ココロの在処 ◆9DPBcJuJ5Q



 神敬介は、テントローを走らせる。
 その肉体が戦いを求め、破壊を求め、獲物を求めて。
 その心は戦いを拒絶し、破壊を嘆き、弱者を救いたいと願った。
 だが、敬介の意思とは関係なく、身体は“暗闇”に突き動かされる。
 暗闇の種――仮面ライダーの宿敵たる組織の大幹部の一部を、敬介は元居た世界で猛虎との激闘に敗れ、捕らえられた際に埋め込まれていた。
 それが伝える、至上の命令は2つ。
 ――愚かなる虫けら(ワーム)どもを排除せよ
 ――仮面ライダーを抹殺せよ
 如何なBADANの技術力と、大幹部・暗闇大使の力を以ってしても、仮面ライダーの不撓不屈の魂をも塗り替えることは出来ず、敬介の意識を麻痺させ、簡単な洗脳を施すのが手一杯であった。
 それが、この機械仕掛けの殺戮舞台でこのような成果を挙げることになるとは、一体誰が考えられたであろうか?
 ……殺してくれ。頼む、誰か…………俺を、殺してくれ……。痛い……痛い…………誰かと、戦うのも……誰かを、殺すのも……頭が……心が……すべてが…………痛い……
「殺して、くれ……」
 守るべき者を、共に手を携え戦うべき者達を、そして――後輩をもその手で殺してしまった敬介は、暗闇への抵抗も忘れ、ただただ我が身の滅びを求めた。
 血とオイルに塗れ、目からはとめどなく涙を流しながら、破壊の使徒――暗闇の使者と化した怪人・Xカイゾーグは殺戮舞台を駆け抜ける。








 スズキ・GSX750S3 KATANAを操り、ハカイダーは駆け抜ける。この調子ならば、次の放送の前にシャトル発射基地に着くだろう。
 順調ではあるが、しかし、ハカイダーには腑に落ちないことがあった。
「…………暴れんのだな」
 後部座席に乗る女を見て、ハカイダーはそのような呟きを漏らした。
 本郷猛――仮面ライダー1号との決闘の約束の証として連れ去って来た女、フランシーヌを、最初は脇に抱えつつKATANAを操縦するという荒業で運んでいたのだが、
「私は逃げも隠れもしません。このような重心の安定しない体勢を取るよりも、私を後部座席に乗せた方が良いのではないですか?」
 などと申し込まれたのだ。実際、脇に抱えたままでは突発的なアクシデントの際に対応が遅れることも充分にありえる。そう考えて、ハカイダーはその通りにした。
 その時もフランシーヌは不平や不満など漏らさず、それどころか自己紹介までしてきた。
 悪党に攫われた女というものは、泣き叫ぶか暴れるか、と相場は決まっているのだが……。
「どうしました? まさか、私に暴れられた方が好都合なのですか?」
 バイクの排気音に掻き消されても不思議ではない呟きを聞き取ったらしく、フランシーヌはそのように訊ねてきた。
「いや。こういう時、捕まったヤツは泣き叫ぶか暴れるものだと思っていたのでな」
 自らの悪の知識をフランシーヌに披露し、ハカイダーはKATANAを操縦しつつ、フランシーヌの返答を待った。
「そうでしょうね。ですが、残念ながら、私は笑うことと同様に泣くこともできません。そして暴れないのは、この状況で暴れても意味が無いからです。……それに」
 そこでフランシーヌは一旦、言葉を切った。それに続く内容は、余程重要なことなのだろう。
 KATANAを止めることはせずとも、せめてスピードを僅かに緩め、ハカイダーは続きの言葉を聞き逃すまいとした。自らが捕らえた者の主張に耳を傾けるのも、悪の美学というものだ。
「貴方を止める為にも、貴方とはゆっくり話をしたいと思っていますので」
 意外な言葉ではあった。しかし、それだけだ。
「ふん、そうか」
 ハカイダーは別段、フランシーヌに興味を持っていない。ただ、本郷猛の連れである程度の認識しか持っていないし、持とうとは思わない。
 なにより、ハカイダーが興味を持つのは、敬意を払うのは――気高く、強く、誇り高い、正義の戦士だけだ。
 村雨良。ゼロ。獅子王凱。風見志郎。本郷猛。そして、キカイダー。
 彼らのような正義の戦士との戦いこそが、ハカイダーの求める全てであり、唯一欲するものなのだ。
 そうだ。今、こうして僅かにでも奴らとの戦いを思い出すだけで、回路<ココロ>が踊るほどに。
 そうしてC-6を駆け抜けC-5に至った、その時。
「……む」
 脇に見える学校の校庭を猛然と駆け抜けてくる排気音に気付き、ハカイダーはKATANAを止めた。
「あれは……」
 フランシーヌもそれに気付いたらしく、音の主が見えた時には声を漏らした。
 現れたのは、全身を血とオイルで汚した男だった。
 明らかに、この殺し合いに乗っている。それを看破し、ハカイダーは己の幸運に感謝した。
 あのままシャトル基地に向かっていたら、この男が仮面ライダー1号との決闘を邪魔していた可能性は大いにあったのだ。その不安要素を前以て排除できることは、都合のいいことだった。
 男は途中まで、そのまま体当たりを仕掛けてくるような勢いだったが、ハカイダーの後ろ――フランシーヌに目を遣ると、急にバイクを止めた。
 不可思議な急停止を訝しむが、それよりも優先すべきことがある。KATANAに乗ったまま校庭に乗り込み、ハカイダーは問うた。
「おい、貴様。仮面ライダーを知っているか?」




 敬介はA-4を抜けた後、すぐさま次の目的地を決定した。
 それは、人が集まるであろう官庁舎やTV局……ではなく、隣のコロニーの自然公園エリアだった。
 理由はない。あるとすれば、それは予感だった。仮面ライダーXとしての直感が、TV局には何があろうと決して向かってはならないと訴えかけたのだ。
 その意志は強力で、TV局の倒壊を目撃しても尚、暗闇の意志に、「自身により有利な戦場を確保する為に自然公園エリアへ向かうのだ」と妥協させたほどだ。
 そうして、神敬介――否、怪人・Xカイゾーグはマップ北エリアにある街中を移動した。
 やがて、数時間前に赤い鎧の剣士と赤い髪の少女と戦った戦場である学校の付近に至ると、改造人間の優れた聴覚がバイクの排気音を聴き付けた。
 獲物の存在を感知した暗闇の意志は、敬介の体に刻まれた仮面ライダーとしての技量を遺憾なく発揮してテントローを操縦した。
 視界に捉えたのは、バイクに乗った黒髪の、日本人風の男だ。見たところ、バイクは改造人間が使うようなカスタム品ではなく、通常のものに見える。ならば、このまま突撃して……。
 暗闇の意志が効率の良い戦闘を実行しようとした、正にその時、敬介は男の後ろに女性がいることに気付いた。
 その女性の姿が、似ても似つかないのに……『彼女達』と、ダブッて見えた。
 敬介は必死に暗闇の意志を押さえつけ、結果、彼らから10m程の距離を取ってテントローを停止した。
 今の内に、彼らが逃げてくれればいい。なにしろ、今の自分は返り血とオイルに塗れている、殺人鬼にしか見えない風体だ。
 ……だから、頼む……俺を、殺さなくていいから………………逃げてくれ。
 敬介は暗闇の意志を押さえ込みながら、切にそう願った。
 だが、男は離れるどころか近付いてきて、敬介に問うたのだ。
「おい、貴様。仮面ライダーを知っているか?」
 それは、考え付く限り、この場で最悪の問いだった。
「仮面……ライ、ダァ…………!」




 仮面ライダー。それは、本郷猛を初めとした悪と戦う10人の仮面の戦士の総称であり、この壊し合いの舞台に招かれた5人の戦士を指す言葉だった。
 強さだけでなく優しさをも兼ね備えた頼もしき男、本郷猛。
 この壊し合いの開始早々に墓を打ち立てていたという、城茂。
 ハカイダーとの戦いに敗れその命を散らしたという、村雨良。
 そして、まだ見ぬ風見志郎と神敬介。
 彼らを象徴する言葉を聞くと、目の前の男はそれを、まるで壊れかけの自動人形のような口調で繰り返し、バイクに乗ったまま苦悶の表情を浮かべた。
 その様子をフランシーヌはもとより、ハカイダーまでもが近寄りがたい様子で見ていた。
「…………ゲ……ル……う、ぐ……ぎ……が、ああ、ああああああああああああああああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!」
 何事かを呟いた、直後、男はまるで気でも狂れたかのような絶叫を上げた。
「な、なんだ?」
 ハカイダーは男の奇行に目を点にしていた。恐らく、こういうものを見るのは彼も初めてだったのだろう。
 フランシーヌも驚いたのは同様だった。だが、男の表情に見覚えがあるような気がして……やがて、あの時のことを思い出した。
「泣いている……? けど、彼らとは違う……」
 アンジェリーナがエレオノールを出産した時、それは“難産”という出産の中でも非常に危険な状態であり、母子共に命の危険に晒されていた。
 その時、正二やギイを初め、多くの人々が“泣きそうな顔”をしているのを、フランシーヌは見ていた。あの時はそれが何かは分からなかったが、今ならそうと分かる。
 エレオノールも出産の直後にフランシーヌが叩くと、大声で泣き出した。それを見届けていた人々もまた、幾人かがつい先刻までとは違った顔で泣いていた。
 それらの記憶と、目の前の男の顔を見比べると、確かに“泣きそうな顔”や“泣いている顔”に似ている。しかし、フランシーヌの知るどの顔とも、その表情は……。
 そこまで考えて、唐突に1人の、決して忘れられない……忘れられるはずの無い顔が、フランシーヌの記憶の中から浮かび上がってきた。
「こ、ころ………れ」
「なに?」
 その男の顔と、目の前にいる男の表情は、とてもよく似ていた。
「殺して、くれ」
 目の前の男の表情は、フランシーヌの創造主――白金が、フランシーヌの首を絞め、打ち棄てて行った時の顔と、あまりにも似ていた。

 ――その時の白金と、今の神敬介。彼らがその顔面に浮き彫りにするほど、彼らの心に深く刻まれた、暗い虚のような感情。
 ――人はそれを、“絶望”という。

「………………俺が……茂、を、お、おおお、おおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!」
 男の絶叫が、再び辺りに響き渡る。そして今度ははっきりと聞こえた名前に、フランシーヌは戸惑った。
「シゲル……? まさか、城茂……!?」
 その名は紛れもなく、本郷が語った後輩の名前。その名前が、あのような口振りで語られたということは、つまり……!
 すると、フランシーヌが呟いた一言が引き金となったのか、男の表情は自動人形のような無表情へと変貌し、そして、力の込められた動作を行い、その体を光で包んだ。
 この光景には、見覚えがあった。そう、本郷が見せた“変身”と、酷似……いや、全く同じ――!
「その姿……馬鹿な! 貴様は……」
 光が収まり、露となった男のもう1つの姿に、フランシーヌは言葉を失い、ハカイダーは絶句した。
 銀の仮面に、光を失った薄暗い赤い複眼。胸部の装甲には亀裂が走り、銀の体を返り血とオイルで赤黒く汚したその姿は、紛れも無く――
「ライドル――」
 銀の仮面の怪人はPDAを操作して取り出した、大きな刀を手に握ると、前方宙返りをしながらハカイダーとフランシーヌに迫った。
「仮面ライダー! 貴様は――仮面ライダーではないのか!?」
「――っ……脳天、割り」
 ハカイダーの絶叫を聞き、銀の仮面ライダーの動きが鈍った。しかし、それでもその刃は過つことなくフランシーヌへと迫り――
「ちぃっ……!」
 寸前のところで、ハカイダーがバイクを走らせることでその凶刃から逃れた。
 初動がここまで遅れるとは、ハカイダーも動揺していたのだろう。
 当然だ。強い正義の戦士に敬意を表し、その破壊を誓う悪の戦士だからこそ、ハカイダーは誰よりも正義の戦士について理解しているのだ。
 まして、仮面ライダーとはZXを破壊し、V3とは共闘し、1号とは決闘を約束した仲なのだ。ハカイダーはこの会場にいる誰よりも、仮面ライダーを理解しているという自負があった。
 だからこそ、フランシーヌが困惑する以上に困惑し、フランシーヌが理解に苦しむ以上に解せないのだ。仮面ライダーが凶刃を振るうという現実が、どうしても信じられないのだ。
 ハカイダーは校庭の隅にバイクを止めると、サブローの姿から変身してすぐに降車した。そして、フランシーヌに彼女のPDAとゼロバスターを投げ渡してきた。
「貴様は下がっていろ」
 一方的に宣告して、それきりフランシーヌを無視するように、ハカイダーは銀の仮面ライダーを睨み付けた。
「しかし……」
 仮面ライダーのことは、フランシーヌも本郷を通じてよく知っている。
 あの本郷の後輩なのだ、悪人であるはずが無い。……なのに、あの銀の仮面ライダーは、凶刃を握り、フランシーヌを破壊しようとした。
 それには、何か理由があるはずだ。そしてできることならば、彼を止めたい。そう思い、フランシーヌはハカイダーの決定に抗おうとした。だが。
「お前は、俺と仮面ライダー1号の決闘の約束、その証であり、証人だ。他の戦いに巻き込んで死なせる気など毛頭無い」
「ハカイダー……」
 背を向けたまま語るハカイダーの決然とした言葉に、フランシーヌは何も言えなくなった。
 何故なら、ハカイダーのその後ろ姿が――
「だが、折角武器を返してやったのだ。最低限、自分の身ぐらい守ってみせろ」
 ――とても、頼もしく見えたから。




 ギンガはTV局の倒壊を目撃したが、現在位置から距離が離れていることと、情報不足による不確定要素が多いことから一先ず無視して、変わらずシャトル発射基地を目指していた。
 その途中、どこからか、何者かの声が聞こえてきたことを察知した。
 生体センサーには……反応無し。恐らく、余程の大声なのだろう。生体センサーの探知範囲外から響いてきたものと予測される。
 その場に一時静止し、再び声が聞こえてこないかと待ち受け……聞こえてきた。方角と現在位置を素早く把握し、PDAのマップと照らし合わせる。推測される位置は、『学校』の近辺、若しくは内部。
 状況を把握し終えると、ギンガは来た道を引き返し、現地の調査よりも優先される事項――帰還の障害となる者の排除の為に行動を開始した。
 それと並行して、フットパーツのダッシュ機能による新たな移動方法の練習も、欠かさず行った。




 校庭の中央に近い位置で、ハカイダーは銀の仮面ライダーと戦闘を開始した。
 目の前の仮面ライダーはZXやV3、そして1号とは違い、長ドスという武器を用いていた。ならばそれは、他の3人と比べて身体機能が劣るということなのか? 否。そんなことは決してない。
 長ドスを縦横無尽に操りながら、その合間に繰り出される拳や蹴りの冴えは、他の仮面ライダーと比べてなんら遜色無い。
 そう、この銀の仮面ライダー――Xライダーは、仮面ライダーとしての身体能力に加えて武器の扱いにも優れた、変幻自在の戦いを得意とする技巧派の仮面ライダーなのだ。
 鉄をも打ち抜くハカイダーの蹴りを、銀の仮面ライダーは長ドスを地面に突き刺し、柄の部分を基点に体を持ち上げることで回避し、そこから更に体に捻りを加え、変形の廻し蹴りをハカイダーの頭部目掛けて打ち込んだ。
 それを何とか右腕で受け止めて防御したが、流石は仮面ライダーの蹴り。得意の飛び蹴りでこそないが、その威力はキカイダーをも上回るか。
 銀の仮面ライダーはその外見からも、ハカイダーと同じかそれ以上の数の戦闘を行ったことが分かる。それを、回復を一切せずに、回復したハカイダーを相手に一歩も引かずにここまで戦うのだから、流石の実力だ。
 相手の実力を理解すればするほど、ハカイダーの苛立ちは募っていく。
 ハカイダーの拳をいなし、銀の仮面ライダーは回避の動作からそのまま長ドスを振るい、ハカイダーの首を斬り落とさんとする。それを前方へ転がり込むことで回避し、そのまま体を回転させて足払いを仕掛ける。
 足払いは当然の如く、ジャンプによって回避された。そう、銀の仮面ライダーはジャンプして――
「Xキック」
 ――遂に、自らを象徴するライダーキックを放ってきた。
 両腕を交差させてXキックを防御しつたが、Xキックの反動で、ハカイダーはしゃがんだ状態のまま数mほど地面を抉りながら後退させられた。
「ぬぉ……!」
 さしたるタメも無しに発揮された威力に、ハカイダーの口からも驚愕の声が漏れる。
 これが正義の戦士との決闘であったら、どれほど胸の悪魔回路が唸りを上げ、回路<ココロ>が踊ったことか……!
 瞬時に間合いを詰めた銀の仮面ライダーが袈裟に斬り落とした長ドスの一撃を、ハカイダーは容易くかわし、そして、憤怒の言葉と共に拳を叩きつけた。
 その拳は、銀の仮面をへこませるほどの、強烈な一撃だった。
「何故だ! 銀(しろがね)の仮面ライダーよ!!」
 この戦いが、銀の仮面ライダーの意志によって行われているものならば、ハカイダーとてそれを受けて立ち、破壊することは吝かではない。
 だが、そんなことは断じてない。それは、先程までの様子を見ていれば分かるだろうが、今の銀の仮面ライダーの様子を見ても一目瞭然であった。
「嫌だ……い、や……だぁぁ…………」
 銀の仮面ライダーは先程から、呪詛のような言葉を呟きながら――
「何故貴様は、そんな醜態を曝している!!」
 ――血涙を流していた。
 ハカイダーは既に、目の前の敵が仮面ライダーの姿形を借りた何者かということを看破していた。ならば偽装や変装の類かと思ったが……このような呻きを聞いては、この男が仮面ライダーだと認めざるを得ない。
 ならば、どうして仮面ライダーが己の意思に反して、血涙を流しながら破壊を、悪行をしているのか? そんな疑問は陳腐なものだ。
 自分達をここに集めたシグマは、体に爆弾を埋め込んだと言い、水色の髪の少女を爆破することによってそれを証明した。ならば、爆弾を埋め込まれる以外の処置――洗脳を受けた者が居たところで、何の不思議も無い。
「もう、殺したくない……奪いたく、ない……失わせたく、ない…………」
 容赦の無い攻撃を繰り返しながら、仮面ライダーは呻き続ける。
 その姿が、心だけが正義を志し、体が悪を為すという光景が、ハカイダーの回路<ココロ>を激しく憤らせる。
「ならば、貴様が守ってみせろ! それこそが、正義の戦士――仮面ライダーではないのか!?」
 叫びながら、亀裂の走っている装甲目掛けて、仮面ライダーの十八番である飛び蹴りを敢えて放った。すると、銀の仮面ライダーはこの一撃に対して一切の回避も防御もせず、それをあっさりと受けた。
 突然の“悪”の行動停止に、ハカイダーはにやりと笑う。
「俺、は……俺は……俺はぁ…………!」
 そう、そうだ! 燃え上がれ、正義の魂よ! 奮い立て、正義の戦士よ! そうでなければ、貴様を破壊する意味など無い!! そうあってこそ、貴様を破壊することに意義がある!!
 仮面ライダーが己を取り戻し始めた兆候を見て、ハカイダーは期待に胸を高鳴らせた。
 だが、よろよろと立ち上がった仮面ライダーは、なにもしようとはせず――
「俺は……もう…………仮面ライダーには、戻れない。……だから――――殺してくれ」
 ………………今、こいつは何と言った?
 正義の戦士が、仮面ライダーが! 悪の改造人間ハカイダーに、自ら破壊されることを望んだ……だと!?
 ハカイダーはありったけの怒りを込めた渾身の拳を、仮面ライダーの顔面に叩き込んだ。
 その勢いのまま、再び地面に倒れ伏した仮面ライダーに、ハカイダーは言葉を叩きつけた。
「甘ったれるな、銀の仮面ライダー!! シグマに改造されたか洗脳されたかは知らんが、お前の気高き心は! 熱き正義の魂は!
完全に屈服したわけではあるまい!! ならば、既に死の覚悟を決めたというのなら……死力を尽くして、悪に抗え! 悪に打ち克て! 仮面ライダーよ!!」
 それこそが、ハカイダーが敬意を表する正義の在り方、戦士の姿。
 如何なる状況であろうと、その体現者の1人である仮面ライダーがそこから逃げ出すなど、何があっても許し難いことであった。
「死力を、尽くして…………悪に、抗う……!」
 ハカイダーの言葉を、まるで出来の悪い壊れかけの録音機のように、銀の仮面ライダーは繰り返した。
 それに頷き、更にハカイダーは、仮面ライダーに発破をかけた。
「そうだ! そして、貴様の目の前にいるのは、貴様の後輩である仮面ライダーZXを殺し! 貴様の先輩である仮面ライダー1号に決闘を挑んだ悪の改造人間、ハカイダーだ!!」
 この宣言を聞いた仮面ライダーは、ゆらり、と、幽鬼の如く立ち上がった。
「ゼクロス……本郷、先輩…………悪の、改造人間……!」
 仮面ライダーの声から少しずつ、唯一表れていた感情である絶望が失われ、無の感情へと帰ろうとしていた。
 悪を斃すのなら良いだろうと、悪に身を委ねるのか?……いや、違う。断じて違う。
「さぁ、奮い立て、銀の仮面ライダーよ!! そして、自らの意志で、悪を――貴様を操る悪意と、悪の戦士である俺を破壊してみせろ!!」
 言い終わった頃には、銀の仮面ライダーは無感情へと戻り、容赦なく長ドスを振るってきた。
 だが、魂と肉体の合一せぬ攻撃の、なんと拙劣なる事か。
 最早ハカイダーは、“今の”銀の仮面ライダーに負ける気が寸毫もしなかった。
 何故なら、始まったからだ。目に見えぬところで、正義と悪の戦いが。
 薄暗い暗闇に沈んだ赤い複眼の奥底に、ほんの僅かだが、正義の炎が灯ったことを、ハカイダーは確信していた。
 ならば、その決着が付くまで、自分は最も近くで見届けるとしよう。……その前に俺に破壊されるような間抜けであれば、この男は仮面ライダーとして失格だったというだけのこと!
 そのように心に決めて、ハカイダーは本気で銀の仮面ライダーと戦い続けた。






 目の前で繰り広げられる激闘を、フランシーヌは決して目を離すことなく見ていた。
 ハカイダーと仮面ライダー。両者の動きは人間の領域を遥かに超えた域にあり、自動人形の中でもあれほどの動きを見せるのは、“最古の四人”でもどうかというほどだ。
 その彼らの一挙一動を、フランシーヌは確かに全て見届けていたのだ。
 “真夜中のサーカス”で100年もの間、絶えることなく日々繰り返された道化となりし自動人形達による曲芸の数々。それらを余すことなく、全てを見ていたフランシーヌならばこその眼力と言えるだろう。
 しかし、そのフランシーヌをしても、両者の動きを追うことは困難であった。
 自動人形達の見せるものが“曲芸”ならば、ハカイダーと銀の仮面ライダーが繰り広げているのは“極芸”と称すべき激闘、死闘だ。
 世界と時間――時空を越えて実現した正義と悪の改造人間の戦いは、自動人形の見せるどのような芸よりも鮮烈であり、過激であり、激烈であり、凄まじいものだった。
 この時、フランシーヌの傍らに冷静な第三者がいたら、こう語ったことだろう。
 「フランシーヌは目の前の戦いに見惚れている」と。
 数多の自動人形が求めてやまなかったその姿を、フランシーヌは誰に見せることもせずにそうしていたのだ。
 そのようになった理由は、2つ。
 1つは、ハカイダーが銀の仮面ライダーに発した言葉の数々。同じ機械仕掛けの存在とは思えない、才賀正二や才賀アンジェリーナを髣髴とさせる“熱く激しい”言葉は、銀の仮面ライダーだけでなく、フランシーヌの“何か”をも揺り動かしていた。
 そしてもう1つ、銀の仮面ライダーに生じた変化だ。ここからでは聞き取れないような、囁くような声を幾度か発し、ハカイダーの言葉を聞いた彼の動きに、明らかな変化が見えたのだ。
 強いて言うなら、それはぎこちなさ。まるで、意志と体がそれぞれバラバラに動いているような、そのような違和感を覚えるのだ。
 その変化は、ごくごく僅かなものでしかない。同じ仮面ライダーや実際に戦っているハカイダーを除けば、数々の芸を見ることによって鍛えられた眼力を持つフランシーヌでなければ、それを見抜くことは出来なかっただろう。
 そして、彼に――変身の直前に、その表情を創造主である白金と同じものから、フランシーヌのような無表情へと変化させていた銀の仮面ライダーの様子は、何よりもフランシーヌの興味を引いた。
 自分はこの戦いを見届けることによって、今度こそ、求めてやまなかったもの……いや、きっと今も求めている“心”を得ることができるのではないかと、不謹慎ながらそんな期待を抱いていた。
 戦いが佳境に至り、ハカイダーの拳を受け止めた長ドスに皹が入った、その瞬間、フランシーヌは何者かの気配を察した。
 そう、これは……“真夜中のサーカス”でフランシーヌを笑わせるべく、自動人形達が試行錯誤の末に考え出した演出の1つ。
 芸の途中で他の道化が現れる手法――“乱入”だ。
「っ!?」
 それに気付き、上を見る。そこには青く長い髪を靡かせた女性が、剣を片手に高速で飛び掛ってくるところだった。




 ギンガがフットパーツのダッシュ機能により新たに得た移動手段。それは『ダッシュジャンプ』と呼ばれる技術だった。
 ダッシュジャンプとはその名の通り、ダッシュの勢いを殺さずそのままジャンプするというものだ。安直なネーミングではあるが、この技術にはその単純さからは考えられないほど高い効果があった。
 簡潔に述べると、ジャンプの速度、飛距離、最高到達点――これらが全て、通常のジャンプの数倍にまで伸びるのだ。
 加えて、微細な力加減により高さを低めに飛距離のみを伸ばす。飛距離を短めに高さのみを伸ばすなど、その運用方法は多彩であった。
 フットパーツによる戦闘もほぼ完熟していたギンガは、この単純な技術を応用も含めて、数十分程度でほぼ完璧にマスターしていた。これで空中ダッシュも併用すれば、戦術の幅は格段に広がる。
 そして学校の近辺に至ると、戦闘音を感知。ギンガは戦闘の主達に気付かれないように、戦闘の余波で破壊されたらしい体育館の屋上へ跳躍し、着地。そこから、生体レーダーと合わせて状況を把握する。レーダーの反応は2つ。
 校庭の中央付近には、黒と銀の――Aクラスの警戒対象である『カメンライダー』と近似したフォルムの2体がおり、戦闘を繰り広げていた。遠目でははっきりと確認できないが、少なくとも、軽視できない戦闘能力の持ち主であることは確かだ。
 その2体が戦闘をしているとなれば、ギンガの選択は1つ――傍観である。
 あれほどの接戦。どちらが勝利するにしても、極度の消耗は必至である。ならば、戦闘が終わってから、消耗した勝ち残った方とだけ戦うことこそが最善である。
 行動を決定し、その他の要因を確認すべく、ギンガは校庭を見回した。
 確認されるのは、放置された2台のバイクと、その内の1台の傍にいる女性。
 レーダーを確認し、女性の位置と照らし合わせる。レーダーに女性の反応は無し。ならば、これはどういうことか?
 暫し思案し、ギンガはあれが生体パーツを用いていない純粋なロボットであると判断した。それならば、“生体”レーダーに反応しないはずである。
 ギンガは再度、位置関係を確認する。そして、女性型ロボットの挙動から戦闘能力が低いことを推測し――後の不安要素を確実に排除すべく、行動を開始した。
 体育館の屋上からロボット目掛けてダッシュジャンプを行う。中央付近での戦闘音に、ジャンプの音は掻き消された。誰もギンガの跳躍に気付いたものはいない。
 ジャンプの描く曲線も、高低差も含めて計算通り。更にダッシュジャンプの勢いに重力加速度も加わり、このまま誰に気付かれることも無く、右手に握った天王剣で女性型ロボットを過つことなく始末できると、ギンガは判断した。
 しかし、何の落ち度があったというのか、女性型ロボットは寸前でギンガの強襲に気付き、身をかわしたのだ。
 予想外の回避にも、ギンガは慌てず、状況を分析する。
 今のタイミングで奇襲に気付いたことには高い評価が与えられる。だが、回避の際の速度も身のこなしも、ギンガの認識する『一般人』程度のレベルであり、このまま始末することは不可能ではないと判断。加えて、中央付近の2体は未だにこちらに気付いていない。
 ――この間、僅か0.1秒。
 ギンガは再び天王剣を構え……またも予想外の事態に翻弄される。
 ロボットの右手に、本人の意匠からかけ離れたパーツが装備されていたのだ。そこから発射されたエネルギー弾を、ギンガは回避した。
 だが、今の発射音で間違いなく、中央の2体に気付かれたはず。
 次の発砲を警戒しつつ、ギンガは中央で戦う2人に目を向けた……が、変化無し。依然として戦闘を継続している。
 ならば、ここで女性型ロボットを速やかに撃破し、一時離脱するのがベスト。
 そのように判断し、ギンガは女性型ロボットの撃破を再開した。




 神敬介は戦っていた。眼前に立つ黒い破壊の戦士とではなく、己を包む暗黒の意志と。
 暗黒の意志がハカイダーに拳を振るう度、敬介は蹴りを放つ。
 暗黒の意志がライドルの如く長ドスを振るう度、敬介は拳を放つ。
 しかし、それを幾度繰り返しても、暗黒の意志を振り払うのには足りない。何度払いのけても、まるで無限に湧き出る泉の如く、暗闇は幾度でも立ち込める。
 心象風景の中、精神の領域――言わば夢の中で行われている、孤独な戦い。だというのに、疲れも、不快感も、何もかもが現実味のあるものだった。
 荒く呼吸をして……そこからも暗闇の意志が入り込もうとしてくる。敬介はそれを慌てて打ち払う。
 その時、腹に強烈な一撃が入れられた。
「ガッ……ハ、ァ……!」
 ハカイダーの膝蹴りが、Xカイゾーグの腹に入ったのだ。それにより一瞬怯むが、Xカイゾーグはすぐにハカイダーを打ち払い、距離を取る。
 ……くっ…………流石は、悪の改造人間。容赦が無いな。
 そのように考え……敬介は自嘲した。
 ……なにが、悪の改造人間だ。それって、今の俺のことじゃないか。ハカイダー……だったか。寧ろ、力の無い女性を守って戦うこの男こそ……仮面ライダーに相応しいんじゃないのか?
 悪の戦士が聞いたら激昂すること間違い無しの思考をした、その時、ハカイダーの後ろから発砲音が聞こえてきた。
 見ると、ハカイダーの連れである銀髪の女性が、見覚えのない青い髪の女に襲われていた。
「しまった……!」
 ハカイダーは見てこそいないが、発砲音で襲撃者の存在を気取ったのだろう。
 だが、暗闇の意志にそんなものなど関係ない。Xカイゾーグの攻め手は増し、逆にハカイダーは何とか離脱しようとして攻め手を欠き、防戦一方に陥ろうとしていた。
 ……おい、何をしているんだ。
 Xカイゾーグの蹴りが、ハカイダーを捉える。
 ――青い髪の女の足元を撃って撹乱し、銀髪の女性は必死に逃げようとしている。
 ハカイダーは蹴りをものともせず、踏み止まる。
 ――青い髪の女はそんなもの意にも介さずに突き進み、銀髪の女性との距離をあっという間に詰めた。
 その瞬間。
 敬介は、無我夢中で動いた。
 ハカイダーが放った強烈な一撃も、長ドスを盾代わりにして何とかやり過ごすと、そのままハカイダーに構わず、銀髪の女性の下とへと急ぐ。
 ……間に合え。
 青い髪の女の剣を辛うじてかわしたものの、銀髪の女性の右腕は斬り落とされ、そこから銀色の液体が滴った。
 そう……まるで、銀がそのまま血になったような、そんな液体だった。

 思い出がフラッシュバックする。
 BADANの名も知らず、『選ばれし民』という通称でさえも掴めていなかった頃。神敬介はスペインのコルタ・デル・ソル近海で発生していた『海の銀』事件を追っていた。
 そこで知ったのは、1人の老人と、その息子夫婦を襲った悲劇。そして、人の幸せを己の邪悪な欲望で穢し、それを奪われた悲しみと、憎悪と、絶望にさえも付け込んだ、悪辣なる“銀の髑髏”。
 それは、人々の恐怖を糧として、それを形として成す、銀と見紛う液体金属を精製していた。
 その銀が今、目の前にあるようだった。

 ……あの時は、間に合えた。
 青い髪の女が、剣を振り被る。銀髪の女性は、諦めてしまったのか、それ以上動こうとしなかった。
 ……だから、今度も! 今度こそ!
「間に合えええええええええええええええええ!!!!」
 敬介は――仮面ライダーXは暗闇の呪縛を、今、この時だけは完全に打ち破り、怒涛の如く駆け抜けた。
 そして、仮面ライダーXの行動は……寸前のところで、間に合った。
 銀髪の女性の襟首を掴んで、強引に手前に引っ張りよせ、凶刃から救ったのだ。
 ……漸く、救えた。
 その実感に安堵した……のが、いけなかったのか。暗闇の意志が、体の支配権を奪い返さんと暴れ始めた。それを押さえつけるために、仮面ライダーXは行動停止を余儀なくされ、隙だらけになった。
 青い髪の女――ギンガは、それを見逃さなかった。
「ナックルバンカー」
 原因不明の一時停止だが、今こそAランクの脅威を排除する好機と見たギンガは、魔力を纏った拳を、容赦なく仮面ライダーXの胸部の赤い装甲に叩き込んだ。
 度重なる激戦で亀裂が走り、ハカイダーとの戦いで極限まで磨耗していた装甲は、その一撃に耐えることが出来なかった。
「ゲ、ボァァ……」
 口元から血を吐き、仮面ライダーXは倒れた。
 ……その変身が解かれていないのは、如何なる執念によるものか。




 ハカイダーは、自分の目の前でたった今起きた出来事を冷静に把握していた。
 銀の仮面ライダーは途中で自分との戦いを放棄し、フランシーヌを乱入者の女の凶刃から救った。ここまではいい。正しく、正義の味方の行いだ。……だが。
 己の体を支配せんとする悪の意志を、完全に倒すことができていなかったのか。銀の仮面ライダーはフランシーヌを助けた直後に、突如としてその場に硬直し……乱入者の女の拳を喰らい、血反吐を吐いて、倒れた。
 そして、その女は今またフランシーヌを……!
「貴様……貴様ぁぁぁぁぁぁ!!!」
 ハカイダーは憤激の絶叫と共に、全力で青い髪の女へと突進した。
 それを察知した女は、フランシーヌへのトドメの一撃を放棄して、バックステップを取った。
 いい判断だ。続行していたらその脳漿を、肉片を、血液を、頭髪を、余すことなく辺り一面にぶちまけていたところだ。
 女と2人の間に立ちはだかると、ハカイダーは女を睨みつけつつ、フランシーヌと仮面ライダーの様子を窺った。
 フランシーヌの失われた腕から流れていた銀色の血液は、今は止まっていた。恐らく、すぐに止血される構造か、自分自身で処置をしたのだろう。そして、フランシーヌは銀の仮面ライダーに必死に呼びかけていた。
 変身こそ解けていないが、銀の仮面ライダーはうつ伏せのままピクリとも動かない。
 なんという闘志であろうか。仮面ライダーは未だに、己の体を奪わんとする悪と、戦い続けているのだ。解かれていない変身こそが、その何よりの証拠。
 それを見て、ハカイダーの怒りは更に昂ぶった。
「戦士の戦いを穢し、背後から弱者を狙う卑怯者よ! 貴様のような下衆には、悪として生きる道も無いと知れ!!」




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105:鬼【イレギュラー】(前編) ハカイダー 112:ココロの在処(後編)
105:[鬼【イレギュラー】(前編) フランシーヌ人形 112:ココロの在処(後編)
094:Wake Up . The ヒーロー その1 神敬介 112:ココロの在処(後編)
104:その身に纏う心の向きは ギンガ・ナカジマ 112:ココロの在処(後編)





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