨拶をして
くれる。
「こんにちは、おじさん」
 理恵子は会釈をしてから作業着姿の僚治を足元から上に視線でなぞった。
「そろそろ博に奉納踊りを見てもらうように誘われたかい?」
 博は少し力が込めてある眼差しだ。理恵子は急に訊かれたので、見開いてから顔を逸らす。
「まだです……」
 消えるような声を洩らすのが精一杯だった。
 まだ祭り当日のことまでは話題になっていない。理恵子だけでなく花形として踊る博の姿さ
えも、情景が浮かばない。
 何度も参加した麦端祭りは客としてであり主催者側になるのは、今回が初めてだ。理恵子は
自主的に踊り場へ行っているだけなので、立場は曖昧である。
「わざわざ来てくれているから、そう思っただけなんだ」
 僚治は小さく頭を下げた。
「謝られても困ります。博くんにそういう話をなさっているのですか?」
 理恵子は上目遣いで探ってみた。
「していない。静流(しずる)との馴れ初めは俺が花形のときに誘ったというのを、博に幼い
頃からずっと話してあるから。毎年、花形がどんな女の子を誘うのかは話題になっている。本
人には隠していても、誰もが興味がある」
 僚治は目を細めながら理恵子に真相を明かしてあげていた。踊り場での裏話までも含めてい
たのが、理恵子にとってありがたかった。
「そんなことがあるのですね。踊り場に来る女の子は他にもいるし婦人会の方々、千草……」
 最後の単語がかすれそうになった。家の方向が違うので、千草は直接に踊り場へ行っている。
「千草ちゃんもいたな。かなり人気があるだろうな」
 僚治は右手を顎の下に置いて想像しているようだ。
「男の人たちに囲まれています。こういう機会でないと出会えない人たちばかりですから」
 理恵子は微笑もうと努めていた。
 学校では同年代としか過ごせないし、異なる年代と同じ場所にいる時間は少ない。雑談がで
きるようになれば、町中で会ったら挨拶を交わせるようにはなれそうだ。
「理恵子ちゃんももてるだろう。明るくてかわいらしいので、男どもはやる気を出すはずだ」
 僚治は腰に手を当てて大笑いをした。応援があると人一倍の実力を発揮するのだろう。
「そう言ってもらえると嬉しいです」
 頬を赤らめながらも感謝をした。
 千草だけでなく理恵子も見てもらえているのがわかったから。
「できれば祭りで酒を売って欲しいほどだ。酒を買ってくれるのは男性客が多いし、高校生が
バイトしてくれれば繁盛するだろう。でも若い内は思い出を作ったほうが良い。博にも何かあ
ればいいのだが、俺の前でも踊るのを嫌がる愚痴をこぼしていた。帰宅せずに踊り場に行くの
は、俺に会いたくないからだろう」
 祭り当日の予定を立てながら、博との遣り取りを伝えた。理恵子はいつも聞かされているの
で、特に気にならない。
 むしろ体格の良いおじさんに博が愚痴をこぼせるのが意外だった。僚治は悪い気がしていな
さそうで、息子の反抗期として受け入れていそうだ。
「私がここに来ますので。おじさんとおばさんにお会いできるし」
 理恵子は後ろ手にして笑顔を向けた。
 隠そうとせずに教えてくれるので、来た甲斐があるからだ。博のことを深く知れるし、理恵
子のことを受け入れてくれているのを感じる。
「博にはもったいないな。裏で理恵子ちゃんが支えてあげているのに気づいていれば良いが」
 僚治は博と理恵子が一緒にいるのを幼い頃から見守っている。
 千草と貫太郎を加えて四人はいつも遊んでいたからだ。広い仲上家はよく利用されていて、
集合場所にもなっていた。
「博くんに誘われても断るかもしれませんね」
 唇を尖らせて抵抗した。
「まじめな男はつまらないからな。学級委員をするような静流に似たところばかりで、問題児
だった俺とは似ていないし」
 白い歯を見せてにやける僚治には、昔の面影が残っていそうだ。
「博くんにはやんちゃなところがありますよ。幼いときに悪戯をするときは、博くんからでし
た。冗談を言っても、つまらいときもあるけど、場を和ませようとしてくれるし」
 理恵子は腰のあたりで指遊びをしながら指摘した。
 博が僚治の血を継いでいる部分があるのを伝えたかったのだ。
「あいつなりにやっているようだな。長々と話してしまった。踊り場に行くと良い」
 僚治が玄関に行こうとすると、理恵子は左横に並ぶ。
「静流、理恵子ちゃんが来てくれたぞ」
 僚治は大声を響かせていた。しばらくして静流が姿を現す。
 いつも着物姿で重箱を両手で抱えている。
「後で俺にもお茶を運んでくれ」
「はいはい」
「理恵子ちゃん、博のことをよろしく」
 僚治は背を向けて右手を振って去って行った。理恵子はただ見送ることしかできない。
「僚治さんに何か言われたのかしら?」
 穏やかに尋ねられると、理恵子は俯く。
 なぜか幼い頃から静流の言葉には、素直に反応してしまう。
「博くんに奉納踊りを見てもらうように誘われたかどうかです。私たちはまだ祭り当日のこと
まで考えていないし」
 理恵子は右手で拳を作って胸元に置いて恥らう。
 身体全体が熱くなり、思考は明確な結論を導けずにいる。
「私のときはもっと後だったわ。私は踊り場に来るように他の踊り手の方々に頼まれていたの。
僚治さんとは学校にいるときのように接していたわ。でも給仕はやったことがないし、知らな
い方々が多かったので、僚治さんのそばにいた。いつか誘ってもらえるかもと期待はしていた
けどね。ぶっきらぼうな言い方だった。問題児と学級委員の組み合わせだから、すぐに対立し
て喧嘩していたわ。でもクラスをまとめ切れないときに、僚治さんが助けてくれたわ。教室を
静かにするために、物音を立ててくれて。いつもさりげなくしてくれるの、今でもね」
 静流は柔らかな微笑を保ったまま理恵子のために語り聞かせていた。
 他人である理恵子に踊り場での出来事と学校での遣り取りを伝えていたのだ。
「今と雰囲気が違っていて想像しにくいです」
 理恵子は率直な感想を洩らした。
 ふたりが喧嘩をする姿が思い浮かばなくて、つねに仲睦ましく見えているからだ。
「あれから結婚して博が産まれて仲上を継いでしまうとね」
 静流は重箱を強く抱き締めた。今まで背負ってきたものを確かめるようにいとおしそうにだ。
「重箱、私が持ちます」
 両手を前に出して態度でも示す。
「お願ね」
 静流はすぐに応じて理恵子に渡そうとする。受け取った理恵子は重箱を丁寧に扱う。
 静流に託される想いの強さを噛み締める。
「一緒に差し入れを作ってみない?」
 静流は右手を口元に置いて提案してきた。理恵子は息を呑んでしまって思考が停止してしま
うが、ようやく動き始める。
「私は料理なんてほとんどしたことないし、仲上家の差し入れです。私が関わって名を汚すこ
とになりかねないし……」
 首を左右に振って否定していても、視線を静流に戻した。
 踊り場に運ばれて来るものは、その家から出されるから、家の評価にもなる。踊り手から要
求された場合もあり、良質なものばかりである。
「味付けは私がするし、一口サイズのおはぎなら一緒にできるでしょう? 泥遊びをするよう
なものよ。少しくらい不揃いでも、何とかなると思うけど」
 静流は右の人差し指を顎の下に当てながら考えていた。思い付いてから手を合わせて喜びを
表現する。
「それならやってみます。うまくできるか、わかりませんが」
 まったく自信がなくて手元が震えてしまいそうだ。
「うまくできなくても良いのよ。そのほうが良いという男の人もいるし。きっと私のよりも売
れると思うわ。それに仲上では男は台所に入らないのよね。だから娘に料理を教えるようなこ
とをしてみたかったの」
 その場面を浮かべているのか頬が朱に染まっている。博が男だから、まったく機会がなかっ
たので、積年の思いがあるのだろう。
「学校が休みのときならできると思います。下校してからだと時間がかかって間に合わなくな
るかもしれませんから」
 少しでも見栄えが良くなるように慎重にするから、時間がかなりいるだろう。
 そばに静流がいるなら、さらに緊張が増してしまう。事前におむすびで練習をしておこう。
「お祭りの日には振袖を着てみない? 私ので良かったら着付けをしてあげるわ。いつも踊り
場に差し入れを運んでくれているお礼に」
 静流はさらに提案を追加した。理恵子には嬉しくて賛同したくはなる。
「千草のもお願いできませんか? いつも踊り場に行っていますし」
 言葉にするのが心苦しくても、声にして求めてみた。
 昔から静流に頼んでみたことを、理恵子には記憶がない。わがままに思われたくないという
幼心がそうさせていたのだ。
 静流は見開いてから瞼を閉じる。その仕草を見たのは理恵子にとって初めてだった。
「千草ちゃんのことを忘れていたわ。あなたたちは幼馴染として対等でいたいのかしら? 今
度、一緒に来て振袖を選びましょうね」
 理恵子の意図を悟ったように優美に笑みを浮かべていた。
「お願いします」
 重箱を抱えたままなので首だけを下に動かした。
「そんなことはしなくても良いのよ。もともとは私の夢を叶えているだけだし。理恵子ちゃん
が届けてくれるようになったのも、好意に甘えていた。町中で会ったときに、博が花形になる
のを伝えてから」
 静流は右に首を傾けながら、理恵子の頭を撫でる。
 花形の話を聞いてから、学校で博に話してみた。千草と昼食時に話題にしていると、博を応
援するために踊り場に通うことを決めたのだ。
 後日、静流に伝えて許可をもらおうとした。博のためなので確認しておきたかったからで、
即時に了承された。静流から手ぶらにしないように、仲上家として差し入れの運び役になった。
「私も博くんのように祭りに関わってみたいので」
 本心から声を発してみた。今はそれだけしかなくても、まだ祭り当日までは時間がある。

 #現在

「理恵子って誰だ?」
 眞一郎くんの疑問は居間の雰囲気を沈黙させたが、自分の口で破る。
「痛いよ」
 おばさんが眞一郎くんの左耳を引っ張っていた。
「私しかいないでしょ」
 おばさんは頬を膨らませて反発した。
「猫を被っているのかもな」
「いつもあんな感じだった。踊り場で他の大人たちと接するときも」
 眞一郎くんの見解におじさんは即答で否定した。
「おばさんの写真のからあのようだと思えますよ。幼い頃から接している方々だと、態度はあ
まり変わらないし」
 何か出来事がなければ改める機会はないのだろう。高校生という成長期であっても、好きな
男の子の両親の前では、誰もが似たような状況にはなりそうだ。
 何があっても受け入れるしかなく反論なんてなかなかできない。
「眞ちゃんが私のことをどう見ていたかよくわかったわ」
 おばさんは眞一郎くんの右耳のあたりで囁いて恐怖を煽る。眞一郎くんは震えていて、夢に
うなされそうだ。
「もっと明るい感じかなと思っていたんだ。お袋のほうから話し掛けるような。結婚後は向こ
うから話題を振ってもらうまで控えるのはわかるが」
 眞一郎くんは写真のおばさんを指差しながらだ。同年代と写っているものばかりで、大人た
ちのとはないから想像しにくい。
「学校では積極的だったけどね。さすがに目上の方々には無理よ」
「でもおばさんは祭りのときの公民館で男の人たちをうまく扱っておられました。年齢なんて
関係なしに」
 私が眞一郎くんを迎えにいくときに冷やかされていたときにだ。他にも酒で酔っている方々
に対しても、仲裁をしていた。私には対応できないときには、おばさんに視線を向けて助け
てもらっていたのだ。
「比呂美はああいうあしらい方を覚えないといけないわよ。まずは酒造の娘としては女将さん
のように毅然と振舞わないと。男の人に呑まれてはいけないわ」
 かすかに呆れ顔で指摘された。
「慣れるようにします」
「あなたなりのやり方を身に付けて欲しいわね。そういう意味でも踊り場は練習になるわ。お
茶なら素面でいられるから」
 おばさんは踊り場にも通っていたから、年季があるのだ、続きは踊り場での出来事だろう。
「親父も踊りたくなかったとは思わなかった。踊り場では立派に花形をこなしたとしか聞かさ
れていなかったから」
 眞一郎くんは話題を変えた。私も知らなかったことなので、様子を窺う。
「ああいう場所では仮に俺が失敗しても立派だったと言うさ。眞一郎のことだから比べられて
いると思っていたのだろうな。俺のときとは違って、俺と眞一郎はまじめなので一致している
からだ。俺の親父は踊り場をさぼるのを武勇伝のように聞かせてくれていた。だからまわりは
さぼるなよとだけを言われていた。理恵子と千草がいるから、さぼろうとは考えていなかった。
親父は殴られようとも胸倉を掴まれようとも、さぼり続けていたからな。だが先輩方はお袋に
直談判をして、親父を踊り場に来るように仕向けてくれと頼んだんだ。お袋は親父の顔を見か
けると、踊りを話題にしていた。最終的には一緒に下校して踊り場に通うようになったのだ。
それからはさぼろうとはせずに、親父はお袋を祭り当日も見て欲しくて誘った。そんな話を以
前から聞かされていたから、親父の前でも愚痴れた」
 おじさんはゆっくりと過去を語ってくれていた。私には初めて知る内容だった。どの世代に
も花形や仲上家に恋の話があるのだろう。
 おじさんと眞一郎くんが似ているのはよくわかる、生真面目で不器用なところが典型的な職
人気質でありそうだ。眞一郎くんにはさぼる度胸はないだろうから、ひとりで悩んでいた。
「比べられているとは思っていた。失敗談なんてまったくなさそうだし、最初はぜんぜんうま
くなれなかったし。俺が花形に選ばれたのは仲上だからだ。それしか求められていないのなら、
何とかして踊り終えることだけを考えていた」
 踊り終えているので眞一郎くんは苦笑いを浮かべていた。本番まではつらい想いをしていた
のだろう。私が眞一郎くんの花形を応援するのを伝えていたときに、反応が鈍かった。お父さ
んだったら、腕まくりして期待させようとしていたはずだ。お母さんは両手を合わせて成功を
願っていただろう。
「眞一郎にはあまり踊りに対して想いがなかったようだ」
 おじさんはぽつりと一言を洩らした。眞一郎くんと私は息を呑んだが、おばさんは目を伏せ
ていた。おじさんはそんな私たちを見渡してから告げる。
「花形は人それぞれだ。せっかく踊るのだから何かがあったほうが良かった。来年は比呂美の
ためには踊るようだ。今年のも石動さんのためではあったようだな。理恵子から聞かされてい
るが、踊り終えてから拍手をしてくれるほどに感激してくれるなら、踊ってあげたくなるのは
よくわかる。だが自分のために何かがあったほうが良かった。そもそも祭りとは今あるものを
水に流したり、今後のことを願ったりするものだ。せっかくなのだから、来年に向けて考えて
おいたほうが良いだろう」
 おじさんも眞一郎くんの踊り場のことを把握していた。ここまで踊りに対して想いがあるな
ら、おじさんのときは眞一郎くん以上のものを背負っていたのだろう。
 私はスカートの上に置いている左手を眞一郎くんの太股の上に置いてみた。眞一郎くんの支
えになり切れていなかった後悔があって、来年こそは雪辱を晴らせるように誓うためだ。眞一
郎くんは私の左手に指を絡めて恋人握りをしてくれる。
「親父とお袋のときには何があったか早く知りたくなってきた」
 眞一郎くんは握る力を強くしてくる。
「まずは今年のを教えてあげる。眞一郎は受動的すぎるわ。やりようによっては能動的に捕ら
えれば、現状を劇的に変えられたわ。比呂美が逃避行をせずに済むように直談判をできた。私
にはあなたたちに今まで何があったか詳しく知らないけど、花形はかなり効力があるのよ」
 おばさんは優しく諭していた。過去でありながら、将来でもあるように繋がっている。
 私は眞一郎くんから手を離す。眞一郎くんと私は同じ位置にはいない。
 眞一郎くんを屋根の上の猫と下校中に喩えていた。でも今は私が屋根にいる。高い位置にい
ても降りて来てあげてばかりではいられない。
「私と眞一郎くんとは祭りに対しての想いが違いすぎる。今年は踊り場に誘われなくて良かっ
たかもしれない。きっと私は勘違いして、私の願いを叶えてくれて、すべての悩みを開放して
くれたと思ってしまうから」
 私は両手の指を絡めて祈りを捧げた。私のために踊ったとしても、ただ眞一郎くんが踊れな
いから踊れるようになるきっかけにされるだけだったのだ。踊り場に通う間に仲が深まって距
離を縮めてくれるかもしれない。でも仲上家に居候の身である私は、地位を一気に格上げして
嫁か同程度までならねばならない。普通の高校生の恋愛をするならば内定を得てからだ。
「やはり比呂美はわかっていたようね。振袖を着て仲上家の娘としてだけ振舞うのではないこ
とを。もし眞一郎と奉納踊りの後、一緒に過ごしていたら、勘違いしてもおかしくないわ」
 おばさんは自分の過去とを重ねていそうなので、私は首肯した。言葉ではなく態度で女とし
ての共通認識を確かめ合った。求める相手は違っても花形の男を得ようとしているのは同じだ。
「踊りに願掛けをしているようでわかりにくいな。踊り終えてからは達成感しかないし、他の
花形も似たようなものだと思うけど。それに最中は複数に考えられるほどに器用にできないよ、
俺には。あの状況の比呂美には難しいだろうけど、はっきり言ってくれれば参考になった」
 眞一郎くんは抑揚のない口調をしていて、コーヒーを口に運ぶ余裕があった。
 私だって何度も言おうとはしていた。石動純さんのことは何とも思っていないし、恋人を番
号でしか呼んでいない時点で気づいて欲しかった。それを指摘されれば白状ができたかもしれ
ない。それに同情されて私の想いに応じてくれても、さらに私は悩むだけだ。
 優しい眞一郎くんは、ただ私の要望を叶えただけだと。眞一郎くん自身の判断で私の期待を
わかってもらえるまで待とうとしていたのにだ。
「踊りは本人よりもまわりのほうが多くを求めてしまうかもな。貫太郎のごとくすべてを兼ね
合わせようとしない限りは。もし眞一郎が理恵子や比呂美の要望を満たしていたのなら、花形
と仲上の両方の歴代で最高位に近い花形になっていただろう。それほどまでに難易度が高すぎ
る。でも求められているというのだけは覚えてあげて欲しい。結婚の決意はあるわけだから」
 おじさんまでもお父さんの名前を出していた。私の要望をどこまで把握しているのかは不可
解だ。踊りに誘われるだけでは、石動さんと同価値でしかない。それ以上があり、結婚は結果
でしかないのだ。ある意味では通過点でもあり、今後がある。
 現におばさんは花形を射止めているのに悩んでいるのだから。
「そうやって結婚という体面だけしか想定していないのが気に入らないわ。結婚なんて紙切れ
にしか過ぎないでしょう? 眞一郎と比呂美は一つ屋根の下にいるのと同じなのだから。今は
比呂美がアパートで暮していようともね」
 おばさんは左の肘を机に付けて行儀を悪く溜め息をついた。そこまでがっかりしているのだ
ろう。さっき眞一郎くんが婚姻届を市役所が受理してくれないのを言っていたのにも、同じ感
情があったのだ。結論を急ぐのは血筋かもしれないと、私は心に刻んでおく。
「結婚が紙切れなんて言うなよ」
 眞一郎くんは振り返っておばさんを睨む。
「婚姻届のせいで結婚できないと言っていたのは、眞一郎でしょ。じゃあ訊くけど、もし男も
十六歳で父母の同意がいらなかったら、提出していたのかしら? 経済的な理由でしていなか
ったとは思うけど」
 おばさんはまったく怯まずに平然と返した。
「理恵子、結婚のことは置いておこう。お互いに解釈が違うようだし、眞一郎なりの誠意を伝
えたかったのだろう。俺は廊下にいたから、中の様子が声だけしかわからなくて、湯飲みを落
としそうになっていた。いきなりそこから話し始めるとは」
 おじさんは首を右に傾けていたが、理解を示すかのように縦に下ろした。
「だって、眞一郎は私がおかえりなさいと挨拶すると、ただいまと返すけど、視点が定まって
いなかった。比呂美は見据えていたのに。まるで比呂美が承諾に得に来たようだったわ」
「それは交渉前に聞かされていたな。まあ、緊張していたんだろ。顔の締まりが悪かった朝の
様子から、帰宅後に変わるのは無理かもな」
 おばさんの悲哀な感想におじさんは眞一郎くんの援護をしていた。でも眞一郎くんが承諾に
得に来る姿として認めているのではなさそうだ。私は朝の様子をさっき聞かされたばかりなの
で、眞一郎くんがいつ結婚を意識したのかを理解していなかった。下校中の海岸で家族になろ
うというプロポーズは、後押しにはなっていたようだ。
「前提として受け入れて欲しいとしか言いようがない。踊りのことを含めて俺には認識が不足
している。四人のときのことを参考にして、考えを改めるかもしれない」
 眞一郎くんは結婚の意志を取り消そうとはしなかった。
 ただそれだけでも私の心を満たしてゆく。
「改めるというのではなくて、眞一郎くんなりの判断を聞かせて欲しい。私は結婚そのものだ
けを望んでいるのではないから」
 眞一郎くんを見つめながら、緩やかな口調で述べた。
 まだ眞一郎くんからはっきりと言われていないからだ。
「眞一郎ばかりを責めるべきではないわね。いつかお母さまのようになりたいと思っていなが
ら、比呂美には何もしてあげていられなかったわね」
 おばさんは小さく頭を下げた。さっきの静流さんとの遣り取りで思い出されてしまったのだ
ろう。さりげなくおじさんとの関係が好転するような状況を作り上げてくれていた。おはぎを
差し入れられるようになれれば、おばさんの評価はおじさんだけでなくまわりも高めてくれる。
「おばさんはお母さんのノートでも共著になっています。スーパーでお会いしたときにも、目
利きや安売りの商品を教えてくださいました。豚カツを揚げたいと言えば、仲上家で教えてく
れました。仲上家にお世話になってからも、お手伝いを通してさまざまなことを学べました」
 あの頃におばさんに伝わっていたかはわからない。お母さんが亡くなって日々が慌しく過ぎ
ていたからだ。八歳であっても家事全般を担う私には、他人の心情まで気を回す余裕はなかっ
たし、甘えてはいられなかった。でもできないことは理解していて、おばさんの好意には素直
に応じてはいた。
「八歳の女の子が買い物籠を重そうに持っていたら、助けてあげたくなるわ。商品をあまり見
ずに買い物籠に入れているとね。それに話をしてみると、貫太郎の試合が勝つように縁起を担
いで豚カツを食べさせてあげたいなんて言われると、教えてあげたくなったわ。油を扱うのは
危険だし、揚げるタイミングは実践でしか学べないわ。ついでにから揚げやエビフライも一緒
にしていたわね」
 おばさんは懐かしげに微笑を掛けてくれていた。
「私にとっておばさんは憧れです。料理はまだまだ敵いませんし、私のは自己流な部分も多く
てノートや料理本でしか学べていません。微妙な味付けには迷いがあって、私なりのやり方を
確立できていません」
 お父さんとふたり暮らしのときには、お父さんは味について文句は言わなかった。おいしく
てもどこがうまいのかまで、伝えられるほどの知識がなかった。仲上家に来てからは、余程の
ことがなければ、おばさんは忠告してこなかったのだ。仲上家では全般的に薄口であるという
一言だけがあった。おばさんと一緒に台所に立つことがなく、最近になってから、おばさんの
やり方である仲上の味付けを教えてもらえるようになったのだ。
「憧れていたのなら、もっと態度で示して欲しかったな。いつも暗い顔していて俯いていたし。
感激していたように見えなかった。せめて無邪気に喜んだらいいのに」
 おばさんはかすかに語気を強めていた。おばさんが静流さんに向けていたのとは異なるだろ
う。頬を染めることもなく反応が鈍かったのは自覚している。
「それは私がふがいないからです。もともと私がしっかりしていれば、お手数を掛けなくても
良かったし。自己嫌悪していても、幼いから隠せなかった」
 私は顔を下げて過去の恥を告白した。
 それと眞一郎くんの前でみじめな姿を晒しているのも同然だった。ちゃんとできていれば、
仲上家に来られなかったという矛盾もあって、考えがまとまらなかった。
 おばさんはきょとんとしてから吹き出す。
「比呂美ちゃんはそんなことを思っていたのね。八歳だったんだから、もっと年相応に感情を
出せば良かったのに。そうすればもっといろいろ教えてあげられたのに。私自身のことしか考
えられなくても、親友の娘には何かをしてあげたくなったわ」
 おばさんは口を尖らせて反論した。あの頃から私は変わらないといけないと思い詰めていた
から、他人には理解しがたかっただろう。お父さんにも泣き言を洩らさないようにしていた。
「俺は豚カツやから揚げやエビフライが食卓に並んで喜んでいるだけだった」
 眞一郎くんもあのときのことを覚えてくれていた。私が揚げたのでもおいしいと言ってくれ
ていたのだ。そのときだけ私は笑顔になった。
 おばさんは眉根を寄せてから、眞一郎くんの両耳を引っ張る。
「眞ちゃんがそんなことばかり言っているから、比呂美ちゃんのことがわからなくなるのよ」
「だってさ、魚や煮物が多かったから、今ならうまいと思うけど、幼い頃は肉が食べたいんだ」
 眞一郎くんは痛がりながらも訴えると、おばさんはようやく離してあげた。
「比呂美は女の子だから、眞一郎とは違うようだな。貫太郎はいつも比呂美の料理を褒めてい
た。最初は惣菜や冷食ばかりだったが、少しずつ自分で作るようになった。味噌汁がインスタ
ントではなくなったのは喜んでいたよ。季節に応じて旬の食材を使って語るのが千草にそっく
りだとな。あのノートでわからない言葉が出てくると訊いてくれるので、どこまで達成してい
るかが、よくわかるとな」
 おじさんは優しい眼差しで私の思考を認めてくれていた。
 お父さんは私の話を遮らずにいつも聞いてくれていた。学んで得た知識を披露するのが日課
になっていたのだ。ついでにお父さんに片付けができていないのを叱っていた。
「お母さんで思い出したのですが、お母さんの着物については静流さんから提案していたとお
母さんも思っていました。本当はおばさんからだったんですね」
 お母さんの日記にも静流さんからと判断しているようだった。もしおばさんからだったら、
お母さんは絶対に洩らさずに書き込んでいただろう。
 お母さんの日記にはおばさんの名前がお父さんの次に出てくるからだ。
「それについては踊り場に行ってからね」

               (続く)



 あとがき
 前回は貫太郎が加持リョウジみたいに書いておきながら、博の父親を僚治にしました。独自
に名前を考えていくと良いのが浮かばなくて採用しました。職人気質でもありますが、問題児
でも、静流一筋という人物が既存の作品から捜せなかったからです。
 僚治と静流、博と理恵子、眞一郎と比呂美は三者三様で似たところがあっても違いがありま
す。過去を知ることで眞一郎は、最終的に踊りに対する理解を深めて欲しいものです。
 一発逆転できるキーワードでもあった花形を利用はできたとは思いますが、かなり難易度が
高いようです。でも比呂美の待遇を改善するには必要になるでしょう。もう比呂美は仲上の娘
というのでは満足できないからです。
 過去編ということもあり、現在と過去が交互になります。現在は比呂美視点で、過去は三人
称単一視点になり、四人の誰かの視点になってゆきます。
 今回から一行の文字数四十二文字にしてみました。やはりこのほうがエディタで書き慣れて
いているので、筆が進みやすいです。段落分けや空白の活用ができます。
 後日談についてはアイデアがあっても、まだ書き進めていません。ドラマCDとネタが被ら
なさそうなので、余裕がありますし、記述をどうするかが悩みどころです。

  次回、『過去と、現在と、将来と 5 交錯する視線』
 重箱を持って踊り場に行く理恵子は、着物のことを千草に伝える。
 ふたりはお互いに誰かと特定せずに想い人がいるのを確認し合う。
 博はいつも理恵子と一緒に踊りの休憩をしていても、千草にも視線を向ける。

  後日談の次回、『自作のウェディングドレス』
 比呂美はふたりの絵本のために結婚雑誌を買って来た。
 部屋で眞一郎と寄り添って眺めていても、実感が湧いてこない。
 眞一郎は比呂美に頼みごとをしてくる。

 時系列
 第十一話放送前
 true tears  SS第十一弾 ふたりの竹林の先には
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/96.html
 最終話放映後の第十一話
 true tears  SS第二十弾 コーヒーに想いを込めて
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/245.html
 最終話以降の後日談 竹林の後
 true tears  SS第二十一弾 ブリダ・イコンとシ・チュー
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/275.html
 初登校
 true tears  SS第二十二弾 雪が降らなくなる前に 前編
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/287.html
 true tears  SS第二十三弾 雪が降らなくなる前に 中編
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/306.html
 true tears  SS第二十四弾 雪が降らなくなる前に 後編
 http://www39.atwiki.jp/true_tears/pages/315.html
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