もしも℃-uteの岡井ちゃんが本当に男の子だったら

世界迷作劇場 靴磨きの岡井少年 3

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okaishonen

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「たっだいま~」

 今どき、どこの家の玄関だって鳴りはしないだろう耳障りな音を立て、千聖の家の玄関は開いた。
玄関が開くと、既に妹たちが兄の帰りを待ちわびたかのように横に一列に並んで立っていた。

「おかえり」
「今日はたんと買い物してきたからね。夕ご飯は楽しみにしててよ」
「うん。買い物袋は私が持つね」

 一番上の妹の明日菜が袋を受けろうと手をさしのばしてくる。
自分と年が二つしか離れていないのに子供とは思えないしっかり者で、家では一番の働き者だ。
千聖がいない時は、この家のいわば大黒柱は明日菜になる。
それだけに、小さな頃は細腕だった明日菜も以前よりもがっしりとした印象がある。
袋を受け取った腕をみて、心の中で『苦労をかけてごめんな』と謝る。
家の奥に消えていく明日菜の背中を見送っていると、

「お兄ちゃん、商売道具はオイラが持つよ」

 今度は肩にかけている靴磨き道具の入った袋を持とうと、弟が手を伸ばしてくる。
にっこりと笑い、欠けた前歯を覗かせて、弟は千聖からふんだくるように鞄を持ち去って行った。
特に重いものが入っているわけではないが、まだ幼い弟には重いので鞄が床を引きずられている。
鞄には何か所か不自然にアップリケが張られているのだが、その原因は言うまでもなく弟が作ったものだ。
だけど、千聖はそれを咎めることはしない。
弟が兄の手伝いをしたいと思ってくれるだけで、嬉しいのだ。

 しーんと静まり返った玄関に取り残され、千聖は完全にダンを紹介するタイミングを逃してしまったことに気づいた。
いきなりダンを紹介したかったのだが、それでは驚かせてしまうと思い、千聖は玄関前にダンを待機させていた。
ダンは相当優秀な犬のようで、物は試しとやってみた『待て』という指示をすんなりと聞いてくれた。
ここは『待て』を解除して呼び出そうか、そう思っていた時、自分の足元で「クゥーン」と鳴き声がした。
さすがにずっと『待て』の状態は厳しかったか、足元に目線を映すとつぶらな瞳でダンが千聖を見上げていた。

「ちしゃ、いにゅ。ちしゃ、いにゅ。ちしゃ、いにゅ」

 パチパチを手を叩き、大人しくしていた一番下の妹が嬉しそうにはしゃいでいる。
一歳の赤ん坊でも犬が可愛いと感じるのか、ハイハイをして進んでくる。

「危ないって。落ちたら怪我しちゃうだろう。ダメだよ、メッ!!」
「ちしゃ、いにゅ。ちしゃ、いにゅ。ちしゃ、いにゅ」
「はいはい、わかったって。後でちゃんと紹介してあげるから。よしよし」

 妹を抱きかかえ、靴を脱いで家に上がって中に進む千聖。
足元には、すっかりなついたダンが千聖の歩幅にあわせてテクテクと歩いている。
そんなダンを見ていると、犬が大好きな千聖は顔がほころばずにはいられなかった。

「可愛い奴め。えへへへ」
「クゥーン ’w’) 」

 ここまできてしまえば、もうそのまま妹たちにみせるしかないと判断した千聖は、威勢良くドアを開け放った。

「ジャーン!! 聞いて驚けよ。今日からうちの新しい家族の紹介だ。仔犬のダンです」
「クゥーン ’w’) 」
「え、えぇぇ~犬がうちにいるよ。お兄ちゃんが連れてきたの? か、かわぃぃ」

 一瞬驚きに満ちた表情をしていた明日菜も、犬好きの岡井家の血が騒ぐのかすぐにダンを抱きしめにきた。
弟もダンの登場に大喜びで、その場で飛び跳ねてダンの仲間入りを歓迎している。

「よかったな、ダン。これでお前も今日からうちの家族だぞ」

 ダンの小さな頭をくしゃくしゃに撫でてやり、千聖は新しい家族を迎え入れた。

 ダンが仲間入りを果たしてから数日、千聖はいつも通りにガード下に靴磨きをしにやってきていた。
今日からダンがいてくれるから、今までと違って寂しくお客さんが寄ってくれるのを待たなくてもすむのがとても心強い。
ダンは千聖の前を人が通るたび、物悲しそうな声で「クゥーン ’w’)」と鳴くので呼び込み役になっている。
毎日、千聖の前を通っても素通りしていたお客さんまでもがダンが鳴くたびに反応を示してくれる。

「君って犬と一緒にいたかな? 前に見た時は君だけだったと思うけど」
「あっ、気づいちゃいました。そうなんです。最近飼い始めたんですよ。ダンって言ってとてもお利口なんです」
「ふぅ~ん。可愛い上にお利口とあっちゃ主人としたら最高の犬じゃないか」

 ダンが褒められると、自分が褒められているようで千聖は誇らしげな気持ちになる。
そういうときは、靴を磨く手にも自然と力が入り、お客さんからも綺麗になったと評判がいい。
だから今もお客さんの靴が太陽の光を反射してピカピカに輝いている。

「ありがとう。おつりはいいよ。ダンの餌を買う資金にでもしてよ。それじゃあ」
「え、あ、ありがとうございました。またお願いします」

 小銭をじゃらじゃらと言わせていたほんの数日前と違い、今は自分の知らないおじさんの顔が印刷された紙がいっぱいある。
缶に貯まったお金をみつめ、千聖は世界一のお金持ちになったと錯覚するほど、気持ちは舞い上がっていた。
それだけに突然いなくなったダンのことになど気づいてもおらず、戻ってきたときにダンが口からぶら下げた子供サイズの小さな靴には驚かされた。

「ダン、今までどこ行ってたんだよ。っていうか、お前の口にある物は何だ?」

 手にとってみると、間違いなくそれが子供用の靴だということがはっきりわかった。
それも自分が磨く必要がない新品同様の靴であり、どんなにお札を持っていたとしても千聖には買えない物でもあることもわかった。

「全く悪戯っこだな、誰に似たんだよ。持ち主に返さないといけないぞ。どこにいるんだろう・・・」

 持ち主が今頃困っていないかなと心配して通りを行き交う人をみていると、背後から声がかけられた。

「そこのチビスケ。お前が持っているのは舞の靴でしゅ。返せ」
「うぉ~び、び、びっくりしたぁ~。って、あんた誰?」

 千聖が背後に振り向いてみれば、そこには如何にも気の強そうな目をした可愛い女の子がいた。

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