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118 :きつねのおはなし1:2009/05/04(月) 11:27:09 ID:SzDKt9Wb 「ねーねー、おやぶん。えへへー。みててみててー。」 そう言うと子狐は頭に葉っぱを乗せてうんうんと唸った。するとどろんと言う音共に辺りに煙が立ち込めて、 子狐の姿はあっという間に変わってしまう。煙の中から出てきたのはなんとも言えない風貌をした生き物 だった。大まかな形は着物を着た三つ四つの男童だが、手や足の先は爪や肉球がついた獣のものだし、 鼻の辺りも形は半分狐のものだ。当然、耳やしっぽもそのままだった。それを見て他の子狐達は面白がったり 囃し立てたりしている。 「ねーねー、おやぶん、どぉ?じょーずにばけれた?」 親分。そう呼び掛けられた先には小さな少年がいた。頭に大きな耳を、腰にはふさふさのしっぽをつけた 金髪の少年。コウと呼ばれる古狐だ。こうは草むらにちょこんと座って子分の子狐を見ていた。 「…前より随分マシになったぞ。頑張ったな。」 コウは微笑みながら子狐の頭を撫でてやる。 「わーいわーい!おやぶんにほめられたー!」 「ずるいずるいー!おいらもほめてほしー!」 子狐達は奇妙な姿の子狐に群がり、きゃっきゃとじゃれあいだす。可愛い子分達を見ながらやれやれと ため息をつく。呆れつつもどこか優しいため息だ。 暫くして団子状態の子狐達から子分の一匹が抜け出てきた。ちょこちょこと歩き、コウの傍までやって来る。 一番甘えん坊のヨウだ。 「あのね、おやぶん、あのねー、よーね、いっぱいがんばるよー。よーがんばるから、おやぶんげんきに なってねー。」 どきん。コウの胸は射抜かれたように竦み上がる。ヨウの言う通りだった。 コウはまだ、あのことを、優太を忘れられずにいる。 祠を失い、コウは掟通り稲荷神のもとに帰った。そこには稲荷神に使える狐も何匹とおり、皆優しく コウを迎えてくれた。これならばすぐに馴染み、昔のことなど忘れられると、コウは思った。 しかし時が経っても忘れるどころか、優太への思いは募るばかり。毎夜楽しかったあの一時を夢見ては、 朝目覚めて現実を思い知らされる。もうけじめをつけたのだと思っていたのに、実際は全くできては いなかった。優太が恋しい。その想いばかりが膨らんだ。 それは他の狐達にもうっすらと解るらしく、皆コウに優しく接してくれた。油揚げを多目に分けてくれたり、 忙しい中野遊びに誘ってくれたり。コウも恐縮してしまう程だ。彼らの親切に応えるためにも、忘れなくては ならない。忘れなくてはならないのに。 「…………優太。」 瞼の裏にはいつも優太がいる。 最後に見た、悲しげに涙を流す優太。その優太を見る度に、コウもまた涙を流した。 119 :きつねのおはなし2:2009/05/04(月) 11:29:30 ID:SzDKt9Wb ここの狐達は酷く忙しそうだった。どうやらここ数年、稲荷神とみくまりの神と上手く折り合いがつかず、 今年の田畑の具合がよろしくないらしい。稲荷神もそれについて何やら対策を立てては狐達を走り回させて いる。狐は勿論だが、稲荷神もかなり忙しいらしく、コウがこちらに来てから一度も目通りが出来て いない始末だ。 コウも今日はかまど神の所から便りを預かり、急いで上司にあたる天狐へ届けなくてはならなかった。 預かった文を渡しに行く途中、長年稲荷神に遣えている狐に会った。 「あ、丁度いいわあ。コウちゃん、コウちゃん。ちょっと頼まれてぇな。」 狐はそう言うとどっさりといなり寿司をコウに持たせた。甘い醤油の匂いが堪らず、コウはじゅるりと 涎を垂らす。 「これな、神様んとこ持ってったって。なんか神様、腹ペコ過ぎて堪忍袋の緒が切れそうなんやて。」 ギクッとするコウ。 これは初めての謁見にあたるのだろうが、ピリピリした状態の稲荷神の逆鱗に触れでもしたら、どんな 目にあうか知れたものではない。密かに恐慌するコウを知ってか知らずか、狐は小走りで行ってしまった。 コウは不安にかられるも、頼まれたことを放っておくわけにもいかない。 覚悟を決め、コウは稲荷神の所まで行くことにした。 「あ~も~あきまへんわ。どうにもこうにもならしまへん。参ったわあ。」 豪奢な花魁の出で立ちをした美女が煙管を机に打ち付けながら苛立っていた。その頭には、やはり大きな 耳がついている。また腰からは見事な九尾の尻尾が生えていた。ちりん、ちりんと鳴っているのは簪の 細工だろうか。綺麗な澄んだ音だか、何処と無く怒気を孕んだように聞こえる。怯えながらコウは近付く。 「い…稲荷様。どうぞ。」 「おおきに。むぐむぐ、ああ、ほんまに腹立つわ。もぐ、もぐ。何なのあのアホウは。ぱくっ。雨降らすな て何遍言うたらわかるんやろ。むぐぐ。」 稲荷神はこちらも見ずに紙と睨み合いながら寿司を頬張る。どうやら何事もなく済みそうだ。ホッと胸を 撫で下ろしたその時である。稲荷がこちらを向いた瞬間、その顔が一気に固まる。 「…………あんた、古柳のおばばの村のコウやないの?何でここにおるん。」 「あ、え、え…わ、わしの祠が潰されてしまったので、えと、こ、こちらに…」 「はあ?!何言うてるん。あんたの祠はちゃんとあるでしょうに。寝言は寝てから言い!!」 コウがいいおわらない内に稲荷神はコォンと音を立てて煙管を叩き、灰を落とすとコウに向けてビシリと 手を伸ばす。 「ひいっ!」 コウはいきなりのことにぺそをかき頭を抱えた。それとほば同時に辺りが閃光に包まれ、ドオンという 大きな音がする。コウは気を失った。 120 :きつねのおはなし3:2009/05/04(月) 11:32:01 ID:SzDKt9Wb 次に気付いたときにはコウと子分の子狐が草むらに寝転んでいた。クンクンと匂いを嗅ぐと、懐かしい 香りがする。 どうやら村に違いないようだ。稲荷神はどうしてコウを村へと寄越したのか。もう祠など無くなって しまったのに。仕方なくコウは子分を起こし、辺りを探索することにした。てくてくと歩いていく。 村は多少拓けたらしく、道はならされ、小綺麗な建物がいくつか建っていた。向こうの方には長い鉄の棒が 二本、同じ間隔をあけたまま延々と敷かれている。人の世では、コウが思っていたよりずっと時間が 経っていたようだ。漸く祠のあった場所に辿り着くと、そこには大きくて立派な建物が建っていた。 『尋常小學校』と書かれているが、コウには難しすぎて読めなかった。 しかし、祠がもうここにはないことだけは確かだ。 (稲荷様がお間違いになったのかのう……) 俯きながらコウはとぼとぼと歩いた。これから帰るにしても稲荷が何というか。コウは途方に暮れた。 「わ~おやぶんみてみて~てつのかたまりがはしってる~」 「おいらしってる~あれ、『きしゃ』っていうんだよ~」 子分が一斉にはしゃぎだす。見ればモクモクと煙を上げながら走る鉄の塊が鉄の線の上を走っていた。 どうやらすぐ側の建物に止まるらしい。 「おやぶ~ん、『きしゃ』みた~い」 「ぼくもぼくも~」 「あ、コラッ!」 子分達はコウの許しが出る前に一斉に建物へ駆け出してしまう。仕方なく、コウもそれを追いかけた。 汽車物凄い煙と騒音を撒き散らしながら、簡素な建物へと横付けた。 「おっきいねえー」 「なかにひとがたくさんいるよー。」 子分達はわらわらと辺りに散り、言いたい放題、やりたい放題する。特に先頭の煙を吐いている部分が お気に入りらしく、皆群がっていた。傍若無人とはこのことだが、妖は人には見えないことが救いだろう。 一方コウはというと、気が乗らず、入り口のところに座り込んでいた。 (早く帰らんと、またもっと苦しくなるだけじゃ…) 目の奥が熱くなる。我慢するため、コウはぐっと目を瞑った。懐かしい匂いがする。芽吹き始めた若葉の 匂い。ゆっくりとたゆたう小川の匂い。生命に満ちた大地の匂い。それから、何か、酷く胸を締め付ける、 それでいてこれ以上ないほど恋しい匂い。 (…え?この匂い…) 弾かれたようにコウは顔を上げた。信じられない。しかし確かに匂うのだ。それを確かめるため、コウは 目を見開き、建物から出てくるそれを見つめた。 その人物は薄手の襟巻きと外套を着、大きな皮の鞄を手に持っていた。カランカランと下駄を鳴らす その青年は、年の頃二十歳といった位で、身に付けているものも振る舞いも品が良く、育ちの良さが伺える。 どこか陰がある眼はまるで黒曜石だ。微かに伏せられていたその眼差しは、ゆっくりと上がっていく。 そして遂に、その瞳はコウをとらえた。 「―――……コ、ウ……?」 低い、しかし良く通る声だった。青年は確かにそう呟き、コウを呼んだ。それと同時に青年は酷く顔を 歪ませ、手に持っていたものを放り投げた。 「コウ!!!」 いつの間にか、コウは青年の腕の中にいた。痛いほどの力で抱きすくめられ、何度も名を呼ばれた。そして コウもまた、精一杯の力を振り絞り、名を呼んだ。 「ゆ……た…!」 愛しい、愛しい人間の匂いに包まれながら、コウはわんわん泣いた。 121 :きつねのおはなし4:2009/05/04(月) 11:34:27 ID:SzDKt9Wb 子分達は皆探検に出掛けたいと方駄々を捏ねた。コウはダメだと言ったがどうしても聞かず、仕方無しに 明日の昼までには戻るよう言いつけ、子分達を見送る。ひょっとしたらコウを気遣ってくれてのことかも しれない。そんな風に考えた。 ひとしきり泣いた後、コウは優太と並んで道を歩く。会話は少なく、空気も重い。 (祠はもうないんじゃ……また、すぐに帰らねばならん……) そうは思っても、繋いでいる手は暖かく、とても柔らかい。このままずっと一緒にいたいとどうしても 思ってしまう。 「コウ、着いたよ。」 顔を上げるとそこにはかつて幾度となく見た屋敷があった。門を潜ると下男と下女が集まり、 おかえりなさいましと頭を下げた。その中には妙の姿もある。頭に白いものが目立つようになったが、 優しげな眼差しは変わらない。 「優太郎坊っちゃん、奥様と旦那様がお待ちですよ。」 「ああ。ありがとう、妙。」 優太はコウに向かい苦笑した。 「ごめんね、コウ。少し付き合って。」 断るわけもなく、コウはこくんと首を縦に振った。優太と両親が話している間も、コウは優太の手を 離さなかった。優太もまた正座し、手を膝に置く振りをして、コウの手を握り続けた。その手はまだ 七つだった頃とは大層違い、大きくてコウの手を簡単に包み込んでしまう。背丈も六尺と七寸位といった 位か。四尺程度しかないコウには遥か高みに優太の顔があるように思えた。その顔も随分落ち着いたもので、 清爽というよりは繊細な印象を受ける大人のものだ。だが、時折コウに向けられる眼差しはあの時のままだ。 日溜まりのようにコウを幸せにしてくれる。時の流れを感じつつも、変わらぬ優太に、コウは喜びを感じた。 長い話が終わり、コウと優太は廊下へと出た。コウは以前優太と過ごしたあの部屋に行くものだとばかり 思っていた。しかし優太は首を振る。 「あの部屋は使ってないんだ。今は物置にしてる。」 「どうしてじゃ?」 庭を横切りながらコウが聞くと、優太はふと寂しそうな目をした。 「…あの部屋にいると、コウのことを思いだして辛かったから。今は離れを使ってるんだ。」 その言葉はコウの胸にぐさり突き刺さる。優太に辛い思いをさせてしまったのだと思うと自分を責めずには いられなかった。 「……すまぬ。でも、狐は祠がなければ、その土地にはいられないのじゃ。わしの祠はもうない。 だから……」 ぎゅうっと優太の手を握る。またこの手をほどかなくてはならないということは痛い程分かっているのに、 離したくないという想いばかりが強くなっていく。掟と想いの板挟みにあい、コウは息すら苦しくなった。 「コウ。」 優太の声にはっとし、慌てて声の方を見る。そこには柔らかく微笑む優太の顔がある。 「コウ、見て。あそこ。」 きれいな指がすうっと伸びる。訳も分からず、コウはその先を見据えた。 「あ………」 透明な水を湛える池の隣だった。雨風に晒され、古ぼけてしまった石の塊。しかしその周りは丁寧に 清められており、庭に溶け込みつつも厳粛な雰囲気を纏っている。忘れ得ぬ、大切なものだ。 「コウの祠を潰そうと言ったときにね。祖母と母が凄く反対したんだ。優太郎をお狐様が医者まで 連れていってくれたから、優太郎は今まで生きてこれたんだ。その祠を潰すなんて罰当たりだ、ってね。 祖父と父もお狐様へのご恩返しだって色々掛け合ってくれて。だからね。」 122 :きつねのおはなし5:2009/05/04(月) 11:37:47 ID:SzDKt9Wb その石の塊の前に活けられた桜がさわさわと揺れた。その桜はあの時優太が拾ってくれた桜だった。 そして桜は、信じられないことに、今も変わらずそれを飾っていたのだ。 「なんで……」 「――だからね、コウをお屋敷神様として家にお招きしたんだ。ずっと一緒にいられるように、ね。」 二人の目の前には、祠があった。小さくて、古ぼけた祠。コウの半身。祠がある。優太がいるこの地に、 祠がある。則ちそれは。 「ずっと…これからずうっと優太と一緒にいられる……!」 コウは思いきり優太にしがみつく。そして優太も、それを抱き止めた。 「おかえり、コウ。」 それから暫くコウは優太とずっと話をした。今までの空白を埋めるように、とにかくずっと話続けた。 優太は東京の大学に通っているということ。そこで民俗学を勉強していること。また、東京にはには 珍しいものが沢山あるということなどを話した。コウには難しい話もあったが、優太のことが少しでも 知りたくて、一生懸命大きな耳を傾けた。 また自分のことも沢山知って欲しくて矢継ぎ早に話をした。むこうではコウが一番石蹴りが上手いと いうこと。前より沢山歌を覚えたこと。最近は子分達に化け方を教えていること。落ち着きなく語る話を、 優太は一つ一つしっかりと聞いてくれた。それが堪らなく嬉しい。夕餉も風呂も忘れ、月が傾き始めても まだ二人は話した。 これからはずっと一緒にいられる。沢山話もできるし、沢山遊べる。至福の想いが二人を満たしていた。 「うん……」 コウは重たい瞼を上げた。いつの間にか眠っていたらしい。まだ晩は冷える時期だというのに、コウの体は 温かい。その理由はすぐにわかった。優太がコウを抱き締めていてくれたのだ。大きくなった優太の腕の 中にコウの小さな体はすっぽり収まってしまっている。昔のように向かい合い、コウが寒くないように 外套を羽織らせてくれている。ただ、優太は何もかけずに畳の上に寝転んでいるだけだ。 (このままでは優太は風を引いてしまう…) コウはどうすべきか考えた。  -[[でも、まだ優太と一緒にいたい…もう離れるのは嫌じゃ…>:きつねのおはなし(後編・凌辱-鬱系ルート)]] 
118 :きつねのおはなし1:2009/05/04(月) 11:27:09 ID:SzDKt9Wb 「ねーねー、おやぶん。えへへー。みててみててー。」 そう言うと子狐は頭に葉っぱを乗せてうんうんと唸った。するとどろんと言う音共に辺りに煙が立ち込めて、 子狐の姿はあっという間に変わってしまう。煙の中から出てきたのはなんとも言えない風貌をした生き物 だった。大まかな形は着物を着た三つ四つの男童だが、手や足の先は爪や肉球がついた獣のものだし、 鼻の辺りも形は半分狐のものだ。当然、耳やしっぽもそのままだった。それを見て他の子狐達は面白がったり 囃し立てたりしている。 「ねーねー、おやぶん、どぉ?じょーずにばけれた?」 親分。そう呼び掛けられた先には小さな少年がいた。頭に大きな耳を、腰にはふさふさのしっぽをつけた 金髪の少年。コウと呼ばれる古狐だ。こうは草むらにちょこんと座って子分の子狐を見ていた。 「…前より随分マシになったぞ。頑張ったな。」 コウは微笑みながら子狐の頭を撫でてやる。 「わーいわーい!おやぶんにほめられたー!」 「ずるいずるいー!おいらもほめてほしー!」 子狐達は奇妙な姿の子狐に群がり、きゃっきゃとじゃれあいだす。可愛い子分達を見ながらやれやれと ため息をつく。呆れつつもどこか優しいため息だ。 暫くして団子状態の子狐達から子分の一匹が抜け出てきた。ちょこちょこと歩き、コウの傍までやって来る。 一番甘えん坊のヨウだ。 「あのね、おやぶん、あのねー、よーね、いっぱいがんばるよー。よーがんばるから、おやぶんげんきに なってねー。」 どきん。コウの胸は射抜かれたように竦み上がる。ヨウの言う通りだった。 コウはまだ、あのことを、優太を忘れられずにいる。 祠を失い、コウは掟通り稲荷神のもとに帰った。そこには稲荷神に使える狐も何匹とおり、皆優しく コウを迎えてくれた。これならばすぐに馴染み、昔のことなど忘れられると、コウは思った。 しかし時が経っても忘れるどころか、優太への思いは募るばかり。毎夜楽しかったあの一時を夢見ては、 朝目覚めて現実を思い知らされる。もうけじめをつけたのだと思っていたのに、実際は全くできては いなかった。優太が恋しい。その想いばかりが膨らんだ。 それは他の狐達にもうっすらと解るらしく、皆コウに優しく接してくれた。油揚げを多目に分けてくれたり、 忙しい中野遊びに誘ってくれたり。コウも恐縮してしまう程だ。彼らの親切に応えるためにも、忘れなくては ならない。忘れなくてはならないのに。 「…………優太。」 瞼の裏にはいつも優太がいる。 最後に見た、悲しげに涙を流す優太。その優太を見る度に、コウもまた涙を流した。 119 :きつねのおはなし2:2009/05/04(月) 11:29:30 ID:SzDKt9Wb ここの狐達は酷く忙しそうだった。どうやらここ数年、稲荷神とみくまりの神と上手く折り合いがつかず、 今年の田畑の具合がよろしくないらしい。稲荷神もそれについて何やら対策を立てては狐達を走り回させて いる。狐は勿論だが、稲荷神もかなり忙しいらしく、コウがこちらに来てから一度も目通りが出来て いない始末だ。 コウも今日はかまど神の所から便りを預かり、急いで上司にあたる天狐へ届けなくてはならなかった。 預かった文を渡しに行く途中、長年稲荷神に遣えている狐に会った。 「あ、丁度いいわあ。コウちゃん、コウちゃん。ちょっと頼まれてぇな。」 狐はそう言うとどっさりといなり寿司をコウに持たせた。甘い醤油の匂いが堪らず、コウはじゅるりと 涎を垂らす。 「これな、神様んとこ持ってったって。なんか神様、腹ペコ過ぎて堪忍袋の緒が切れそうなんやて。」 ギクッとするコウ。 これは初めての謁見にあたるのだろうが、ピリピリした状態の稲荷神の逆鱗に触れでもしたら、どんな 目にあうか知れたものではない。密かに恐慌するコウを知ってか知らずか、狐は小走りで行ってしまった。 コウは不安にかられるも、頼まれたことを放っておくわけにもいかない。 覚悟を決め、コウは稲荷神の所まで行くことにした。 「あ~も~あきまへんわ。どうにもこうにもならしまへん。参ったわあ。」 豪奢な花魁の出で立ちをした美女が煙管を机に打ち付けながら苛立っていた。その頭には、やはり大きな 耳がついている。また腰からは見事な九尾の尻尾が生えていた。ちりん、ちりんと鳴っているのは簪の 細工だろうか。綺麗な澄んだ音だか、何処と無く怒気を孕んだように聞こえる。怯えながらコウは近付く。 「い…稲荷様。どうぞ。」 「おおきに。むぐむぐ、ああ、ほんまに腹立つわ。もぐ、もぐ。何なのあのアホウは。ぱくっ。雨降らすな て何遍言うたらわかるんやろ。むぐぐ。」 稲荷神はこちらも見ずに紙と睨み合いながら寿司を頬張る。どうやら何事もなく済みそうだ。ホッと胸を 撫で下ろしたその時である。稲荷がこちらを向いた瞬間、その顔が一気に固まる。 「…………あんた、古柳のおばばの村のコウやないの?何でここにおるん。」 「あ、え、え…わ、わしの祠が潰されてしまったので、えと、こ、こちらに…」 「はあ?!何言うてるん。あんたの祠はちゃんとあるでしょうに。寝言は寝てから言い!!」 コウがいいおわらない内に稲荷神はコォンと音を立てて煙管を叩き、灰を落とすとコウに向けてビシリと 手を伸ばす。 「ひいっ!」 コウはいきなりのことにぺそをかき頭を抱えた。それとほば同時に辺りが閃光に包まれ、ドオンという 大きな音がする。コウは気を失った。 120 :きつねのおはなし3:2009/05/04(月) 11:32:01 ID:SzDKt9Wb 次に気付いたときにはコウと子分の子狐が草むらに寝転んでいた。クンクンと匂いを嗅ぐと、懐かしい 香りがする。 どうやら村に違いないようだ。稲荷神はどうしてコウを村へと寄越したのか。もう祠など無くなって しまったのに。仕方なくコウは子分を起こし、辺りを探索することにした。てくてくと歩いていく。 村は多少拓けたらしく、道はならされ、小綺麗な建物がいくつか建っていた。向こうの方には長い鉄の棒が 二本、同じ間隔をあけたまま延々と敷かれている。人の世では、コウが思っていたよりずっと時間が 経っていたようだ。漸く祠のあった場所に辿り着くと、そこには大きくて立派な建物が建っていた。 『尋常小學校』と書かれているが、コウには難しすぎて読めなかった。 しかし、祠がもうここにはないことだけは確かだ。 (稲荷様がお間違いになったのかのう……) 俯きながらコウはとぼとぼと歩いた。これから帰るにしても稲荷が何というか。コウは途方に暮れた。 「わ~おやぶんみてみて~てつのかたまりがはしってる~」 「おいらしってる~あれ、『きしゃ』っていうんだよ~」 子分が一斉にはしゃぎだす。見ればモクモクと煙を上げながら走る鉄の塊が鉄の線の上を走っていた。 どうやらすぐ側の建物に止まるらしい。 「おやぶ~ん、『きしゃ』みた~い」 「ぼくもぼくも~」 「あ、コラッ!」 子分達はコウの許しが出る前に一斉に建物へ駆け出してしまう。仕方なく、コウもそれを追いかけた。 汽車物凄い煙と騒音を撒き散らしながら、簡素な建物へと横付けた。 「おっきいねえー」 「なかにひとがたくさんいるよー。」 子分達はわらわらと辺りに散り、言いたい放題、やりたい放題する。特に先頭の煙を吐いている部分が お気に入りらしく、皆群がっていた。傍若無人とはこのことだが、妖は人には見えないことが救いだろう。 一方コウはというと、気が乗らず、入り口のところに座り込んでいた。 (早く帰らんと、またもっと苦しくなるだけじゃ…) 目の奥が熱くなる。我慢するため、コウはぐっと目を瞑った。懐かしい匂いがする。芽吹き始めた若葉の 匂い。ゆっくりとたゆたう小川の匂い。生命に満ちた大地の匂い。それから、何か、酷く胸を締め付ける、 それでいてこれ以上ないほど恋しい匂い。 (…え?この匂い…) 弾かれたようにコウは顔を上げた。信じられない。しかし確かに匂うのだ。それを確かめるため、コウは 目を見開き、建物から出てくるそれを見つめた。 その人物は薄手の襟巻きと外套を着、大きな皮の鞄を手に持っていた。カランカランと下駄を鳴らす その青年は、年の頃二十歳といった位で、身に付けているものも振る舞いも品が良く、育ちの良さが伺える。 どこか陰がある眼はまるで黒曜石だ。微かに伏せられていたその眼差しは、ゆっくりと上がっていく。 そして遂に、その瞳はコウをとらえた。 「―――……コ、ウ……?」 低い、しかし良く通る声だった。青年は確かにそう呟き、コウを呼んだ。それと同時に青年は酷く顔を 歪ませ、手に持っていたものを放り投げた。 「コウ!!!」 いつの間にか、コウは青年の腕の中にいた。痛いほどの力で抱きすくめられ、何度も名を呼ばれた。そして コウもまた、精一杯の力を振り絞り、名を呼んだ。 「ゆ……た…!」 愛しい、愛しい人間の匂いに包まれながら、コウはわんわん泣いた。 121 :きつねのおはなし4:2009/05/04(月) 11:34:27 ID:SzDKt9Wb 子分達は皆探検に出掛けたいと方駄々を捏ねた。コウはダメだと言ったがどうしても聞かず、仕方無しに 明日の昼までには戻るよう言いつけ、子分達を見送る。ひょっとしたらコウを気遣ってくれてのことかも しれない。そんな風に考えた。 ひとしきり泣いた後、コウは優太と並んで道を歩く。会話は少なく、空気も重い。 (祠はもうないんじゃ……また、すぐに帰らねばならん……) そうは思っても、繋いでいる手は暖かく、とても柔らかい。このままずっと一緒にいたいとどうしても 思ってしまう。 「コウ、着いたよ。」 顔を上げるとそこにはかつて幾度となく見た屋敷があった。門を潜ると下男と下女が集まり、 おかえりなさいましと頭を下げた。その中には妙の姿もある。頭に白いものが目立つようになったが、 優しげな眼差しは変わらない。 「優太郎坊っちゃん、奥様と旦那様がお待ちですよ。」 「ああ。ありがとう、妙。」 優太はコウに向かい苦笑した。 「ごめんね、コウ。少し付き合って。」 断るわけもなく、コウはこくんと首を縦に振った。優太と両親が話している間も、コウは優太の手を 離さなかった。優太もまた正座し、手を膝に置く振りをして、コウの手を握り続けた。その手はまだ 七つだった頃とは大層違い、大きくてコウの手を簡単に包み込んでしまう。背丈も六尺と七寸位といった 位か。四尺程度しかないコウには遥か高みに優太の顔があるように思えた。その顔も随分落ち着いたもので、 清爽というよりは繊細な印象を受ける大人のものだ。だが、時折コウに向けられる眼差しはあの時のままだ。 日溜まりのようにコウを幸せにしてくれる。時の流れを感じつつも、変わらぬ優太に、コウは喜びを感じた。 長い話が終わり、コウと優太は廊下へと出た。コウは以前優太と過ごしたあの部屋に行くものだとばかり 思っていた。しかし優太は首を振る。 「あの部屋は使ってないんだ。今は物置にしてる。」 「どうしてじゃ?」 庭を横切りながらコウが聞くと、優太はふと寂しそうな目をした。 「…あの部屋にいると、コウのことを思いだして辛かったから。今は離れを使ってるんだ。」 その言葉はコウの胸にぐさり突き刺さる。優太に辛い思いをさせてしまったのだと思うと自分を責めずには いられなかった。 「……すまぬ。でも、狐は祠がなければ、その土地にはいられないのじゃ。わしの祠はもうない。 だから……」 ぎゅうっと優太の手を握る。またこの手をほどかなくてはならないということは痛い程分かっているのに、 離したくないという想いばかりが強くなっていく。掟と想いの板挟みにあい、コウは息すら苦しくなった。 「コウ。」 優太の声にはっとし、慌てて声の方を見る。そこには柔らかく微笑む優太の顔がある。 「コウ、見て。あそこ。」 きれいな指がすうっと伸びる。訳も分からず、コウはその先を見据えた。 「あ………」 透明な水を湛える池の隣だった。雨風に晒され、古ぼけてしまった石の塊。しかしその周りは丁寧に 清められており、庭に溶け込みつつも厳粛な雰囲気を纏っている。忘れ得ぬ、大切なものだ。 「コウの祠を潰そうと言ったときにね。祖母と母が凄く反対したんだ。優太郎をお狐様が医者まで 連れていってくれたから、優太郎は今まで生きてこれたんだ。その祠を潰すなんて罰当たりだ、ってね。 祖父と父もお狐様へのご恩返しだって色々掛け合ってくれて。だからね。」 122 :きつねのおはなし5:2009/05/04(月) 11:37:47 ID:SzDKt9Wb その石の塊の前に活けられた桜がさわさわと揺れた。その桜はあの時優太が拾ってくれた桜だった。 そして桜は、信じられないことに、今も変わらずそれを飾っていたのだ。 「なんで……」 「――だからね、コウをお屋敷神様として家にお招きしたんだ。ずっと一緒にいられるように、ね。」 二人の目の前には、祠があった。小さくて、古ぼけた祠。コウの半身。祠がある。優太がいるこの地に、 祠がある。則ちそれは。 「ずっと…これからずうっと優太と一緒にいられる……!」 コウは思いきり優太にしがみつく。そして優太も、それを抱き止めた。 「おかえり、コウ。」 それから暫くコウは優太とずっと話をした。今までの空白を埋めるように、とにかくずっと話続けた。 優太は東京の大学に通っているということ。そこで民俗学を勉強していること。また、東京にはには 珍しいものが沢山あるということなどを話した。コウには難しい話もあったが、優太のことが少しでも 知りたくて、一生懸命大きな耳を傾けた。 また自分のことも沢山知って欲しくて矢継ぎ早に話をした。むこうではコウが一番石蹴りが上手いと いうこと。前より沢山歌を覚えたこと。最近は子分達に化け方を教えていること。落ち着きなく語る話を、 優太は一つ一つしっかりと聞いてくれた。それが堪らなく嬉しい。夕餉も風呂も忘れ、月が傾き始めても まだ二人は話した。 これからはずっと一緒にいられる。沢山話もできるし、沢山遊べる。至福の想いが二人を満たしていた。 「うん……」 コウは重たい瞼を上げた。いつの間にか眠っていたらしい。まだ晩は冷える時期だというのに、コウの体は 温かい。その理由はすぐにわかった。優太がコウを抱き締めていてくれたのだ。大きくなった優太の腕の 中にコウの小さな体はすっぽり収まってしまっている。昔のように向かい合い、コウが寒くないように 外套を羽織らせてくれている。ただ、優太は何もかけずに畳の上に寝転んでいるだけだ。 (このままでは優太は風を引いてしまう…) コウはどうすべきか考えた。  -[[(でも、まだ優太と一緒にいたい…もう離れるのは嫌じゃ…)>:きつねのおはなし(後編・凌辱-鬱系ルート)]]   -[[(布団をかけてやらねば…優太は身体が弱いから…)>:きつねのおはなし(後編・ハッピーエンドルート)]]

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