芽生え(前編)   ◆9DPBcJuJ5Q



 志郎は修理工場の2階を調べていたが、今のところ、これといった発見は何も無かった。
 見つけた物といえば、幾つかの情報端末ぐらいだ。それを調べれば何か分かるかもしれないが、結城や本郷先輩のように明晰な頭脳の持ち主ではない自分では、さして役には立たないだろう。
 そう考えて、志郎は端末の調査を後回しにしていた。そうして、部屋に入って簡単に中を見回す、という単純作業が続いていた――が、ふと、志郎はある部屋で足を止めた。
 何かが光ったように見えたが、気のせいか?
 目を凝らし、もう一度、部屋の床を見つめる。……また光った。どうやら、気のせいではなかったようだ。志郎は改めて、部屋の様子を確認する。
 部屋に明かりは点いておらず、何かが反射して光ったとは思えない。廊下から差し込む光に反射したのだとしても、あの明滅は不可解だ。……3度目の発光。偶然ではない。
 志郎は部屋の明かりを点けずに、真っ直ぐに明滅を繰り返す物体の落ちている場所へと向かった。
 何らかの罠の可能性は……恐らく、無いだろう。殺し合いをさせているのに、罠を仕掛けて参加者を脱落させるような真似は、まずしないはずだ。――これで本当に罠だったら、己の不明を嗤うだけだ。
 4度目の発光を見たところで、志郎は気付いた。そこに、明確な“何か”が無いのだ。薄暗くとも、そこに物体があるならば、ここまで近付けば輪郭ぐらいは見えるはず。なのに、間近に近付いてもそれが見えない。
 どういうことだ? 目に見えない何かが発光しているのだとしても、何故そんな手の込んだ仕掛けを、こんな所に――?
 悩んだが、答えは見つかりそうに無い。
 5度目の発光。
 志郎は発光した箇所をじっくりと見つめ、数秒後、膝を着いてそこへ手を伸ばした。『案ずるよりも産むが易し』ということだ。
 そして、手を伸ばすと、何かに触れた――

『これを見つける人がいてくれたことを、私は嬉しく思うよ』

 突然聞こえてきた声に、志郎は反射的に辺りを見回すが――誰も居ないし、スピーカーのような物も無い。

『突然声が聞こえて、驚いたことだろう。だが、聞いて欲しい。私はシグマに与する者ではない』

 声は、依然として聞こえる。そして、気付いた。この声は、直接頭の中に響いている。

『メッセージの容量は少ない。手短に伝えよう。近くに隠し通路がある。パスコードが分かったら、そこを通って奥に向かってくれ。――これを聞いている君が、シグマの打倒を望む者であることを、切に願う』

 声は、そこで途切れた。
 突然のことにもそれほど動揺せず、志郎は思考する。考えるのは、声の主が何者か、ということ。
 分かることは、声の感じから恐らくは男性のものであるということと、あの声からは毅然とした意思が感じられたこと。
 しかし、果たして信じていいものか。これも、シグマの巧妙な罠である可能性も捨てきれない。後で、「ゲェ!」と言うような事態に陥ってからでは――

――確かに、疑っている間は敵を見つけられるかもしれんがよ。
        信じてみなきゃ、“仲間”は見つかんねぇだろ――

 ふと、頭を過ぎったのは、ある人の言葉。本郷先輩と一文字先輩と共に、ショッカーを壊滅まで追いやった人物……自分達を何の躊躇いも無く、「人間だ」と言い切った人の言葉。
 志郎は、ふっ、と小さく笑みを浮かべる。
 見ず知らずの人の「シグマに与する者ではない」という言葉、信じてみるか。それに、『虎穴に入らずんば虎児を得ず』とも言うし、な。
 そう決めると、志郎は早速部屋を詳しく調べ始め、数分後、箪笥の裏に隠されていたスイッチを見つけ、それを押すと近くの壁が動き、そこから入力装置とモニタが現れた。
 蛇足だが、床には『ミアンヌプロマイド』なる物が落ちていた。特に興味がないので放って置いたが。
 壁に嵌め込まれた入力機器にはPCと同じ配列でアルファベットが並んでおり、その前に立つと、それを感知してか、モニタに文字が表示された。

『我は、世界を成り立たせる理。理を知る賢者の名は?』

 何を言っているのか良く分からないと、風見は頭を捻った。そして暫く後、ふと、ゼロに渡されたPDAを確かめた。確か、支給品の1つの剣の説明文に。
『――古代魔法王国ジールの“理の賢者・ガッシュ”の作品――』
 あった。恐らく、この“ガッシュ”がパスコードだろう。
 志郎はすぐに“ガッシュ”と入力する。

『――理を知る者を、我は歓迎する』

 モニタにメッセージが表示されると、すぐ横の壁が動き、下へと向かう階段が現れた。これが、先程のメッセージにあった隠し通路だろう。
「さて、どうしたものか……」
 そこで、志郎は考える。ここまで来て尻込みをしているのではない。彼が考えているのは時間だ。
 階下へと続く隠し階段。そしてその先にある“何か”。それを知らせたシグマに与していないという人物からのメッセージ。
 恐らく、詳しく調べるとかなりの時間が掛かるだろう。1人では尚更だ。
「一度戻って、このことを知らせるか……それとも、俺だけである程度調べておくか……どうするかな」
 階段には、まるで志郎を誘うように、光が明滅し、奥へと点々と続いていた。






「お、俺は……?」
 凱は眠りから覚めると、まだボンヤリとした意識を覚醒させるべく、記憶を辿った。
 村雨の遺体を見つけて、その後、バイクに撥ねられて気絶した。そして目が覚めた直後に恐竜型のサイボーグと戦闘を行い、チンクと情報交換をして眠っている風見を任された。そして、ここへやって来たハカイダーとの戦闘……!
 そこまで来て、凱の意識は一気に覚醒した。
 ハカイダー。この殺し合いに乗り、互いの命と、“勇者”と“悪”としての誇りを懸けて戦った、勇敢な戦士。
 決着の直前、自分が後ろから撃たれると、ハカイダーは激昂して犯人に挑みかかった。そして、その戦いを見届けた後、自分は意識を失って……!
「ハカイダー!!」
 彼は今、近くにいるのか!?
 身を乗り出そうとして――硝子に頭をぶつけた。もしも周囲が何らかの溶液に満たされていなければ、かなり派手な音が鳴っていたことだろう。いや、硝子が砕け散っていたかもしれない。
「目が覚めたようだな」
 溶液のせいだろう、くぐもった、しかし利発そうな青年の声が聞こえた。見ると、自分の入っているポッドの前に、赤い鎧を身に纏った金髪の青年が立っていた。
「待っていろ。今、ポッドを開ける」
 青年が誰なのか気になったが、自分が目覚めるのを待っていたことと、眠っていた自分を襲わなかったことから、この殺し合いに乗っている人物ではないことは確かだ。もしかしたら、風見さんの仲間なのかもしれない。
 そんなことを考えながら、凱は溶液が無くなり、ポッドが開くのを待った。ここで気付いたのだが、不思議なことについ先程まで溶液に浸かっていたにも拘らず、体も衣服もぬれていなかった。
「俺はGGG機動部隊隊長、獅子王凱だ。君は?」
 凱は回復ポッドから出ると、早速自己紹介を始めた。金髪の青年も、それにすぐに応じてくれた。
「俺はゼロ。イレギュラーハンターに所属するレプリロイドだ」
 ゼロの素っ気無い返答にも、凱は満足だった。こうしてまた、この殺し合いを打倒する為の同志と出会えたのだから。
「ゼロか、よろしくな」
「ああ、こちらこそ」
 凱が手を差し出すと、ゼロはその手を取ってくれた。
 そういえば、彼の言っていた『イレギュラーハンター』と『レプリロイド』とはなんだろうか。前者は何らかの仕事で、後者は特殊なサイボーグの呼称だろうか。
 そんなことが気に掛かったが、些細なことなので捨て置いた。今優先すべきは、現状の把握だ。
「それで、状況は? 風見さんとハカイダーは?」
 凱が問うと、ゼロは首だけ動かして後ろ――階段を指した。
「風見ならば、今、この修理工場を調べている。これだけの規模だ、何処かに何かが隠されている可能性もある」
 言いながら、ゼロは自分の胸を軽く叩いた。その意味するところは、恐らく、体内に仕込まれている爆弾だろう。確かに、ここが修理工場なら爆弾の撤去が可能な設備があるかもしれない。
「それで、ハカイダーだが、既に此処を出ている」
 その言葉に、凱は、そうか、と頷いた。
 ハカイダーも相当の深手を負っていたはずだが、どうやら大分前に発ってしまったようだ。その時に目覚めなかったことが悔やまれる。
 ――その時目覚めていたとして、俺は、どうしたんだ?
「……お前も、ハカイダーと戦ったらしいな」
 ゼロは凱の思考を遮るようにして、そのように言ってきた。その言葉に、凱もすぐに反応する。
「俺も……ということは、君も?」
 聞き返すと、ゼロはゆっくりと頷いた。
「ああ。それで、お前の考えを聞きたい。奴を――ハカイダーをどう思う?」
 その問いに、凱は思い出す。ハカイダーとの激闘を。
 あの勝負は、本当に紙一重だった。もし、ハカイダーの状態が少しでも良好だったら、もし、自分に少しでも手傷があったなら、立場は逆転していただろう。
 恐らくハカイダーは、この殺し合いの中でも屈指の強者。それは間違いない。
 だが、今言うべきことはそんなことではない。今、言うべきことは――
「俺は……ハカイダーが悪人とは、どうしても思えないんだ」


 凱の言葉を、ゼロは何も言わずに聞く。そして視線を送り、無言で先を促した。凱は頷くと、瞑目し――ハカイダーとの戦いを思い出しているのだろう――ゆっくりと口を動かした。
「誇りを持って戦いに望み、相手に最大限の礼を尽くし、悔いることなく敗北を受け入れ――そして、汚い横槍が入れば、その相手に激怒して挑みかかり、先程まで戦っていた相手を、自らを倒した敵を……俺を守ってくれた」
 凱の語った内容に、ゼロは驚いた。
 ――ハカイダーが敗北を受け入れた。
 まさか、あのハカイダーに勝ったとは。この凱という男の戦闘能力は、自分と同等か、或いはそれ以上なのだろう。
 ――汚い横槍を入れた相手に激怒して、先程まで戦っていた相手を、自らを倒した敵を守る。
 これには納得できる。かく言う自分も、溶鉱炉に落ちる寸前のところを、ハカイダーに助けられたのだから。あの男が、単純な破壊者でないことは、自分も良く知っている。
「きっと、彼は――“悪”である前に“戦士”なのだと思う」
 凱は最後に、そのように締め括った。知らぬ内に、ゼロもそれに頷いていた。そして、ハカイダーをどうすべきか、という思いも、殆ど決まった。後は、この男の考えを全て聞くだけだ。
「お前はあいつをどうしたい?」
「俺は、彼を仲間に……同じ志を持つ“勇者”にしたい」
 凱の答えも定まっていたのだろう。問うと、すぐに答えが返ってきた。
 だが、現実はそう甘くないだろう。
 ハカイダーは自分の生き方に、名前にまで持たされた“破壊”という存在意義に誇りを持っている。その男を変節させるのは、困難極まりない。
 だから――
「それが、不可能だった時は?」
 奴とは最後まで、敵対する可能性の方が高いだろう。あの男に更正の可能性は感じるが、あれ程の誇りを持っているが故に、その生き方を変えない可能性の方が高いだろう。
 すると、凱はゼロに背を向けると、先程まで自身が入っていた回復ポッドの横に立て掛けられていた剣を手に取った。
 ゼロの使う“セイバー”とは違う、千年以上も昔に人間が用いていたような、古めかしい剣だ。正直、とても実用に耐える物には見えない。
 しかし、凱がそれを手に取った瞬間、その剣から何かを感じた。力強い何か――そう、風のようなものを。
「その時は……俺がもう一度――今度こそ、ハカイダーを倒す」
 ゼロに背を向け、剣に目を向けて、凱は断言した。その言葉に迷いはない。
 ハカイダーと戦い、そして勝ったからこそ分かるのだろう。あの男との戦いに“情け”を挟むということは、最大級の侮辱だと。だから、戦うことになれば情けも容赦もしない。
 その返答に、ゼロは満足した。凱は甘いところもあるが、同時に戦いの厳しさも知っている戦士――それが分かれば充分だ。
 そして、自分の考えも定まった。
「……そうか。ならば、俺もそれに、可能な限り協力しよう」
「ゼロ?」
 言うと、凱が驚いたようにこちらを振り返った。
「俺も、お前と思うところは一緒だと言うことだ。それに、俺はあいつに助けられた。奴にその借りも返したいのでな」
「そうか! ありがとう、ゼロ! 心強いぜ!」
 言いながら、凱は剣を左手に持ち、右手で半強制的に握手をしてきた。正直、少々暑苦しいが――まぁ、いいだろう。
「では、ハカイダーのことはこれぐらいにして、情報交換をするか」
「そうだな」
 そうして、情報交換を始めたのだが……この男、持っている情報が少ない。
 ハカイダーと戦った仮面ライダーZXの遺体を確認した後、走っていたら前方不注意でチンクと風見の乗っていたバイクと衝突して気絶。その後目覚めると、すぐに例の恐竜型レプリロイドと戦闘し、暫く後にハカイダーとの戦闘で力尽きて気絶。
 ……気絶してばっかりだな、こいつ。
 ゼロはノーヴェから聞かされた時空管理局や、因縁の敵であるシグマについて、そして要注意人物である神敬介やスバル・ナカジマ、シグマの影武者についての情報を提供した。その中で、凱がシグマウィルスの話に特に反応したので、訊いてみた。
 どうやら、凱のいた世界にも人間の精神を狂わせる『ゾンダーメタル』というものがあり、それは取り付いた対象のストレスなどのマイナス思念を増幅し、暴走させて、果ては宿主を異形の姿へと変貌させ、更には巨大化させることもある代物だという。
 話を聞いて、ゼロは溜息を吐いた。
 シグマウィルス、液体金属の影武者、そしてゾンダーメタル。殺し合いを促進させる凶悪極まりない要素が、こんなにもあるのか。
 ゾンダーメタルに関しては持ち込まれていない可能性もあるが、持ち込まれて、支給品として配られている可能性が高いだろう。
 凱も同様に、シグマウィルスの効力に表情を憤怒に変えていた。どうやら、エックスに負けず劣らずの正義感の持ち主のようだ。
 情報交換も粗方終わり、風見が戻ってくる様子も無いので、凱がゼロに回復ポッドに入るように勧めてきた。ゼロもそれを了承し、回復ポッドに入ろうとした……その時、聞き覚えのある排気音が聞こえてきた。
「ん? この排気音は……」
「俺も聞き覚えがあるな。ということは、チンクさんが戻ってきたのか?」
 聞こえてきた排気音に、凱にも聞き覚えがあるらしい。そのことからほぼ間違いなく、チンクのバイクであると考えられる。だが、しかし。
「……妙だな、早過ぎる。それに、あのバイクの排気音だけ、というのは……」
 ノーヴェ達と合流してここに来たにしては早過ぎる。もしそうだったとしても、ノーヴェ達は4人で行動していた。
 あのバイクに5人も乗れるとは思えないし、あいつらが使っていたタンクローリーを置き去りにすると言うのも考え難い。と、いうことは……
「まさか、ノーヴェさん達の身に何かが!?」
 凱も同じ考えに至ったらしい。ゼロはそれに頷き、凱と共に外へ向かう。
「とにかく、行ってみるぞ」
「ああ!」
 単に、チンクが先行していて、後からノーヴェ達のタンクローリーが続いてくると言うだけかもしれない。
 そう考えても、どうにも自分の勘<センサー>が喧しく喚くのだ。
 これは、人間の諺で言う『虫の知らせ』というやつなのだろうか。






「……何時まで泣いているつもりだ、ドラス」
 チンクはサイクロン号を運転しながら、後部座席に座らせているセインに瓜二つの少年――ドラスに声を掛けた。
 ドラスは雪原エリアで拾ってから、ずっと泣いている。……原因はほぼ間違いなく、ノーヴェ達との死別だろう。
 それは分かっている。その気持ちも分かる。自分だって、感情を、ノーヴェとセインを殺された怒りを、今すぐにでもぶちまけてしまいたい。
 だが、そういうわけにはいかないのだ。“姉”として託されたからには。
「…………どうして、お姉ちゃんは……僕を、助けてくれたの?」
 漸く、ドラスが言葉を発した。しかし、声にはまだ力が無いし、泣き続けたせいで少し枯れている。
 だが、そんなことは殆ど気にせず、チンクはドラスからの重要な問いに答えた。
「私は“姉”だ。“妹”の頼みを聞くのも……妹に託された“弟”を助けるのも、当然のことだ」
 チンクの声には確固たる意志と、優しさが込められていた。
 ノーヴェは短気で、喧嘩っ早くて……何時までも姉離れの出来ない、一番世話の掛かる妹だった。ノーヴェが妹達――ディエチやウェンディやディードの面倒を見ることなど一切なく、寧ろ同等の立場で一緒に騒いでいたくらいだ。特にウェンディとは。
 だが、そのノーヴェが“姉”になったのだ。ドラスを“弟”として、大事にしたのだろう。あの遺言を読んで、そんなことは容易に分かった。
「妹って、まさか……ノーヴェお姉ちゃん……?」
 どうやらノーヴェからチンクの事を聞いていなかったらしく、ドラスはそんなことを訊いてきた。……きっと、話す暇もなかったのだろう。
 静かに頷き、答える。
「ああ、そうだ。私はチンク……ノーヴェとセインの姉だ」
 言うと、ドラスの体が震え始めた。
 また泣くのかと思ったが、そんな様子はなく、震えも少しずつ収まっていった。だが、完全には消えず、その弱々しい震えが、ドラスの心を表しているようでもあった。
「……なさい」
「今、何と言った?」
 サイクロン号の走行音で掻き消えてしまった言葉を、チンクは静かに聞き返した。
 暫くの沈黙の後、ドラスは先程よりも大きな、弱々しい声で言った。
「……ゴメンなさい。僕が、僕が……あいつに手を出したから…………僕のせいで、ノーヴェお姉ちゃんも、メカ沢お兄ちゃんも、ロボも……!」
 その言葉を聞いた瞬間、一瞬、チンクの頭の中で何かが爆ぜた。
 この餓鬼のせいで、ノーヴェが死んだ――?
 そう考えて……慌てて頭を振って、その思考を振り払った。サイクロン号のバランスが僅かに崩れたが、すぐに持ち直す。
 私は今、何を思った!? ノーヴェに託された“弟”を、どうしようと思ったのだ! こいつは……ドラスは、ノーヴェの――私の“弟”なのに!
 チンクは自らの愚考を叱責した。そして、ドラスにも声を掛ける。
「…………だったら、お前は精一杯生きろ。ノーヴェの分も! その、メカ沢やロボというヤツの分もだ!」
 それは激励と言うよりも叱責のようで、半分以上は自分に向かって言っているようだった。そのことは、チンクも自覚していた。
「けど、僕なんかじゃ……」
 相変わらず弱々しいドラスの言葉に、チンクは一度サイクロン号を止めて、降車した。そして、ドラスと顔を合わせて、はっきりと言った。
「大丈夫だ。私が――姉が、お前を守ってみせる。……今度こそ、な」
「チンクお姉ちゃん……」
 ドラスは目に涙を浮かべて――チンクに抱きついて、また泣き始めた。チンクはドラスを優しく抱き締め、その涙を受け入れた。

 切っ掛けは、セインと同じ容姿だったのかもしれない。だが、それだけでナンバーズ以外の姉妹を――いや、弟を認めることなどなかったはずだ。

 約1分後、まだ泣いているドラスに仲間との合流を急ぐと言い聞かせ、再びサイクロン号に跨って目的地の修理工場へと急いだ。
 先程は勢いのまま、ついついああしてしまったが、このエリアにはボイルド、策を弄する狡猾な紫のロボット、凶暴化しているというスバル、そしてハカイダーと4人の強力な危険人物がいる。先程奇襲を受けなかったのは僥倖だろう。以後、気をつけなければ。
 とにかく、今は修理工場に向かう。詳しい話は、風見と合流してからにしよう。
 そう考えて、チンクは今になってある致命的な事に気付いた。
 ……修理工場に風見がいなかったらどうしよう。
 既に風見が回復して、凱という男と共にボイルドを探しに出ている可能性は十分にあるのだ。それだけならまだいいが、最悪、代わりに今挙げた危険人物が居座っている可能性もある。
 自分の浅慮を恥じるチンク。それを、彼女に掴まりながら不思議そうに見るドラス。
 だが、風見があそこを拠点に定めて、まだ残っている可能性だってある。殺し合いに乗ったバカ共を倒し、この殺し合いを転覆させる同志を募る為に。うん、そうだそうだ。
 そのようにして自分を納得させている内に、修理工場に着いた。サイクロン号の性能は流石と言うべきだろう。少々大きいのが難だが。
 直後、修理工場からこちらに向かってくる2人の人影を確認した。
 風見と凱か。それとも、結託した危険人物か。
 後者の可能性を想定して、チンクはサイクロン号を何時でも発進できるようにして――すぐにやめた。
「チンクさん!」
 修理工場から出てきたのは、風見を任せた凱と、ノーヴェの情報をくれたゼロだった。
「お前達か……」
 友好的な人物達の出迎えに安堵してサイクロン号から降り、ドラスも後部座席から降ろす。
「その子が一緒と言うことは、ノーヴェ達は……」
 ゼロはドラスの姿を認めると、そう言ってきた。決定的な言葉を言わないのは、彼なりの思いやりだろうか。
「……ああ、そうだ」
 肯定すると、ゼロは頷き、瞑目した。きっと彼も、ノーヴェのことを心配していてくれたのだろう。
「チンクさん……」
 振り向くと、凱がなんとも言えない表情で立ち尽くしていた。その様子に、ついつい苦笑する。
 ほんの少し言葉を交わしただけの相手のために、この男はこんな表情をするのか。とんでもないお人好しだ。だが……ドラスのことも考えると、今はそれがありがたい。
「風見がいないようだが?」
 努めて冷静に、チンクは問うた。彼らがいて風見がいないというのは、少々気に掛かった。
「あいつには修理工場の探索をやってもらっている」
「そうか……」
 ゼロの簡単なジェスチャーから、体内の爆弾を除去する為の手掛かりの探索と分かった。
 そして、風見もここにいると知って、チンクは安心した。なんだかんだ言って、一番信用している相手なのだから。
「俺はGGG機動部隊隊長、獅子王凱だ。君の名前は?」
「………………ドラス」
 気が付くと、凱が何時の間にかドラスの傍まで移動していて、自己紹介をしていた。ドラスは怯えながらも、小さな声で名乗った。
 すると、凱は先程の表情が嘘のような、明るい笑顔を作った。きっと、ドラスを元気付けようとしているのだろう。
「ドラスくんか、よろしくな」
 凄いな。私でさえ見間違えたのに、ドラスを一目で男と見抜いたか。
 凱はまだ何か聞きたそうだったが、それを飲み込み、別の問いを投げかけた。
「それで、君達を襲ったのはどんなやつなんだ? 辛いことかもしれないが……頼む、教えてくれ」
 その問いを聞いて、チンクの体温が上がる。体内から沸々と、熱い何かが湧き上がってくる。
 湧き上がる感情に任せて、チンクも凱の問いに便乗し、ドラスに強く問うた。
「頼む、ドラス。聞かせてくれ! 私は、姉は……ノーヴェの仇を討たねばならないのだ!!」
 そう言うと、突然、ドラスの表情が恐怖に染まり、殆ど叫ぶように言ってきた。
「む、無理だよ! お姉ちゃんがどんなに強くても……あいつに、仮面ライダーに勝てるわけないよ!!」
 ドラスが言った下手人は、聞き覚えのある名前だった。そう、この殺し合いの場で初めて出会った男が、そう名乗っていたはずだ。
 『仮面ライダー』と。
「なん……だと……!?」
 背後から聞こえてきた声に振り返る。
 そこには、呆然とした表情で立ち尽くす、風見志郎がいた。




 志郎は探索を一度打ち切り、凱とゼロに簡単な説明をすることを選んだ。長時間の探索の間に、不測の事態が起こらないとも限らない。小まめな連携がこの状況では重要だと、1階に下りた。
 しかし、回復ポッドのある場所には誰もおらず、代わりに外から話し声が聞こえてくる。
 戦闘が行われていないことから、少なくとも好戦的な者の来襲ではないと考え、自分も外に出て――いの一番に聞こえてきた言葉は、風見の心を激しく揺さぶった。
 ――仮面ライダーに勝てるわけが無い。
 どこか見覚えのある少女が、恐怖と悲しみに染まった表情で、そう叫んだのだ。ならば、その言葉の意味は、一つしかない。
 だが、志郎には信じられなかった。否、信じたくなかった。
 正義の戦士である仮面ライダーが、人々を脅かす悪に成り果てるなど、あってはならないことだから。
「お前を襲ったのは……本当に、仮面ライダーなのか!?」
 だからだろうか。怯えている少女に、鬼気迫る表情で詰め寄ってしまったのは。
 凱とチンクがこの行動を咎めたが、今はそんなこと、知ったことではない。
 そうか、チンクが戻って来ていたのか。……ああ、そして、この少女はチンクの連れか。そういえば、あの時シグマに殺された少女によく似ているな。
 志郎はどこか、混乱した思考の自分を冷静に見つめていた。そして、少女が口を開くのを待った。
「本当、だよ……。あいつが…………銀の仮面の、あいつ……が…………う、うああぁぁぁ――」
 少女はそう言って、泣き崩れて――志郎は驚愕のあまり、足がふらつき、数歩後ろに下がってしまった。
「敬、介……!」
 銀の仮面の、人々を脅かすカメンライダー。
 再び齎されたその情報は疑いようもなく、自分の良く知る後輩――神敬介に間違いなかった。
 何故だ……何故だ、敬介! どうして、どうして……お前が……! 家族を、愛する人を失う悲しみを知っているお前が……!
 敬介と志郎にはよく似た経歴がある。それは――悪の組織に愛する人々を奪われた過去。
 本来ならばその悲しみを知る敬介こそが、奪う者達から彼女達を率先して守る存在だ。それなのに……。
 シグマの影武者と言う可能性も、少し前までは考えていた。だが、探索の合間にゼロからの情報を思い出し、熟慮し、それはありえないと、自分自身で否定していた。
「お前の後輩か、風見」
 気が付くと、チンクが目の前に立っていた。その目は、憎悪と怒りと悲しみが渦巻いていていて――まるで、過去の自分を見ているようだった。
「チンクさん!」
 凱が制止の声を上げたが、それも聞こえていないのか、チンクは志郎にナイフを突きつけた。
「お前の後輩が! ノーヴェを……私の妹を殺したのか!! 風見!!」
「ッ!」
 チンクから告げられた決定的な事実に、志郎は言葉を詰まらせる。
 とうとう、そこまで堕ちてしまったのか、敬介……!
 何が、お前にあったのか、俺は知らない。どうして、お前がそんなことをやっているのか、俺には分からない…………だから、せめて、これだけは確かめよう。
「君の、名前は?」
「ド、ドラス……」
 チンクの問いには答えず、志郎は少女に名を尋ねた。少女は少し怯えながらも、名を教えてくれた。
「……ドラス。そいつは、『仮面ライダー』を名乗ったのか?」
「……ううん」
「そう、か…………」
 ドラスの言葉に、志郎は瞑目する。
 『仮面ライダー』を捨てたのか、それとも奪われたのか……どっちなんだ、敬介。……いや、どちらであろうと、お前がもう戻れない所まで堕ちていると言うのなら、俺は……!
「風見!!」
 志郎の黙考を自分の問いに対する無視と感じてか、チンクは声を荒げ、ナイフを振りかぶった。それを見て、慌ててゼロと凱が止めに入った。
「落ち着け、チンク。シグマの影武者、奴の存在を忘れたのか?」
「そうだ! それに、こんなことで仲間割れをするなんて……それこそ、シグマの思う壺だ!!」
「ぐ、ぐぅぅぅ~!!」
 ゼロと凱の言葉に、チンクは呻いた。彼らの言葉は正しい、だからこそ苛立つ。必至に自制しても、当て所の無い怒りを、自分の感情で制御できないのだろう。
 ……それが分かっているからこそ、志郎は口を開く。
「いや、敬介だ」
「風見さん!?」
 凱が驚きの声を上げたが、それを無視して、志郎は淡々と自分の考えを告げた。
「姿形を真似る事が出来たとしても、仮面ライダーの技は一朝一夕で身につくものじゃない。だから、そいつは、ほぼ間違いなく……神敬介、俺の後輩だ」
 ゼロから敬介の話を聞いた時、半ば気付いていたことだ。
 シグマの影武者は、仮面ライダーXの“姿”や“力”を真似できたとしても、“技”を真似ることは出来ないのではないか、と。
 自分の知る似た事例では、かつて仮面ライダー1号と仮面ライダー2号を模倣して作られたショッカーライダーも、“技の1号”と“力の2号”を完全に模倣できなかったらしい。
 ならば、シグマの影武者には出来るのか? 仮面ライダーXを象徴する2つの技――Xキックが、真空地獄車が。
 答えは――否だ。血反吐を吐くような特訓と、傷付きながら戦い続けた経験に裏打ちされたあれらの技を、そう簡単に真似できるはずが無い。
 だから志郎は、殺し合いに乗った銀の仮面のカメンライダーを――神敬介と断言した。
「風見ぃぃぃぃぃぃ!!」
 吼えるような叫びの直後、チンクは志郎の足を払って仰向けに倒れるように転がし、その顔面にナイフを突き立てようとした。それに対して志郎は一切抵抗せず、されるがままだ。
 それを見て、ドラスは呆然としていたが、ゼロと凱の行動は素早く、2人がかりでチンクを止めて、志郎から引き離した。
「チンク! やめろ!」
「チンクさん! 風見さんだって辛いんだ! それに、彼に怒りをぶつけても、何の解決もならないぞ!!」
「だが……だが!」
 ゼロと凱の叱責にも、チンクは唸るだけだった。それを見て、志郎は改めて、敬介の犯した罪を確認し――自分が負うべき責任も自覚した。
 志郎はゆっくりと起き上がると、未だ呆然としているドラスに向き直り、静かに問うた。
「……ドラス。仮面ライダーが恐ろしいか?」
「え……?」
 志郎の問いに、ドラスは驚いたような声を漏らした。声が掛けられたのが意外だった、と言うこともあるだろうが、この表情から察するに、図星を突かれたからだろう。
「頼む。答えてくれ」
 『仮面ライダー』という言葉を出すだけで泣き崩れてしまった先程の様子で、ドラスが仮面ライダーを恐れていることは殆ど確信している。だが、気になることが2つある。
 1つは、どの程度、仮面ライダーを恐れているかと言うこと。もう1つは、どうして敬介と戦うことになったのか、ということだ。
 本当は、敬介が名乗ってもいないのに、どうして仮面ライダーを知っているのかも問い質したいが、それは一先ず後回しだ。
「…………怖いよ、怖いに決まってるよ。だって、仮面ライダーは『ネオ生命体』……究極の生命体の完成品なんだよ? そんなヤツと戦って、勝てるわけない…………
 それを、もっと早く分かっていれば…………僕が、調子に乗って……戦いを仕掛けて、返り討ちにされて……それでも、僕が、生きているのも……ノーヴェお姉ちゃんが、メカ沢お兄ちゃんが、ロボが…………助けて、くれた、から……!」
 目に涙を湛えて、恐怖に震えながら、それでもドラスは答えてくれた。彼女の大切な存在についても、言ってくれた。
 ……成る程、よく分かった。恐怖の程度も、戦いの切っ掛けも。
 ならば――
「究極の生命体だと? 笑わせてくれるな」
 俺は、悪役を演じるとしよう。





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090:紅の戦士達 風見志郎 芽生え(後編)
090:紅の戦士達 獅子王凱 芽生え(後編)
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