夕方。
陽が暮れる時刻が早まり、冷たい風が肌に凍みるのを堪えきれなくなってきた12月のある日。
綾里真宵はいつも通りの買い物を終え成歩堂法律事務所へ帰ってきた。
その際、郵便受けを覗いて依頼人からの手紙や弁護士会からの通達などなどを事務所の“仮の”主である
成歩堂龍一・通称『なるほどくん』へ手渡すのが真宵の仕事の一つであった。助手として極めて重要な業務だ。
ポストから取り出したいくつかの紙切れ・封書を確認する。
滞納した家賃の督促状、水道料金の案内、ダイレクトメール・・・ふと、白い何の変哲もない封筒が目に入った。
宛名はあたし、綾里真宵。差出人の名は無い。
内容について考えを巡らせながら事務所の扉を開け、反射的にただいまぁ、と声を上げるが返事はなく、
なるほどくんに出かける予定があったのを思い出して舌を出す。
もう一度封筒へ目をやると住所や宛名が定規で引っ張って文字を書いたように角ばっているのに気づいた。
ユニークにも見える字がこの時の真宵にはある不安が思い当たった。

四日前のことである。
例によって買い物を終えた彼女は急ぎ足で事務所への帰路をたどった。
どうしても観たいテレビ番組に合わせて買い物を終えたつもりが急に尿意を催し公園のトイレに駆け込んだのだった。
お目当ての特撮ヒーローモノはオープニングのイントロから始まると堅く信じる彼女にとって1秒の遅刻も許されないのだ。
当然郵便受けなど後回しでなんとかテレビに間に合った。番組で敵を倒すシーンに大興奮し、ヒーローのアクションを何度も
真似るという有酸素運動に汗をかいた真宵は少し早いがシャワーを浴びることにした。
問題はその最中に起きたらしい。シャワーを浴び終え体を拭いた真宵は脱いだ衣服の入ったカゴに一番上に置いた
はずの下着がなくなっていることに気づいた。白いだけの無地の綿100%パンツだ。
あわてて周囲も隈なく探したが結局見つからなかった。

封筒の先端をハサミで切り裂きながら真宵はあの日の焦燥を思い出した。
もしかして最初から穿き忘れてたのかな。
いや、買い物へ出かけた時の冷たい風が吹く中でその失態はすぐに気づくはず。
あの日事務所にはあたし以外誰もいなかった。なるほどくんも依頼人との打ち合わせで不在だったのだ。
では誰かが実は事務所のどこかに潜んでいてあたしが服を脱いだ隙に都合よくパンツだけ盗んでいったのだろうか。
もし盗まれたとしたら・・・あんな子供じみたパンツなんか盗んで一体どうするのだろう。
下着ドロの話はよく聞くが真宵には実のところ彼らの行動原理が理解できなかったのだ。
中から取り出した一枚の手紙はワープロで印刷された文字だった。以前成歩堂が扱った事件に筆跡を誤魔化すという
モノがあり、それを思い出した真宵の顔は段々と青ざめていく。
しかしとにかく読んでみることにした。


親愛なる綾里真宵様へ

突然のお手紙をお許しください。
差出人不明、宛名の字形のおかしさなどにさぞ驚かれたことでしょう。
たいへん無礼であることを承知でこのような手紙を貴方に差し出したのは理由があります。
単刀直入に申しますと私は12月×日に貴事務所に侵入し貴方の下着を窃盗した者なのです。

「え・・・」
そこで真宵は一旦止め、頭の中が真っ白になる。手紙を持つ手がプルプルと震えだした。
続きを読むことで彼女はすべての疑問に答えを掴むことになったのだ・・・

堅苦しい言い方はやめてそろそろ本題に入ろうか。真宵ちゃんのパンツは本当に良かった!
ぼくはあの日ずっと事務所に隠れてたからすべてを知ってるよ。君が急いで帰ってきたこと。
その理由がなんと子供向け番組を見るためだなんて(笑)もう19歳でしょ?カワイイんだから!
パンツもやっぱり子供っぽかった。白い綿のパンツだなんて予想の斜め上をいったね。
そしてテレビ観て大暴れしたでしょ?そのときの汗がいい感じに臭くてぼくも大興奮だよ!
本当はシャワーを浴びる姿も見たかったけど“鮮度”が落ちるとよくないからすぐに近くの公園のトイレに駆け込んだのさ。
まだ温もりが少し残ってたけど寒さのおかげでよく感じ取れたんだよ。思わず何度も頬ずりしちゃったよ。
それからさ真宵ちゃん。おしっこの臭いがしたよ!?これはどういうことかな?まさか漏らしちゃったのかな?(笑)
おかげで何度もオナニーしちゃったよ。オナニーってわかる?真宵ちゃんのパンツで興奮して精液を出すの。
とくに温もりが残ったパンツをペニス、オチンチンのことだよ、に巻きつけて真宵ちゃんの温もりを感じつつ逝った時が一番だったね。
まるで真宵ちゃんとセックスしてるみたいで気持ちよかったよ。ぼくはいつもそのつもりでオナニーしてるけどね。
真宵ちゃんのパンツは家宝にするよ。だけど独り占めは良くないかなぁ。
霊界のアイドルの異名をとる真宵ちゃんにはファンがたくさんいるんだよ。知ってたかな?
その皆に見せてあげよっかな・・・
とにかくありがとう!これからも真宵ちゃんのこと応援するからね。
追伸:大事な鍵をスーパーに忘れちゃダメだよ
                                       貴方の熱狂的ファンより

全部を読み終えるのにどれだけ時間がかかっただろうか。
絶句と眩暈を繰り返しながらとうとう最後まで読んでしまった。
なぜパンツなんか欲しがるのだろうと思った。しかしそんな答えなど知らないほうが良かったに違いない。
真宵を恥ずかしさと恐怖心が完全に包み込んだ。
もうどうにもならない。足の裏が痒くても下駄を脱いで掻けばいい。だがこれはどうにもならない。
自分の知らないどこかで誰かがあたしの下着を好きなだけ弄んで非常にいやらしい妄想をしてるのだ。
さらにその恥辱は他の男たちに伝わってしまうかもしれない。そんな絶望感まで襲ってきた。

真宵は手紙の文面を嫌でも思い出す。
臭い・・・あたしの臭いって・・・ああ・・・やめて・・・臭いなんか嗅がないでよ・・・
ひ、ひどいよ・・・恥ずかしい・・・恥ずかしいよお・・・・
温もりって・・・下着を男性のアソコに巻きつけるなんて・・・
い・・・いや・・・・いや・・・・・・やめてよ・・・・・・いや・・・・・
あたしは想像しちゃった・・・あたしが顔も名前も知らない男の人・・・
しかも極めて歪んだ顔、声をした男の人にあたしの裸身を抱きこまれ
臭いや温もりが手に取るように伝わってしまう・・・
そしてあたしの、その・・・陰部に・・・彼の・・・・・・・
逃げないと・・・ああ・・・もうダメ。逃げられないよ・・・。

「え・・・?なに・・・?」
真宵は装束の裾をまくり陰部に手をやった。下着が濡れていた。
その意味は分からなかったが体を守るための分泌であったことは間違いない。

ただ、そうは解釈しない男がいた。今、真宵とはそう遠くないところにいるのだろう男。

「真宵ちゃんったら・・・ぼくの手紙を読んで下着が濡れちゃってるよ!嬉しいんだね!ぼくも興奮してきた。」

妄想の共有に成功した男は白い布を取り出すとそれを陰茎に巻きつけ、“セックス”を開始した。
すべてはまだ始まったばかりだ。
最終更新:2010年03月26日 20:23