「あー…。今日の裁判も大変だったな…。」

「そうだねー。御剣検事の助けがなかったら、なるほどくん、あそこで死んでたねー。」


「そ、そこまで言わなくてもいいじゃないか…。僕だって結構頑張ったんだからな…。」

「あはは、ごめんごめん。」


いつも通り、裁判が終わって、事務所に帰ってきた僕たちは他愛もない会話をしていた。



だが、さっきから真宵ちゃんの様子がおかしい。

そわそわしているというか、なんというか。何かが気になってしかたがないという感じだ。

「真宵ちゃん、さっきからどうしたの?なんかすっごくそわそわしてない?」

「え、あ、そんなことないよ!!さっき裁判で何回も死に際を感じたからかな!」

「そ、それは悪かったな…。どうせ、テレビでトノサマンが見たいとかそんなんだろ?」

「そんなんじゃないよ!なるほどくんのあんぽんたん!」

真宵ちゃんは、一瞬顔を曇らせたが、その後ワザとらしく怒った素振りを見せ、となりの部屋へ行ってしまった。

「あ、あんぽん…。」

(そんな怒ることなのか…。
真宵ちゃんのことだから、絶対トノサマンに関連することだと思ったんだけど…。)

最近、真宵ちゃんは子ども扱いされるのを以前より嫌がるようになった。

「あれでももう19歳だしな…。」

そう、真宵ちゃんと会ってからもう2年もたつ。
最初は、泣いてばかりで、とても頼りない少女だったのに、
今ではもう、そんな面影を感じさせない元気な゛少女゛になっている。

(少女…か。)

「ん…。でも、なんであんなそわそわしてたんだろう。気になる…。」

ふと、壁に掛けてあるカレンダーに目を向ける。


(今日は2月14日…か。)

「ん…?ってことは今日はバレンタインデーなのか!ま、まさか真宵ちゃんがそわそわしてた理由って…。」

(「誰かにチョコをあげるから」なのか…。なるほど。)

一人納得していると、隣の部屋から真宵ちゃんが帰ってきた。

「あ、真宵ちゃん。さっきは、勝手に決めつけてごめん…。真宵ちゃんも今はもう子どもじゃないのに。」

「ううん。いいの!確かにトノサマン好きだし、今も見てるし!」

(見てるのかよ…。)

ふと、先ほど考えていたことを思い出した。
「そうだ。真宵ちゃん。今日バレンタインデーで、誰かにチョコあげるんだよね?誰なの?」

「え。それは……。…。」

真宵ちゃんはひどく困惑した表情をしている。

その瞬間、僕が今言った質問は、以前誰かが言っていた「れでぃのぷらいばしー」に引っ掛かっているに気がついた。

「あ、ああごめん!今のはデリカシーのない質問だったよね!」

「あ、ああ大丈夫だよ…。」

その後僕たちは重い沈黙につつまれた。

(う…。やっぱりさっきの質問はまずかったよな…。でも誰にあげるんだろう。御剣か…?さすがに矢張とかではないだろうし…。)

僕はずっと、真宵ちゃんが誰にあげるのかを考えていた。

そのとき、一つの疑問が思い浮かんだ。
(ん…?なんで僕はこんなに真宵ちゃんが誰にあげるのかなんて気にしてるんだろう。よく考えてみれば、僕には関係ないことじゃないか…。真宵ちゃんももう19歳なんだし、恋ぐらいするさ。)

そんなことを自分に言い聞かせながらも、
僕は内心、かなりムシャクシャしていた。

「なるほどくん…。そんなにあたしがチョコを誰にあげるか気になるの?」

「え、あ、な、なんで?」
いきなり聞かれたものだから、
とても拍子抜けしてしまった。

「だってさっきからなるほどくん、ずっと難しい顔してるよ…。まるで御剣検事みたいに。」

(僕はそんな顔をしてたのか…。ていうか、御剣に失礼だろう。)

「あ、うん。まあ…ね。そりゃ僕もう真宵ちゃんと2年も一緒にいるからさ、保護者みたいなものだし。」

「保護者…か。」
真宵ちゃんは、なにか思い詰めたような顔をした。

本当はそんな「保護者」の気持ちで気になっているのではなかった。
もっと違う、他の気持ちから来ているもの。

しかし、僕はその気持ちを、言葉で表すことができなかった。

そのとき、真宵ちゃんは何かを思いに決めたような表情をして言った。
「あのね、なるほどくん、あたし好きな人がいるの。」

「え?」
これ以上聞きたくない

正直そう思った。
これを聞いてしまったら、僕の中の何かが崩れ落ちる。そんな気がした。

だが、そんな僕の感情を無視するかのように彼女は話を続けた。

「その人はすごく信頼できて、まるで家族のような関係。」

「…。」

「でも、恋するには近すぎる存在だったんだよね…。あたしもずっと゛恋゛として好きなんだって気づいてなかった。気づいたのはつい最近。」

話を聞いているうちに、
当てはまる人物を一人見つけてしまった。

自分でも信じられなかった。
そして、気づいていなかった。

真宵ちゃんがチョコを渡そうとしてた人物…。そして、恋をしてしまった人物…。それは…


(僕…だったのか。)


その瞬間、今までの僕の言動は真宵ちゃんを深く傷つけてしまったことに気がついた。

(なんで今まで気がつかなかったんだ…。)

少しの沈黙があった。

しかし、僕は意を決して、口を開いた。
「真宵ちゃん…。それって僕かな。」

聞かずにはいられなかった。
いや、正確にはこのまま聞かなければ、彼女をこれからも傷つけてしまう可能性があったからだ。


「鈍感ななるほどくんでも、さすがに気づいちゃったか。」

真宵ちゃんは、少し嬉しそうにそしてさっきと同じ悲しそうな顔をして、後ろで隠していたものをそっと僕の前に差し出した。

真ん中にリボンがついている小さな四角い箱であり、
一目でバレンタインデーチョコだということがわかった。

「はい。なるほどくん、ハッピーバレンタインデー!」

「あ、ありがとう。」

正直安心した。
とても嬉しかった。


そして、
チョコをもらったのと同時に、
さっき感じた゛もっと違う、他の気持ち゛の正体に気づいてしまった。




(僕は真宵ちゃんを゛少女゛ではなく、いつの間にか一人の゛女゛として見ていたのか…。)



「なるほどくんには迷惑だったかもしれないけど、娘からもらったみたいに考えていいから!じゃあ、そろそろ帰るね。」

真宵ちゃんが帰ろうとしたときだった。

「ま、待ったああ!!」
考えることよりも先に声がでてしまった。
もちろん真宵ちゃんは不思議そうにこっちをみている。

今止めなかったら、何かが終わる

そんな気がした。


「返事を聞かないで帰るなんて、真宵ちゃんらしくないじゃないか。」

「…。」

「僕は、真宵ちゃんが誰かにチョコをあげるのを気にしていた。…そして、なぜかムシャクシャしていた。」


「…なんで?」

「僕も最初はなんでかわからなかった。だけど、今やっとわかった。」

真宵ちゃんはまじまじとこちらを見ている。

このようなことに、慣れていなかった僕は、中々言葉に出すことに踏み出せなかった。

しかし、言わないわけにはいかなかった。

このまま言わなければ、これからもずっと誤魔化し続けてしまう。

そう思い、僕は少しの間黙った後に、言った。




「僕も君が好きだ。」


僕は逃げずに真宵ちゃんの目を見た。
すると、彼女の顔が徐々赤くなっているのがわかった。

「な、なるほどくん、すとれーとすぎるよ…。」
真宵ちゃんは両手で顔を隠し、後ろを向いた。

正直とても可愛いと思った。


(抱き締めたい…。)



僕は机にチョコを置き、彼女を後ろからそっと抱き締めた。


「う、え、な、なるほどくん!?」

「真宵ちゃん、好きだよ。」

「…な、なるほどくん、からかってるでしょ!」

「そんなんじゃない、本当に好きだ。」

後ろからだと、顔は見えない。
だが、耳を見るとかなり真っ赤になっていた。

(やばいな…。クセになりそう。)

「~ッ!そういえば、ち、チョコ食べてよ!」
雰囲気から逃れるように、真宵ちゃんは、机においてあったチョコを渡した。
「あ、ああ。」

少し残念に思いながらも慎重にリボンをはずし、箱を開けると
なんともベタなハート型のチョコがあった。

゛なるほどくん
大好き ゛

ホワイトチョコでそう描いてあった。

「…不意打ちすぎるだろ…。」

「え?」
そんな僕を差し置いて、
真宵ちゃんは、僕を不思議そうな目でみた。

(明日から、理性を保つ自信ないなあ…。)


そんなことを思いながら、僕は真宵ちゃんの"チョコ"をくわえたのであった。
最終更新:2012年02月14日 06:58