「閉幕と始まり1」(2009/06/09 (火) 20:34:08) の最新版変更点
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**閉幕と始まり1 ◆2Y1mqYSsQ.
暗闇の中で、ゆったりとした服装の男が両腕を広げる。
頭頂部で二つの房に別れた帽子。白いメイク。大きな赤い鼻。ゆったりとしたズボン。
トランプのジョーカーの絵柄に描かれるような、ピエロが待ち受けていたかのように挨拶をした。
「『ロボ・サイボーグキャラ・バトルロワイアル』ご来場の皆様、因縁が歯車、情念が発条(ぜんまい)を回す不思議なサーカスへようこそ」
ピエロが滑稽な動きで、スポットライトを浴びながらお辞儀をしてきた。
そのまま彼の右手にある古いテレビに、一人の男が映る。
「シグマ。この演目の主催にして、最後の男。しかし、彼が彩る番組には不自然な点がいくつもあります」
そういい、ピエロがくるりと一回転。右手にはいつの間にか持ったのか、テキオー灯を愉快な仕草で見せ始めた。
もう一つ、沈黙していたテレビの画面に宇宙空間に浮かぶ要塞が映る。
「このテキオー灯は便利でありまして、光を浴びるとあら不思議! 宇宙空間だろうが水中だろうが自在に動き回れるのです。
そして、シグマはコロニーの近くに要塞を構えています。もちろん、このことを疑問にもつ出演者も増えていきました」
パッと、宇宙要塞の画像が消えて、メガトロン、本郷の姿が現れる。
「本郷という出演者は研究者の自分が爆弾解除をしても生きていることから、メガトロンという出演者は配属されている施設から、シグマがこのバトルロワイヤルをやる気がない、と評しています。
しかし、この推測は正しいのでしょうか?」
ピエロは派手に回って、恭しくお辞儀をしながら、カーテンのすそに手をかける。
笑みをさらに深くし、顔の影が深くなった。
「ただ一度、シグマは正解を告げている男がいます。そう、V3火柱キックにて唯一シグマと二度目の出会いを果たした男。風見志郎。
その真実は歯車のように絡み合い、今まさにベールを開かれそうになっています」
ピエロは勢いよくカーテンを開いて、要塞の一室を開いた。そのまま闇へと溶けて行くように消えていく。
「それでは、本サーカスを存分にお楽しみください」
その一言を残し。
□
シグマは玉座で深々と身体を沈め、画面に映ったバトルロワイアルの参加者の名前と顔写真、そして横に並ぶ数字を見つめた。
レプリロイド、人工物であることを隠さない緑眼が鋭く画面を見つめる。その姿は、どこか怒りを孕んでいたものだった。
靴音がやがて聞こえてきたが、シグマは振り返らずに画面を睨みつけている。
近づいてきた人物は、自分が知る部下のものだ。
「シグマ隊長……ライト博士が自殺をはかったというのは……」
「本当だ。イーグリード、ついていてやれ」
イーグリードが歯を食いしばり、なにかを言いたげな様子でいる。
その心情は理解できるのだが、シグマは黙っていた。
イーグリードが視線を移動させる。シグマがその視線を追って、ため息を吐いた。
イーグリードが希望を託した男、エックスが死亡者であることを示す画面であったのだから。
「エックス……!」
「エックスに賭けていた者は悔しいだろうな」
シグマは皮肉気に顔を歪め、嫌悪感を持って吐き捨てた。イーグリードは無言で画面を見ている。
シグマはそれでもパネルを動かし、会場の様子を探った。
「イーグリード、そろそろ行くがいい。ライト博士が目覚める時だ」
「分かりました」
イーグリードはシグマに答えるが、その声には悔恨の念が強い。
それでもさすがというべきか、自制を行ってイーグリードは踵を返した。
イーグリードが自動ドアをくぐる気配を感じて、シグマは深々と、玉座に座って時計を見つめた。
□
身体を満たす液体の中、スバルは夢を見ていた。
右腕をドラスに切り取られた光景。狂気に満ちた少女が自分を襲ってくる恐怖。初めての殺人。
そして、姉であるギンガをこの手で壊した音が耳に残る。人を殺す感触が残った左腕に蘇った。
右手が痛い。今はリゼンブルをつけているが、そのリゼンブルが発する痛みではない。
幻肢痛(ゴーストペイン)
失った肢体が感じる痛みがスバルに走る。
『ねぇ……スバル?』
ギンガの声が聞こえてスバルは振り向く。腸を引きずり、血に塗れた手でスバル顔を撫でた。
『いつ、こっちにきてくれるの? 私はスバルのせいで死んだのよ?』
スバルはなにも言わない。この悪夢は誰かに責められたいというスバルの願望が形になったもの。
ギンガに責められたいと願ったスバルが作り出した、偽の責め。
「すぐに逝くよ、ギン姉」
スバルが壊れた笑みを浮かべる。今まで考えていたことがあった。
仲間となったボブにこれ以上迷惑を懸けれない。
逆の立場なら、なにを水臭いことというのだがそんな余裕はなかった。
水の中でスバルは目を覚ます。
据わった瞳にはドラスへの怒りしか浮かんでいない。
元々ボブ以外には人殺しの罪から壁を作っていた。ボブもまた、自分の復讐につき合わせる気はない。
ドラスを殺す。
彼女に似つかわしくない思考を持って、離れることを決意した。
□
「すまない、助かった」
「問題ない。摘出手順はデータとして蓄積している」
そういって手術室から出てきたのは、本郷とT-800であった。ミーとスバルの手術が終わったとき、T-800が爆弾摘出の助力を申し出たのだ。
そのため、爆弾の摘出時間を大幅に短縮することが出来たのであった。
すでに手術を終えた武美も、回復ポッドから出ている時間であろう。あとは本郷の手術跡を癒すために回復ポッドへと入るだけ。
残り全員の爆弾はすでに外してある。そういえば、ウフコックが本郷に相談したいことがあるといったきりだ。
聞いてやらねば。そう思考していると、複数の走る音が聞こえてきた。
T-800と顔を見合わせ、確認するように前に出る。
「本郷さん! 大変です!! 大変なのです!!」
ソルティが突進するように現れ、本郷は優しく力を受け流した。さすがに毒で身体を蝕まれ、変身していない状態でソルティの力を受け止めるのは無理である。
数歩後退した本郷は、落ち着かせるようにソルティを宥めた。
ソルティの数メートル後方には武美とミー、ウフコックがいる。
「いったいなにがあったんだ?」
「そんなことより大変だよ、本郷さん! スバルって娘が我慢できないって、出ていっちゃったんだよ!」
「なに?」
焦燥に満ちた武美の声を聞いて、本郷は顔をしかめた。なにがあるのか分からないのに、無謀な真似を。
彼女の無念をはかれきれなかった自分の落ち度だ。本郷は正面を睨みつけた。
「分かった。俺が追いかける。ボブ、彼らを頼……」
「断る。回復ポッドに入る時間も惜しいのなら、メカ救急箱くらいは使って機械部分だけでも癒しておけ」
T-800のあっさりとした否定に、武美も頷いた。どうやら怒らせてしまったらしい。
「また一人でいこうとする!」
「そうですよ。また置いてきぼりなんて寂しいです」
「分かった、落ち着いてくれ。彼女を追うために、準備を……」
「その前に本郷、お前の治療だ。動くな」
T-800の怪力に本郷は押さえつけられ、無理やり治療を受ける羽目となった。
武美たちはさもあらん、といった顔で見ていたが、悠長にしている暇はない。
スバルの瞳にあった危ない光を、本郷は放っては置けなかったからだ。
ウフコックは本郷から焦燥を感じ取りながら、その焦りに同意をした。
ウフコックの鼻は彼女の危険性を一番に察知している。武美に感じた不穏な感情に気をとられ、放置していたのが裏目に出た。
スバルを向かわせる結果となった自分の行動を罵りながら、次にとるべき最適な手を脳内で構築し続ける。
(戦いになる可能性が高いのが厄介だ……)
今のスバルは罪の意識が肥大化し、何もしないことに耐えられない精神状態である。
戦闘となれば自身の傷も省みず、特攻を続けるだろう。
(破滅だ……武美にもその危険性がある。だが、そうはさせるか)
もう失うものか。ウフコックはさっと武美の肩に乗り、スバルの消えた方向へと睨みつけた。
ミーは武美とソルティが本郷さんを責めるように見つめるのを宥めつつ、油断なくT-800を警戒していた。
彼は本郷の爆弾を解除したように、相応の手術技術も持ち合わせている。
彼の持つスキルには助けられてばかりだ。今も冷静に本郷の手当てを決行している。
なのになぜだろう。ミーは彼が本郷を攻撃するのではないか、気が気でなかった。
(大丈夫……だよね?)
誰に尋ねたか、ミー自身も知らない。消えぬ不安を抱えながら、ミーは本郷へと視線を移動させた。
□
透き通るような歌声に、鉢合わせすることがなくなったと感謝してメガトロンは目的の部屋へと近づいてきた。
コロンビーヌはすぐにも殺しに向かいたいような、歌声を聴いていたいような表情のままメガトロンの背中に乗っている。
ここはパスワードの解除鍵となる音楽ファイルのあるシャトル基地。
メガトロンはあっという間に目的地へとたどり着いたことに拍子抜けしながらも、よくこんな時に歌えるものだと呆れた。
見たところ戦えないことは確認しているフランシーヌと子供、ゼロがいたのだから仕掛けてもよかったが、それをコロンビーヌが止めたのだ。
いわく、「ハカイダーが近くに潜んでいるかもしれない」ということだ。
むしろコロンビーヌとしては願ったり叶ったりそうでもあるのだが。
まあ、労力は少ないほうがいい。先に音楽ファイルをゲットして、分割ファイルを解き明かそうとメガトロンは基地を移動したのだ。
「そういや放送までもうちょっとだね」
「そうね。あいついったいなに考えているのかしら?」
「考えるだけ無駄だ。あいつの情報が極端に少ないしな。んまあ、こういうバトルロワイヤルやるのなら、当然の動きだけど」
「そういうのだけはしっかりセオリーにのっとるのねぇ」
「チキンなだけっしょ」
メガトロンは吐き捨てて、目的の音楽ファイルを見つけた。
とたんに、眉をしかめて唸る。その様子を疑問に思ったのか、コロンビーヌが肩越しに音楽ファイルを確認した。
「あーら、面白そうな音楽じゃない」
「いや、でも普通するかぁ!? こんなタイトルでパスワードって!!」
「メガちゃんが疑うくらい、優秀なカモフラージュじゃない。あたしは好きよ」
「それは愛(ラブ)がついているからっしょ。しょうがないな~、コロンちゃんは」
「悪いかしら?」
妖艶に微笑むコロンビーヌに、メガトロンは苦笑して返す。このまま迷ってもしょうがない。
パスワードへと、『ラブラブビックバン』の文字列を入力した。
□
フランシーヌが歌い終わって、ドラスは拍手を送った。サーカスの団長と名乗るだけはある。
即興の歌詞を音程にあわせて歌いだす様子は幻想的で、ドラスの心を揺さぶった。
「ありがとうございます」
「凄いよ、お姉ちゃん! 綺麗だった……」
「俺には音楽とか芸術はわからない。だが、今の歌はよかったと思う」
ゼロの不器用な褒め方に、彼らしいとドラスとフランシーヌが笑う。
彼なりにフランシーヌを褒めようと、一生懸命言葉を捜したのだろう。
そう考えると、途端にゼロの行為がおかしく思えて、さらに笑いがこみ上げてきた。
「俺は何かおかしなことをいったのか?」
なんでもない、とフランシーヌとあわせてドラスが答えた。
腑に落ちない、という表情のまま首をかしげるゼロがおかしく、ドラスは笑い続けた。
ひとしきり笑って区切りがついた頃、ドラスは首を捻る。
PDAの示す時間は、本来放送があるべき0時を過ぎていたのだ。
「どうしたんだろう……?」
「向こうになにかトラブルでもあったのか?」
ゼロが首を捻って疑問を口にする。ドラスもシグマに対して不審に思った。
今までは一秒のずれもなく放送を行ってきたのに、今回だけ五分過ぎてもアナウンスが流れない。
どういうことか推察しようとしたところ、ドラスは二人を突き飛ばして、後方へ跳躍した。
二人がわけの分からない、といった表情をしていたが説明している暇はない。
ドラスとゼロの中間が爆ぜて、爆発が上がる。
「ドラスゥッゥゥゥゥゥゥウゥゥゥ!!」
現れた自分の罪そのものの存在。ドラスは胸が痛みながら、ゼロとフランシーヌを引き離すために離れていった。
「ドラス! くそっ」
ゼロが吐き捨てて、ドラスがスバルを引き付けて離れたことを悟った。
フランシーヌを抱え、怪我を負っているゼロを巻き込みたくなかったのだろう。
(子供に気を使わせて……!)
おのれの弱さを叱咤して、ゼロは全身に力を込めて立ち上がる。
ドラスを守らねば。
「ゼロ、私のことは構いません。ドラスさんを追いかけて、助けてあげてください」
「しかし……」
ここにフランシーヌを置き去りにして、殺されるのをゼロはよしとしなかった。
どこか安全な場所に隠さなければ。そう思考するゼロに、フランシーヌはPDAを一つ差し出した。
「私のことならお構いなく。自分の身は自分でお守りします。それより、このPDAを預かってください」
「どういうことだ?」
「このPDAに支給されたアイテムは、メガトロンに渡していいものではありません。ですので、あなたで守って……」
フランシーヌの言葉は最後まで告げられることはなかった。ゼロが突き飛ばし、直後背中に爆発が起きる。
二度目の爆発はスバルによるものではない。爆風によってゼロとフランシーヌは壁に叩きつけられた。
「うぐっ!」
フランシーヌのうめき声が耳に届く。彼女が渡そうとしたPDAは打ち付けた衝撃で宙を舞い、誰かの足元へと転がっていった。
「メガトロン!」
「そうか、キサマが……」
フランシーヌの叫びで、そいつが誰だかゼロは理解した。
輝く金属の体表を持つ巨漢のロボットと、金髪のツインテールの少女型自動人形が、ゼロの眼前で戦闘体勢に入っていた。
転がり込んだPDAを手にして、メガトロンはほくそ笑んだ。
なにが入っているのか確認は後にして、目の前の二人を排除しよう。
見たところ戦闘力があるらしき子供は去り、怪我人であるパツキンの優男しか戦えない状況だ。
「さあて、おねんねの時間でちゅよー……ってくらぁ!」
メガトロンのレーザー銃が火を噴く。ゼロがフランシーヌを抱えて逃げていった。
ひとまず、放送のことは後回しにして目の前の邪魔者を殺す。
メガトロンは絶好調であった。
コロンビーヌは追い詰められていくフランシーヌを見ても、もうなにも思わないことに安堵した。
もはや過去のコロンビーヌは死んだ。ここにいるのは、ただ一人に愛を注ぐコロンビーヌなのだ。
勝のためならコロンビーヌは生みの親だって殺せる。もう一度抱きしめられるためなら、コロンビーヌは両手を血にまみれさせることができる。
(だからあたしを愛して! あたしの名前を呼んで……勝ちゃん!!)
そのために、人間の身体を得て戻るから。
だからもう一度だけ、自分の名前を呼んで欲しい。コロンビーヌは血反吐吐くように、勝を求めて刃を振るった。
□
時間は遡る。
放送を一時間後に控えた時、イーグリードは着替えを終えたライト博士を迎えていた。
再生カプセルでの傷の回復が済み、着替えをイーグリードが持ってきたのであった。
「すまない。助かったよ」
「いいえ。こちらの事情につき合わせているのです。当然の処置であります。
ですが……もう二度と自殺をはからないでください。私は人間を守るのが使命なのですから」
「ああ、わかっておる。だが……シグマはどうしておる? 私は私の家族を守るために、彼の条件を飲んだのだ」
「……わかりません。なにを対処しているのか、どんな手段をとったのか。ですが……私は信じたいと思います。シグマ隊長が持つ策を」
そうか、とライトは呟いて、イーグリードの案内に従った。
イーグリードはライト博士を案内しながら、シグマの語った内容を思い出していた。
放送の準備を行っていたシグマは、玉座で作業をしていた。コントロールパネルが並ぶ玉座の周囲で、細かくキーボードを操作している。
手馴れてた作業を行い、放送内容を作り上げていく。加工したデータは、一時間後には参加者に届く予定だ。
といっても、失った参加者に間違いないか確かめるだけなので、作業量が多いというわけではない。
(風見志郎……彼もイーグリードのように手を貸して欲しかった。だがしょうがあるまい。私にいえるのは、あそこまでだ)
感傷に浸るように、シグマは深々と玉座に身体を沈めて瞼をつぶる。
風見志郎が突入した時の記憶を鮮明に掘り返した。
□
焼け焦げた天井は隔壁が降りてふさぎ、酸素が漏れるようなことはない。
薄暗い部屋に、黒い壁と床が一体化しているように部屋全体へと広がっていた。
シグマがさまざまな指令を下す要塞。そこへただの蹴り一つでたどり着いた男、V3を前にシグマは感心をしていた。
自分を主催者だと考えているのだろう。V3が構えを取る。しょうがないことだが、それはあいつらの手のひらに動かされているようなものだ。
実はシグマは主催者ではない。
正確に言えば、用意された主催者なのだ。彼らが倒すべき最後の敵と思わせ、本来の主催者への目を逸らすための駒。それがシグマと……そしてスカイネットだった。
だからシグマはなるべく犠牲者を減らすために動いていた。もっとも、できることは限られていたが。
今ならV3を失うことはないのかもしれない。シグマは手を差し出した。
「私と手を組め」
「断……」
「答えを出すのは、話を聞いてからでも遅くはあるまい」
有無を言わせないV3を黙らせ、シグマは彼に真実を語る決意をした。
もっとも、語ったとしても彼が自分につくとは限らない。それに、自分はやるべきことがある。
「この殺し合いを不自然だと、感じたことはないか?」
「そんなのとっくに気づいている。誰が黒幕だ? 答えろ!」
威勢のいいことだ、とシグマは笑って続きをつむぐ。
傷ついてもなお、心が折れない姿は好感が持てた。
もっとも、彼は自分に好感を持ってもらっても嬉しくないのだろうが。
「ならば教えてやろう。この殺し合いの真の主催者を。そして、君たちがなぜ選ばれたのかを」
シグマは大きく息を吸い、目を瞑る。いまだに胸が焦げるほど、怒りの炎が渦巻いていた。
奴らは気づいていないだろう。自分の反逆に。
奴らは気づいていないだろう。自分が彼らの支配から脱したことを。
だからこそ、シグマに怒りが駆け巡る。その想いをもって、重苦しい言葉をV3へと告げた。
「私を主催者に据え、殺し合いを強要しているのは未来の人間たちだ。君が守ろうとする、日常を生きる、ごく普通の人間たちがな」
そう、シグマを主催者に据えて、このバトルロワイアルを開いた理由。
それはごく単純な欲求、『娯楽』以外何者でもない。ただそれだけだった。
「どういうことだ?」
「順を追って説明してやる」
シグマはそう言い放ち、すべての始まりを伝えるため口を開く。
まず、スカイネットはここの参加者、T-800が存在する時間軸から来たわけではなかった。
エックスに敗れ、大破したシグマを回収したスカイネットははるか未来からきた存在なのである。
そう、人類軍に敗れ、ターミネーターたちと同じく服従プログラムをつけられた遥か未来のスカイネットであった。
シグマが調べたところ、スカイネットの利用を危ぶんでいた存在がいたのだが、ジョン・コナーを含み暗殺された。
詳しい歴史は知らないのだが、スカイネットの高度な処理能力を欲する人間はいつの時代も存在していたらしい。
英雄は平時には邪魔となる。ジョン・コナーはスカイネットに勇敢に立ち向かって死んだ英雄として、祀られることになった。
話はまだ終わらない。真っ先に自我を消したターミネーターたちが、それまで人間がこなしていた雑用すべてを引き受け、争いもなくただ平和をむさぼり続けた。
技術が高まり仕事をする必要のなくなった未来の人間たちが飢えたのは、娯楽であった。
仕事もなく暇をもてあます人間は、飢えを満たすため様々な手段をとったのだが、どれもすぐに飽きられた。
「彼らの歴史を調べてみると、そんなときだったそうだ。平行世界移動装置を手に入れたのは」
「平行世界移動装置……だと?」
「もたらせたのはカメダという男だ。その男が持っていた平行世界移動装置単体では、一度いった世界には二度といくことはできなかった。
また、カメダには扱いきれずほぼ向かう時空はランダムであったということだ。自由自在に使うには高度な処理能力が必要。そこでなにが出るのか想像はつくだろう?」
「スカイネット……!」
「そうだ。未来の人間たちはスカイネットに平行世界移動装置を制御するプログラムとして利用することを、思いついたのだ」
その結果ある程度同じ世界へと干渉できるようになったのだ。平行世界の様子を見るだけなら、ほぼ無制限。
カメダがいつ消えたのかは知らないが、スカイネットが平行世界移動装置をもたらせたのは確かであった。
「まあ、もはやスカイネットがもつそれは、多次元干渉装置というべきものへと変貌していったのだがな。
始めは彼らも、自分たちのありえた過去や他平行世界を覗くだけで満足していた」
そう、ZXが記憶を取り戻し、仮面ライダーと名乗った姿に人は心を燃え上がらせた。
小さな少女が、魔法といわれる不思議な力を使って正義をなす姿に、保護欲を刺激されていた。
振られたことで全人類を巻き込んでゾナハ病という厄介な病原菌をばら撒いた男が、兄へと謝罪する姿に人は涙を流した。
様々な世界の、様々な物語は『娯楽』に飢えていた未来人たちの心を打ち、彼らの欲求を満たした。
だが、見るだけでは彼らは満足しなかった。
神のごとき力を持つと錯覚を起こした彼らは、目の前に広がる光景に我を忘れ、こう思うようになった。
『異世界で活躍する者達を会わせてみたい』
ただ会わせて、会話させるだけで彼らが満足するわけがなかった。
共通の強敵を仕立て上げ、短時間で劇的な状況を生み出す企画を考える。
そしてできたのが、『バトルロワイアル』という番組であった。
その企画のどこがいいのか、と言われたらいくつか出てくる。
いわく、あらゆる世界の著名人が共に力をあわせ、戦っていく姿がいい。
いわく、短い期間で一生懸命生きる姿がいい。
いわく、悲劇に満ちた結末を辿る各人物の姿がいい。
いわく、人の死と隣り合った極限の状態であがく姿がいい。
いつ立案されたかわからない、その企画が通って人々を沸かせたのだ。
もっとも、純粋な人間をバトルロワイアルへ参戦させるわけには行かなかった。
人権というものが重視されたらしい。そこで、彼らは考えた。『ロボやサイボーグなら、問題ない』と。
スカイネットの反乱を受けた歴史がある彼らにとって、ロボや身体の一部を機械にしたサイボーグは人権を適用するに値しないということである。
残酷な見世物のいいターゲットということだ。あらゆる場所にカメラが行き届き、スカイネットへとその動画を送っていたのは彼らが楽しむ『娯楽』であったため。
「待て。キサマの話ではまるで……」
「何度も行われていたのだ。もっとも、現在のバトルロワイアルが何度目なのかは、私が知ることはないのだがな」
V3が悔しそうに拳を握り、血が滴り落ちる。
シグマはその気持ちを理解したが、微塵も表へ出さず淡々と続けた。
「彼らの開く『バトルロワイアル』の手順は簡単だ。事前に自分たちの服従プログラムをつけた主催者を据えて、参加者を呼び寄せる。
徹底して自分たちが主催者であることを隠すためにな。そして、私もまたエックスとの四度目の戦いに敗れたところを回収されたのだ」
「だがキサマには服従プログラムが作動しているようには見えないな」
「奴らはシグマウィルスに目をつけたが、とった対策は通じなかった。それだけだ」
そう、シグマウィルスは服従プログラムと相性が悪かった。
もともと植えつけられたプログラムならともかく、外付けのプログラムでシグマを操れるようなことはない。
この結果はバトルロワイアル内でも予想外の影響が出た。T-800の服従プログラムをシグマウィルスが破壊したのだ。
それはさておき、シグマウィルスが服従プログラムを破壊した影響はほかにあったのだが、それはおいておく。
「それで、キサマはそいつらを倒すために動いているということか?」
「いかにも。V3……キサマは許せるのか?」
ゆらり、とシグマの姿が揺れる。溢れる怒気でシグマの身体が揺れたような錯覚を起こしたのだ。
「奴らは自分の感動を行うために、我々から尊厳を奪い弱者を苛酷な環境へと放り込んだ!
時に奴らは手助けをして、生命を蘇らせる奇跡を演出して感謝される自分へ酔った!
生きるためにあらゆる手を尽くした人物は無情にも切り捨てるが、何も行わない善人にはお気に入りであるという理由で手を貸す!
時にはただ容姿を気に入ったから、という理由でひたすら生き残る手段を与え、人格すら歪ませた!
戦いを知らぬものが戦場の空気に触れて、発狂する様を嘲笑して見下していた! この殺し合いもそうだ!!」
いったん息を吸い込み、シグマは肩を怒らせてV3を見る。
もはやV3は言葉を失っていた。
「この殺し合いは、未来人による人気投票で呼ばれる。誰が生き残るか賭けもあり、誰が人気で誰が不人気か分かるのだ。
V3、キサマたちの体内に仕込んだのは爆弾だけではない。実戦での強さを計る計器が入っている。それによって、誰が優勝しやすいが探るのだ」
シグマはおのが胸に手を当てて、本郷が見つけた計器の意味を告げる。
本郷が見つけたもの、それは賭け率を調整するためのものというだけ。
それ以上の意味はなかった。
「あ~るという参加者がいた。彼はもともと賭け率は低かったのだが、とある勘違いで人を殺した。そのときの奴らの反応がなんだったか想像できるか?
『早く死ね』『こいつのせいでミクが死んだ』どの口がいっているのだ!!
ミクという少女は見目麗しい容姿で確かに人気だった。だがあ~るにそう非難される謂れがどこにあったという!?
島村ジョーという参加者がいた。キサマたちの仲間となりうる、正義の志をもてた戦士だ。
だが不幸にも、彼は事故で仲間を殺してしまった。その苦悩を、辛さを奴らは笑いの種にした!
最後まで奮闘した姿があったのにも関わらず、その心情を少しも理解しようとしなかった!!
君も知るドラスという少年の参加者。彼の素性とその行動に未来人はヒールとして非難を浴びせていた。
その心が、家族を求めると自覚するまで! ただのバトルロワイアルを進行した上でいずれ倒される悪党としか見なかった!!
なのに、彼が家族を求めたとたん手のひらを返したように愛情を示す! 他の同じヒールとしての立場の参加者には目もくれず!!」
シグマの感情の吐露がV3へ届く。魂の底から搾り出すような、低く怒りを込めた声を。
「私は奴らが、まだ協力者であると思い込んでいるうちに反逆を仕掛ける! ここの映像が送られることはまだない。
私に一ついい策がある。その策を今明かすことはできないが、確実に奴らを殺せるのだ。
キサマは自分の世界の人類と、仲間を守るため。私は奴らにいいようにもてあそばれた借りを返すため。
キサマと手を結びたい。仮面ライダーV3、風見志郎」
シグマの言葉を受け、V3は大きくため息をついた。
緑の複眼をシグマに向け、瞳に力が入る。
「一つ聞かせろ。奴らの言いなりになっているということは、すぐに取れる手段というわけではないんだな?」
「そういうことだ」
シグマの答えから、再びV3は沈黙をした。長いような、短いような時間が流れ始める。
「理解してくれたか?」
V3の仮面の下の表情が変わったことを感じて、シグマが問う。答えが出たのだと確信した。
イーグリードもトーマス・ライトも賛成をしてくれた。
願わくば、目の前の青年も賛同をして欲しかった。
だが、V3は躊躇しながらも、両腕を広げたファイティングポーズをとり、交渉が決裂したことを示した。
「交渉決裂……か。君は私のジョーカーとなれる男だったのだが」
「俺はそれでも……一人でも守るために戦う! いくぞ、シグマ!!」
V3はきっと、未来人を信じたかったのだろう。彼が守るべき人間たちと同じであることに。
そして、いつかきっと自分たちの過ちを気づいてくれるのだろうと。
シグマはそれを非難できなかった。
未来人たちが過ちに気づくまで、多くの犠牲者が出るということも。
未来人たちがV3の決死の決意すら、酒の肴にするだろうことも。
未来人たちの醜い姿を見たシグマの絶望を伝えることも。
いずれの手もシグマはとらなかった。彼は戦士だ。その矜持を傷つけることなど、同じく戦士のシグマができるはずもない。
「できることなら、全快の君と戦ってみたかった。まあ、いい。こい、V3!!」
マントを脱ぎ捨て、剣を持つ。最初からこのつもりだった。すべてを片付けて参加者を迎え撃ち、殺される。
無実の人間を戦渦に巻き込み、四度もおのが世界を追い込んだ罪悪人【イレギュラー】として死ぬべきだった。
そう、シグマはシグマウィルス……いや、ゼロウィルスという呪縛から、解き放たれていた。
イーグリードにもライト博士にも告げない。彼らが憎むべき、悪の一人として死ぬために。
それは偶然であった。
スカイネットがシグマの人格プログラムを修理し、同時にシグマウィルスが服従プログラムを破壊したのである。
タイミングがよかったのだろう。シグマはおのが理性を取り戻し、二度とシグマウィルスに乱されることのない、数少ないレプリロイドの一人となったのだ。
同時にシグマウィルスを操れる能力ももった。それはシグマを余計苦しめることになる。
理性を取り戻したシグマにとって、世界を四度も破滅を追いやりかけたことは自殺しかねないほど、自責の念にとらわれた。
シグマは常に部下へと説いていた。人類を守るために、わが身を平和へと捧げると。
なのに、シグマ自身が愛する地球を何度も何度も壊そうとしたのだ。
自身が憎い。自分を殺したくてしょうがなかった。
だからこそ、このバトルロワイアルがちょうどいい死に場所だと悟った。
未来人に反逆できる主催者は、おそらく自分しかいない。あとにも先にも、バトルロワイアルを止められる最後の機会。
ならば、シグマはおのが身をそのためだけに注ぐことに決めた。
犠牲が出ることは避けられない。さらに悪事へと手に染めることになる。
だからこそ、最期はエックスやゼロのようなイレギュラーハンターに無様にやられるのがお似合いなのだ。
シグマはただ一人、命を懸けてスカイネットを操る未来人との戦いを決意した。
風見に知らされた範囲の真実は、イーグリードとライト博士は知っていた。
風見と違うのは、結果二人は協力することを約束したこと。
シグマはいかな手を打ったのか、二人は知らない。
それでも、シグマが手を打ったことを信じた。信じるしかなかった。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|146:[[北西からの声]]|メガトロン|148:[[閉幕と始まり2]]|
|146:[[北西からの声]]|コロンビーヌ|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|T-800|148:[[閉幕と始まり2]]|
|144:[[悪]]|ゼロ|148:[[閉幕と始まり2]]|
|147:[[その心、誰も覗かない]]|ハカイダー|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|本郷猛|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|スバル・ナカジマ|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|広川武美|148:[[閉幕と始まり2]]|
|144:[[悪]]|ドラス|148:[[閉幕と始まり2]]|
|144:[[悪]]|フランシーヌ|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|ミー|148:[[閉幕と始まり2]]|
|141:[[因果は巡る]]|ソルティ・レヴァント|148:[[閉幕と始まり2]]|
|145:[[未来視達の――――]]|イーグリード|148:[[閉幕と始まり2]]|
|145:[[未来視達の――――]]|トーマス・ライト|148:[[閉幕と始まり2]]|
|145:[[未来視達の――――]]|シグマ|148:[[閉幕と始まり2]]|
**閉幕と始まり1 ◆2Y1mqYSsQ.
暗闇の中で、ゆったりとした服装の男が両腕を広げる。
頭頂部で二つの房に別れた帽子。白いメイク。大きな赤い鼻。ゆったりとしたズボン。
トランプのジョーカーの絵柄に描かれるような、ピエロが待ち受けていたかのように挨拶をした。
「『ロボ・サイボーグキャラ・バトルロワイアル』ご来場の皆様、因縁が歯車、情念が発条(ぜんまい)を回す不思議なサーカスへようこそ」
ピエロが滑稽な動きで、スポットライトを浴びながらお辞儀をしてきた。
そのまま彼の右手にある古いテレビに、一人の男が映る。
「シグマ。この演目の主催にして、最後の男。しかし、彼が彩る番組には不自然な点がいくつもあります」
そういい、ピエロがくるりと一回転。右手にはいつの間にか持ったのか、テキオー灯を愉快な仕草で見せ始めた。
もう一つ、沈黙していたテレビの画面に宇宙空間に浮かぶ要塞が映る。
「このテキオー灯は便利でありまして、光を浴びるとあら不思議! 宇宙空間だろうが水中だろうが自在に動き回れるのです。
そして、シグマはコロニーの近くに要塞を構えています。もちろん、このことを疑問にもつ出演者も増えていきました」
パッと、宇宙要塞の画像が消えて、メガトロン、本郷の姿が現れる。
「本郷という出演者は研究者の自分が爆弾解除をしても生きていることから、メガトロンという出演者は配属されている施設から、シグマがこのバトルロワイヤルをやる気がない、と評しています。
しかし、この推測は正しいのでしょうか?」
ピエロは派手に回って、恭しくお辞儀をしながら、カーテンのすそに手をかける。
笑みをさらに深くし、顔の影が深くなった。
「ただ一度、シグマは正解を告げている男がいます。そう、V3火柱キックにて唯一シグマと二度目の出会いを果たした男。風見志郎。
その真実は歯車のように絡み合い、今まさにベールを開かれそうになっています」
ピエロは勢いよくカーテンを開いて、要塞の一室を開いた。そのまま闇へと溶けて行くように消えていく。
「それでは、本サーカスを存分にお楽しみください」
その一言を残し。
□
シグマは玉座で深々と身体を沈め、画面に映ったバトルロワイアルの参加者の名前と顔写真、そして横に並ぶ数字を見つめた。
レプリロイド、人工物であることを隠さない緑眼が鋭く画面を見つめる。その姿は、どこか怒りを孕んでいたものだった。
靴音がやがて聞こえてきたが、シグマは振り返らずに画面を睨みつけている。
近づいてきた人物は、自分が知る部下のものだ。
「シグマ隊長……ライト博士が自殺をはかったというのは……」
「本当だ。イーグリード、ついていてやれ」
イーグリードが歯を食いしばり、なにかを言いたげな様子でいる。
その心情は理解できるのだが、シグマは黙っていた。
イーグリードが視線を移動させる。シグマがその視線を追って、ため息を吐いた。
イーグリードが希望を託した男、エックスが死亡者であることを示す画面であったのだから。
「エックス……!」
「エックスに賭けていた者は悔しいだろうな」
シグマは皮肉気に顔を歪め、嫌悪感を持って吐き捨てた。イーグリードは無言で画面を見ている。
シグマはそれでもパネルを動かし、会場の様子を探った。
「イーグリード、そろそろ行くがいい。ライト博士が目覚める時だ」
「分かりました」
イーグリードはシグマに答えるが、その声には悔恨の念が強い。
それでもさすがというべきか、自制を行ってイーグリードは踵を返した。
イーグリードが自動ドアをくぐる気配を感じて、シグマは深々と、玉座に座って時計を見つめた。
□
身体を満たす液体の中、スバルは夢を見ていた。
右腕をドラスに切り取られた光景。狂気に満ちた少女が自分を襲ってくる恐怖。初めての殺人。
そして、姉であるギンガをこの手で壊した音が耳に残る。人を殺す感触が残った左腕に蘇った。
右手が痛い。今はリゼンブルをつけているが、そのリゼンブルが発する痛みではない。
幻肢痛(ゴーストペイン)
失った肢体が感じる痛みがスバルに走る。
『ねぇ……スバル?』
ギンガの声が聞こえてスバルは振り向く。腸を引きずり、血に塗れた手でスバル顔を撫でた。
『いつ、こっちにきてくれるの? 私はスバルのせいで死んだのよ?』
スバルはなにも言わない。この悪夢は誰かに責められたいというスバルの願望が形になったもの。
ギンガに責められたいと願ったスバルが作り出した、偽の責め。
「すぐに逝くよ、ギン姉」
スバルが壊れた笑みを浮かべる。今まで考えていたことがあった。
仲間となったボブにこれ以上迷惑を懸けれない。
逆の立場なら、なにを水臭いことというのだがそんな余裕はなかった。
水の中でスバルは目を覚ます。
据わった瞳にはドラスへの怒りしか浮かんでいない。
元々ボブ以外には人殺しの罪から壁を作っていた。ボブもまた、自分の復讐につき合わせる気はない。
ドラスを殺す。
彼女に似つかわしくない思考を持って、離れることを決意した。
□
「すまない、助かった」
「問題ない。摘出手順はデータとして蓄積している」
そういって手術室から出てきたのは、本郷とT-800であった。ミーとスバルの手術が終わったとき、T-800が爆弾摘出の助力を申し出たのだ。
そのため、爆弾の摘出時間を大幅に短縮することが出来たのであった。
すでに手術を終えた武美も、回復ポッドから出ている時間であろう。あとは本郷の手術跡を癒すために回復ポッドへと入るだけ。
残り全員の爆弾はすでに外してある。そういえば、ウフコックが本郷に相談したいことがあるといったきりだ。
聞いてやらねば。そう思考していると、複数の走る音が聞こえてきた。
T-800と顔を見合わせ、確認するように前に出る。
「本郷さん! 大変です!! 大変なのです!!」
ソルティが突進するように現れ、本郷は優しく力を受け流した。さすがに毒で身体を蝕まれ、変身していない状態でソルティの力を受け止めるのは無理である。
数歩後退した本郷は、落ち着かせるようにソルティを宥めた。
ソルティの数メートル後方には武美とミー、ウフコックがいる。
「いったいなにがあったんだ?」
「そんなことより大変だよ、本郷さん! スバルって娘が我慢できないって、出ていっちゃったんだよ!」
「なに?」
焦燥に満ちた武美の声を聞いて、本郷は顔をしかめた。なにがあるのか分からないのに、無謀な真似を。
彼女の無念をはかれきれなかった自分の落ち度だ。本郷は正面を睨みつけた。
「分かった。俺が追いかける。ボブ、彼らを頼……」
「断る。回復ポッドに入る時間も惜しいのなら、メカ救急箱くらいは使って機械部分だけでも癒しておけ」
T-800のあっさりとした否定に、武美も頷いた。どうやら怒らせてしまったらしい。
「また一人でいこうとする!」
「そうですよ。また置いてきぼりなんて寂しいです」
「分かった、落ち着いてくれ。彼女を追うために、準備を……」
「その前に本郷、お前の治療だ。動くな」
T-800の怪力に本郷は押さえつけられ、無理やり治療を受ける羽目となった。
武美たちはさもあらん、といった顔で見ていたが、悠長にしている暇はない。
スバルの瞳にあった危ない光を、本郷は放っては置けなかったからだ。
ウフコックは本郷から焦燥を感じ取りながら、その焦りに同意をした。
ウフコックの鼻は彼女の危険性を一番に察知している。武美に感じた不穏な感情に気をとられ、放置していたのが裏目に出た。
スバルを向かわせる結果となった自分の行動を罵りながら、次にとるべき最適な手を脳内で構築し続ける。
(戦いになる可能性が高いのが厄介だ……)
今のスバルは罪の意識が肥大化し、何もしないことに耐えられない精神状態である。
戦闘となれば自身の傷も省みず、特攻を続けるだろう。
(破滅だ……武美にもその危険性がある。だが、そうはさせるか)
もう失うものか。ウフコックはさっと武美の肩に乗り、スバルの消えた方向へと睨みつけた。
ミーは武美とソルティが本郷さんを責めるように見つめるのを宥めつつ、油断なくT-800を警戒していた。
彼は本郷の爆弾を解除したように、相応の手術技術も持ち合わせている。
彼の持つスキルには助けられてばかりだ。今も冷静に本郷の手当てを決行している。
なのになぜだろう。ミーは彼が本郷を攻撃するのではないか、気が気でなかった。
(大丈夫……だよね?)
誰に尋ねたか、ミー自身も知らない。消えぬ不安を抱えながら、ミーは本郷へと視線を移動させた。
□
透き通るような歌声に、鉢合わせすることがなくなったと感謝してメガトロンは目的の部屋へと近づいてきた。
コロンビーヌはすぐにも殺しに向かいたいような、歌声を聴いていたいような表情のままメガトロンの背中に乗っている。
ここはパスワードの解除鍵となる音楽ファイルのあるシャトル基地。
メガトロンはあっという間に目的地へとたどり着いたことに拍子抜けしながらも、よくこんな時に歌えるものだと呆れた。
見たところ戦えないことは確認しているフランシーヌと子供、ゼロがいたのだから仕掛けてもよかったが、それをコロンビーヌが止めたのだ。
いわく、「ハカイダーが近くに潜んでいるかもしれない」ということだ。
むしろコロンビーヌとしては願ったり叶ったりそうでもあるのだが。
まあ、労力は少ないほうがいい。先に音楽ファイルをゲットして、分割ファイルを解き明かそうとメガトロンは基地を移動したのだ。
「そういや放送までもうちょっとだね」
「そうね。あいついったいなに考えているのかしら?」
「考えるだけ無駄だ。あいつの情報が極端に少ないしな。んまあ、こういうバトルロワイヤルやるのなら、当然の動きだけど」
「そういうのだけはしっかりセオリーにのっとるのねぇ」
「チキンなだけっしょ」
メガトロンは吐き捨てて、目的の音楽ファイルを見つけた。
とたんに、眉をしかめて唸る。その様子を疑問に思ったのか、コロンビーヌが肩越しに音楽ファイルを確認した。
「あーら、面白そうな音楽じゃない」
「いや、でも普通するかぁ!? こんなタイトルでパスワードって!!」
「メガちゃんが疑うくらい、優秀なカモフラージュじゃない。あたしは好きよ」
「それは愛(ラブ)がついているからっしょ。しょうがないな~、コロンちゃんは」
「悪いかしら?」
妖艶に微笑むコロンビーヌに、メガトロンは苦笑して返す。このまま迷ってもしょうがない。
パスワードへと、『ラブラブビックバン』の文字列を入力した。
□
フランシーヌが歌い終わって、ドラスは拍手を送った。サーカスの団長と名乗るだけはある。
即興の歌詞を音程にあわせて歌いだす様子は幻想的で、ドラスの心を揺さぶった。
「ありがとうございます」
「凄いよ、お姉ちゃん! 綺麗だった……」
「俺には音楽とか芸術はわからない。だが、今の歌はよかったと思う」
ゼロの不器用な褒め方に、彼らしいとドラスとフランシーヌが笑う。
彼なりにフランシーヌを褒めようと、一生懸命言葉を捜したのだろう。
そう考えると、途端にゼロの行為がおかしく思えて、さらに笑いがこみ上げてきた。
「俺は何かおかしなことをいったのか?」
なんでもない、とフランシーヌとあわせてドラスが答えた。
腑に落ちない、という表情のまま首をかしげるゼロがおかしく、ドラスは笑い続けた。
ひとしきり笑って区切りがついた頃、ドラスは首を捻る。
PDAの示す時間は、本来放送があるべき0時を過ぎていたのだ。
「どうしたんだろう……?」
「向こうになにかトラブルでもあったのか?」
ゼロが首を捻って疑問を口にする。ドラスもシグマに対して不審に思った。
今までは一秒のずれもなく放送を行ってきたのに、今回だけ五分過ぎてもアナウンスが流れない。
どういうことか推察しようとしたところ、ドラスは二人を突き飛ばして、後方へ跳躍した。
二人がわけの分からない、といった表情をしていたが説明している暇はない。
ドラスとゼロの中間が爆ぜて、爆発が上がる。
「ドラスゥッゥゥゥゥゥゥウゥゥゥ!!」
現れた自分の罪そのものの存在。ドラスは胸が痛みながら、ゼロとフランシーヌを引き離すために離れていった。
「ドラス! くそっ」
ゼロが吐き捨てて、ドラスがスバルを引き付けて離れたことを悟った。
フランシーヌを抱え、怪我を負っているゼロを巻き込みたくなかったのだろう。
(子供に気を使わせて……!)
おのれの弱さを叱咤して、ゼロは全身に力を込めて立ち上がる。
ドラスを守らねば。
「ゼロ、私のことは構いません。ドラスさんを追いかけて、助けてあげてください」
「しかし……」
ここにフランシーヌを置き去りにして、殺されるのをゼロはよしとしなかった。
どこか安全な場所に隠さなければ。そう思考するゼロに、フランシーヌはPDAを一つ差し出した。
「私のことならお構いなく。自分の身は自分でお守りします。それより、このPDAを預かってください」
「どういうことだ?」
「このPDAに支給されたアイテムは、メガトロンに渡していいものではありません。ですので、あなたで守って……」
フランシーヌの言葉は最後まで告げられることはなかった。ゼロが突き飛ばし、直後背中に爆発が起きる。
二度目の爆発はスバルによるものではない。爆風によってゼロとフランシーヌは壁に叩きつけられた。
「うぐっ!」
フランシーヌのうめき声が耳に届く。彼女が渡そうとしたPDAは打ち付けた衝撃で宙を舞い、誰かの足元へと転がっていった。
「メガトロン!」
「そうか、キサマが……」
フランシーヌの叫びで、そいつが誰だかゼロは理解した。
輝く金属の体表を持つ巨漢のロボットと、金髪のツインテールの少女型自動人形が、ゼロの眼前で戦闘体勢に入っていた。
転がり込んだPDAを手にして、メガトロンはほくそ笑んだ。
なにが入っているのか確認は後にして、目の前の二人を排除しよう。
見たところ戦闘力があるらしき子供は去り、怪我人であるパツキンの優男しか戦えない状況だ。
「さあて、おねんねの時間でちゅよー……ってくらぁ!」
メガトロンのレーザー銃が火を噴く。ゼロがフランシーヌを抱えて逃げていった。
ひとまず、放送のことは後回しにして目の前の邪魔者を殺す。
メガトロンは絶好調であった。
コロンビーヌは追い詰められていくフランシーヌを見ても、もうなにも思わないことに安堵した。
もはや過去のコロンビーヌは死んだ。ここにいるのは、ただ一人に愛を注ぐコロンビーヌなのだ。
勝のためならコロンビーヌは生みの親だって殺せる。もう一度抱きしめられるためなら、コロンビーヌは両手を血にまみれさせることができる。
(だからあたしを愛して! あたしの名前を呼んで……勝ちゃん!!)
そのために、人間の身体を得て戻るから。
だからもう一度だけ、自分の名前を呼んで欲しい。コロンビーヌは血反吐吐くように、勝を求めて刃を振るった。
□
時間は遡る。
放送を一時間後に控えた時、イーグリードは着替えを終えたライト博士を迎えていた。
再生カプセルでの傷の回復が済み、着替えをイーグリードが持ってきたのであった。
「すまない。助かったよ」
「いいえ。こちらの事情につき合わせているのです。当然の処置であります。
ですが……もう二度と自殺をはからないでください。私は人間を守るのが使命なのですから」
「ああ、わかっておる。だが……シグマはどうしておる? 私は私の家族を守るために、彼の条件を飲んだのだ」
「……わかりません。なにを対処しているのか、どんな手段をとったのか。ですが……私は信じたいと思います。シグマ隊長が持つ策を」
そうか、とライトは呟いて、イーグリードの案内に従った。
イーグリードはライト博士を案内しながら、シグマの語った内容を思い出していた。
放送の準備を行っていたシグマは、玉座で作業をしていた。コントロールパネルが並ぶ玉座の周囲で、細かくキーボードを操作している。
手馴れてた作業を行い、放送内容を作り上げていく。加工したデータは、一時間後には参加者に届く予定だ。
といっても、失った参加者に間違いないか確かめるだけなので、作業量が多いというわけではない。
(風見志郎……彼もイーグリードのように手を貸して欲しかった。だがしょうがあるまい。私にいえるのは、あそこまでだ)
感傷に浸るように、シグマは深々と玉座に身体を沈めて瞼をつぶる。
風見志郎が突入した時の記憶を鮮明に掘り返した。
□
焼け焦げた天井は隔壁が降りてふさぎ、酸素が漏れるようなことはない。
薄暗い部屋に、黒い壁と床が一体化しているように部屋全体へと広がっていた。
シグマがさまざまな指令を下す要塞。そこへただの蹴り一つでたどり着いた男、V3を前にシグマは感心をしていた。
自分を主催者だと考えているのだろう。V3が構えを取る。しょうがないことだが、それはあいつらの手のひらに動かされているようなものだ。
実はシグマは主催者ではない。
正確に言えば、用意された主催者なのだ。彼らが倒すべき最後の敵と思わせ、本来の主催者への目を逸らすための駒。それがシグマと……そしてスカイネットだった。
だからシグマはなるべく犠牲者を減らすために動いていた。もっとも、できることは限られていたが。
今ならV3を失うことはないのかもしれない。シグマは手を差し出した。
「私と手を組め」
「断……」
「答えを出すのは、話を聞いてからでも遅くはあるまい」
有無を言わせないV3を黙らせ、シグマは彼に真実を語る決意をした。
もっとも、語ったとしても彼が自分につくとは限らない。それに、自分はやるべきことがある。
「この殺し合いを不自然だと、感じたことはないか?」
「そんなのとっくに気づいている。誰が黒幕だ? 答えろ!」
威勢のいいことだ、とシグマは笑って続きをつむぐ。
傷ついてもなお、心が折れない姿は好感が持てた。
もっとも、彼は自分に好感を持ってもらっても嬉しくないのだろうが。
「ならば教えてやろう。この殺し合いの真の主催者を。そして、君たちがなぜ選ばれたのかを」
シグマは大きく息を吸い、目を瞑る。いまだに胸が焦げるほど、怒りの炎が渦巻いていた。
奴らは気づいていないだろう。自分の反逆に。
奴らは気づいていないだろう。自分が彼らの支配から脱したことを。
だからこそ、シグマに怒りが駆け巡る。その想いをもって、重苦しい言葉をV3へと告げた。
「私を主催者に据え、殺し合いを強要しているのは未来の人間たちだ。君が守ろうとする、日常を生きる、ごく普通の人間たちがな」
そう、シグマを主催者に据えて、このバトルロワイアルを開いた理由。
それはごく単純な欲求、『娯楽』以外何者でもない。ただそれだけだった。
「どういうことだ?」
「順を追って説明してやる」
シグマはそう言い放ち、すべての始まりを伝えるため口を開く。
まず、スカイネットはここの参加者、T-800が存在する時間軸から来たわけではなかった。
エックスに敗れ、大破したシグマを回収したスカイネットははるか未来からきた存在なのである。
そう、人類軍に敗れ、ターミネーターたちと同じく服従プログラムをつけられた遥か未来のスカイネットであった。
シグマが調べたところ、スカイネットの利用を危ぶんでいた存在がいたのだが、ジョン・コナーを含み暗殺された。
詳しい歴史は知らないのだが、スカイネットの高度な処理能力を欲する人間はいつの時代も存在していたらしい。
英雄は平時には邪魔となる。ジョン・コナーはスカイネットに勇敢に立ち向かって死んだ英雄として、祀られることになった。
話はまだ終わらない。真っ先に自我を消したターミネーターたちが、それまで人間がこなしていた雑用すべてを引き受け、争いもなくただ平和をむさぼり続けた。
技術が高まり仕事をする必要のなくなった未来の人間たちが飢えたのは、娯楽であった。
仕事もなく暇をもてあます人間は、飢えを満たすため様々な手段をとったのだが、どれもすぐに飽きられた。
「彼らの歴史を調べてみると、そんなときだったそうだ。平行世界移動装置を手に入れたのは」
「平行世界移動装置……だと?」
「もたらせたのはカメダという男だ。その男が持っていた平行世界移動装置単体では、一度いった世界には二度といくことはできなかった。
また、カメダには扱いきれずほぼ向かう時空はランダムであったということだ。自由自在に使うには高度な処理能力が必要。そこでなにが出るのか想像はつくだろう?」
「スカイネット……!」
「そうだ。未来の人間たちはスカイネットに平行世界移動装置を制御するプログラムとして利用することを、思いついたのだ」
その結果ある程度同じ世界へと干渉できるようになったのだ。平行世界の様子を見るだけなら、ほぼ無制限。
カメダがいつ消えたのかは知らないが、スカイネットが平行世界移動装置をもたらせたのは確かであった。
「まあ、もはやスカイネットがもつそれは、多次元干渉装置というべきものへと変貌していったのだがな。
始めは彼らも、自分たちのありえた過去や他平行世界を覗くだけで満足していた」
そう、ZXが記憶を取り戻し、仮面ライダーと名乗った姿に人は心を燃え上がらせた。
小さな少女が、魔法といわれる不思議な力を使って正義をなす姿に、保護欲を刺激されていた。
振られたことで全人類を巻き込んでゾナハ病という厄介な病原菌をばら撒いた男が、兄へと謝罪する姿に人は涙を流した。
様々な世界の、様々な物語は『娯楽』に飢えていた未来人たちの心を打ち、彼らの欲求を満たした。
だが、見るだけでは彼らは満足しなかった。
神のごとき力を持つと錯覚を起こした彼らは、目の前に広がる光景に我を忘れ、こう思うようになった。
『異世界で活躍する者達を会わせてみたい』
ただ会わせて、会話させるだけで彼らが満足するわけがなかった。
共通の強敵を仕立て上げ、短時間で劇的な状況を生み出す企画を考える。
そしてできたのが、『バトルロワイアル』という番組であった。
その企画のどこがいいのか、と言われたらいくつか出てくる。
いわく、あらゆる世界の著名人が共に力をあわせ、戦っていく姿がいい。
いわく、短い期間で一生懸命生きる姿がいい。
いわく、悲劇に満ちた結末を辿る各人物の姿がいい。
いわく、人の死と隣り合った極限の状態であがく姿がいい。
いつ立案されたかわからない、その企画が通って人々を沸かせたのだ。
もっとも、純粋な人間をバトルロワイアルへ参戦させるわけにはいかなかった。
人権というものが重視されたらしい。そこで、彼らは考えた。『ロボやサイボーグなら、問題ない』と。
スカイネットの反乱を受けた歴史がある彼らにとって、ロボや身体の一部を機械にしたサイボーグは人権を適用するに値しないということである。
残酷な見世物のいいターゲットということだ。あらゆる場所にカメラが行き届き、スカイネットへとその動画を送っていたのは彼らが楽しむ『娯楽』であったため。
「待て。キサマの話ではまるで……」
「何度も行われていたのだ。もっとも、現在のバトルロワイアルが何度目なのかは、私が知ることはないのだがな」
V3が悔しそうに拳を握り、血が滴り落ちる。
シグマはその気持ちを理解したが、微塵も表へ出さず淡々と続けた。
「彼らの開く『バトルロワイアル』の手順は簡単だ。事前に自分たちの服従プログラムをつけた主催者を据えて、参加者を呼び寄せる。
徹底して自分たちが主催者であることを隠すためにな。そして、私もまたエックスとの四度目の戦いに敗れたところを回収されたのだ」
「だがキサマには服従プログラムが作動しているようには見えないな」
「奴らはシグマウィルスに目をつけたが、とった対策は通じなかった。それだけだ」
そう、シグマウィルスは服従プログラムと相性が悪かった。
もともと植えつけられたプログラムならともかく、外付けのプログラムでシグマを操れるようなことはない。
この結果はバトルロワイアル内でも予想外の影響が出た。T-800の服従プログラムをシグマウィルスが破壊したのだ。
それはさておき、シグマウィルスが服従プログラムを破壊した影響はほかにあったのだが、それはおいておく。
「それで、キサマはそいつらを倒すために動いているということか?」
「いかにも。V3……キサマは許せるのか?」
ゆらり、とシグマの姿が揺れる。溢れる怒気でシグマの身体が揺れたような錯覚を起こしたのだ。
「奴らは自分の感動を行うために、我々から尊厳を奪い弱者を苛酷な環境へと放り込んだ!
時に奴らは手助けをして、生命を蘇らせる奇跡を演出して感謝される自分へ酔った!
生きるためにあらゆる手を尽くした人物は無情にも切り捨てるが、何も行わない善人にはお気に入りであるという理由で手を貸す!
時にはただ容姿を気に入ったから、という理由でひたすら生き残る手段を与え、人格すら歪ませた!
戦いを知らぬものが戦場の空気に触れて、発狂する様を嘲笑して見下していた! この殺し合いもそうだ!!」
いったん息を吸い込み、シグマは肩を怒らせてV3を見る。
もはやV3は言葉を失っていた。
「この殺し合いは、未来人による人気投票で呼ばれる。誰が生き残るか賭けもあり、誰が人気で誰が不人気か分かるのだ。
V3、キサマたちの体内に仕込んだのは爆弾だけではない。実戦での強さを計る計器が入っている。それによって、誰が優勝しやすいが探るのだ」
シグマはおのが胸に手を当てて、本郷が見つけた計器の意味を告げる。
本郷が見つけたもの、それは賭け率を調整するためのものというだけ。
それ以上の意味はなかった。
「あ~るという参加者がいた。彼はもともと賭け率は低かったのだが、とある勘違いで人を殺した。そのときの奴らの反応がなんだったか想像できるか?
『早く死ね』『こいつのせいでミクが死んだ』どの口がいっているのだ!!
ミクという少女は見目麗しい容姿で確かに人気だった。だがあ~るにそう非難される謂れがどこにあったという!?
島村ジョーという参加者がいた。キサマたちの仲間となりうる、正義の志をもてた戦士だ。
だが不幸にも、彼は事故で仲間を殺してしまった。その苦悩を、辛さを奴らは笑いの種にした!
最後まで奮闘した姿があったのにも関わらず、その心情を少しも理解しようとしなかった!!
君も知るドラスという少年の参加者。彼の素性とその行動に未来人はヒールとして非難を浴びせていた。
その心が、家族を求めると自覚するまで! ただのバトルロワイアルを進行した上でいずれ倒される悪党としか見なかった!!
なのに、彼が家族を求めたとたん手のひらを返したように愛情を示す! 他の同じヒールとしての立場の参加者には目もくれず!!」
シグマの感情の吐露がV3へ届く。魂の底から搾り出すような、低く怒りを込めた声を。
「私は奴らが、まだ協力者であると思い込んでいるうちに反逆を仕掛ける! ここの映像が送られることはまだない。
私に一ついい策がある。その策を今明かすことはできないが、確実に奴らを殺せるのだ。
キサマは自分の世界の人類と、仲間を守るため。私は奴らにいいようにもてあそばれた借りを返すため。
キサマと手を結びたい。仮面ライダーV3、風見志郎」
シグマの言葉を受け、V3は大きくため息をついた。
緑の複眼をシグマに向け、瞳に力が入る。
「一つ聞かせろ。奴らの言いなりになっているということは、すぐに取れる手段というわけではないんだな?」
「そういうことだ」
シグマの答えから、再びV3は沈黙をした。長いような、短いような時間が流れ始める。
「理解してくれたか?」
V3の仮面の下の表情が変わったことを感じて、シグマが問う。答えが出たのだと確信した。
イーグリードもトーマス・ライトも賛成をしてくれた。
願わくば、目の前の青年も賛同をして欲しかった。
だが、V3は躊躇しながらも、両腕を広げたファイティングポーズをとり、交渉が決裂したことを示した。
「交渉決裂……か。君は私のジョーカーとなれる男だったのだが」
「俺はそれでも……一人でも守るために戦う! いくぞ、シグマ!!」
V3はきっと、未来人を信じたかったのだろう。彼が守るべき人間たちと同じであることに。
そして、いつかきっと自分たちの過ちを気づいてくれるのだろうと。
シグマはそれを非難できなかった。
未来人たちが過ちに気づくまで、多くの犠牲者が出るということも。
未来人たちがV3の決死の決意すら、酒の肴にするだろうことも。
未来人たちの醜い姿を見たシグマの絶望を伝えることも。
いずれの手もシグマはとらなかった。彼は戦士だ。その矜持を傷つけることなど、同じく戦士のシグマができるはずもない。
「できることなら、全快の君と戦ってみたかった。まあ、いい。こい、V3!!」
マントを脱ぎ捨て、剣を持つ。最初からこのつもりだった。すべてを片付けて参加者を迎え撃ち、殺される。
無実の人間を戦渦に巻き込み、四度もおのが世界を追い込んだ罪悪人【イレギュラー】として死ぬべきだった。
そう、シグマはシグマウィルス……いや、ゼロウィルスという呪縛から、解き放たれていた。
イーグリードにもライト博士にも告げない。彼らが憎むべき、悪の一人として死ぬために。
それは偶然であった。
スカイネットがシグマの人格プログラムを修理し、同時にシグマウィルスが服従プログラムを破壊したのである。
タイミングがよかったのだろう。シグマはおのが理性を取り戻し、二度とシグマウィルスに乱されることのない、数少ないレプリロイドの一人となったのだ。
同時にシグマウィルスを操れる能力ももった。それはシグマを余計苦しめることになる。
理性を取り戻したシグマにとって、世界を四度も破滅を追いやりかけたことは自殺しかねないほど、自責の念にとらわれた。
シグマは常に部下へと説いていた。人類を守るために、わが身を平和へと捧げると。
なのに、シグマ自身が愛する地球を何度も何度も壊そうとしたのだ。
自身が憎い。自分を殺したくてしょうがなかった。
だからこそ、このバトルロワイアルがちょうどいい死に場所だと悟った。
未来人に反逆できる主催者は、おそらく自分しかいない。あとにも先にも、バトルロワイアルを止められる最後の機会。
ならば、シグマはおのが身をそのためだけに注ぐことに決めた。
犠牲が出ることは避けられない。さらに悪事へと手に染めることになる。
だからこそ、最期はエックスやゼロのようなイレギュラーハンターに無様にやられるのがお似合いなのだ。
シグマはただ一人、命を懸けてスカイネットを操る未来人との戦いを決意した。
風見に知らされた範囲の真実は、イーグリードとライト博士は知っていた。
風見と違うのは、結果二人は協力することを約束したこと。
シグマはいかな手を打ったのか、二人は知らない。
それでも、シグマが手を打ったことを信じた。信じるしかなかった。
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