ほどなくして呼吸を整えた成歩堂が、ノロノロと上体を起こして真宵の身体から離れた。
つい今しがたまで真宵を穿っていたモノとは思えないほど頼りないものがズルリと抜け落ち、
一拍遅れて秘穴から何かが溢れ出した。
すぐにそれが成歩堂の欲情の印だと気付いた。
秘穴から零れ出るその未知の感覚は、膣に射精されたという事実を強く真宵に認識させた。
同時に成歩堂とセックスしたという実感を真宵にもたらして、何とも言えない甘
く淫らな気分を覚えた彼女は、小さく喘いでしまった。

「ぁ……っ」

意図せず漏れた声の艶に気付いて、真宵は恥ずかしげに視線をさまよわせた。
思うように身体に力が入らないらしく、真宵は成歩堂を受け入れていた姿勢のまま、下肢を
だらしなく開いた格好でくったりとしている。
中心から白いものを溢れさせているその光景を目にした成歩堂は、罪悪感を感じて思わず目
を逸らしながら、脱ぎ散らかしていたパーカーを手繰り寄せて彼女の下半身に掛
けてやった。
どこか陶然と宙を見つめる真宵を抱き寄せると、脱力しきっている身体はあっさり彼の意思
通りに胸の中に飛び込んで来る。
華奢で、なのに柔らかい真宵。

真宵の息遣い、鼓動、温もりを感じながら、成歩堂はこの七年に思いを馳せていた。
腕の中で安心しきって身を預けてくる真宵は、遠回りしてやっと手に入れた宝物のように思
えた。
これ以上ないくらいの幸福感が彼を包む。

成歩堂の胸に顔を埋めていた真宵が、ポツリと呟いた。

「なんかさ、恥ずかしいね」
「……そうだね」
「えっち、しちゃったね」
「……そうだね」

すがるようにして寄り添う真宵の耳が、真っ赤に染まっていた。

「……カラダ、大丈夫?」
「うう。まだ何か挟まってる気がするよ……。ほんとは、すっごい、痛かったんだからね……
ッ!?」
「……ごめん。……でも、キミも悪いよ」

成歩堂の言葉に真宵はさぞ心外という風に目を見開いた。

「な、なんであたしが悪いのよッ!?」
「だってさあ、普通ああいう風に言われたら初めてじゃないんだって思うだろ。それに、キミ
の年齢だったら──」
「年のコトは、言わないっ!」

口をヘの字に曲げた真宵に裸の肩をバチンと叩かれて、「いてえ!」と成歩堂は口をつぐん
だ。

正直に言えば、家元になってから、お節介な親戚にけしかけられた見合い話だって一つや二
つではなかったし、男に言い寄られたことも少なからずあった。
だが、その度に成歩堂を思い出しては“何かが違う”と比較してしまう自分がいた。
真宵の心にはいつだって成歩堂がいて、他の誰にもその存在を越えることは出来なかった。
真宵はずっと、そんな自分の気持ちに素直でいただけだった。
そして今日ほどそれを誉めてやりたいと思ったことはなかった。

嬉しくて仕方なくて、真宵はギュッと成歩堂を抱き締めた。すると成歩堂からほんの少し汗
の匂いがして、不意に真夏に証拠を探して歩き回っていた頃のことを思い出した。

なるほどくんと出会って、今年で十年か。
あの頃から、あたし、なるほどくんのコト好きだったんだよねえ……。
一緒に大概のことは経験して来たつもりだったけど、まだしてなかったことがあったんだ。

あれから何年過ぎたのか指折り数えていた真宵は、はたと気が付いた。

そう言えば……。
あたし、なるほどくんに「好き」って言われてない……。

交わっている最中、成歩堂は何度も「可愛い」だとか「綺麗だ」だとか「ずっとしたかっ
た」と言ってくれたけど、「好きだ」とは一言も言わなかった。
セックスしたからといって、必ずしも恋愛感情があるとは限らないと、真宵だって知ってい
た。

なるほどくんはすごく大切にあたしを抱いてくれた。
……けど、なるほどくんの気持ちはそれとは別かもしれないよね……。
なるほどくんは今までだって、いつだって大切にしてくれてたもん。
今更あたしを乱暴に扱うなんて、きっとしない。

つんと鼻の奥が熱くなったので、慌てて唇を噛み締めた。

でも、もう、あたし達はオトナだ。
一時の感情とかムードでそういう風になっちゃうことも、あるかもしれない。
特に、ずっとずっと一人で頑張って来て、やっと努力が報われた直後だもん。
感極まって盛り上がっちゃっただけかもしれないじゃない。

オトナなんだから、気持ちを割りきらなくちゃいけないことも……あるよね。

まあ、いっか……。

真宵は敢えて成歩堂の真意を尋ねることはしなかった。
この期に及んでも彼の本心を知る怖さもあった。
が、それ以上に今日起こったコトが全てで良いじゃないかと思える自分がいたから。
もしかしたら、生殖目的以外のセックスを知ることなく一生を終えたかもしれない自分に、
女として好きな人に抱かれる喜びを教えてくれたから。

──それで良いや。

いつの間にか、自分を納得させる術ばかりが上手くなり、かわりに臆病になってしまってい
た自分に気付いて、真宵はほんの一瞬、苦笑を浮かべた。

気持ちを吹っ切るようにむくりと起き上がって、真宵は枕元に置いた朱色の小物を手に取っ
た。
釣られて起き上がった成歩堂は、真宵の手元に目を遣る。

「──それ、家元の護符?」
「うん。なくしちゃいけないからね」

真宵は下半身こそ成歩堂のパーカーに隠していたが、上半身は裸のまま護符を身につけた。
護符の皮ひもに小さな頭を通し、首の後ろに手を入れて、髪を紐の外へと逃がしてやる。ハ
ラリと髪が背中に舞った。
清楚な雰囲気を残したまま、惜し気もなく裸体を晒して艶っぽいその仕草を見せた真宵を、
いつかどこかで見た外国の絵みたいだなあと彼はぼんやり思った。

「まだあの写真持ってるの?」
「もちろん、持ってるよ。──コレでしょ?」

差し出された写真を、成歩堂は手に取ってしげしげと眺めた。

小さな妹が割ってしまった壷を修復しようとしている姉。
仲の良い姉妹の姿を、母親か父親が収めたのだろう。
被写体の二人の表情から、カメラを向けている撮影者の表情が容易に想像出来た。

足を放り出してワンワンと泣いている写真の中の幼女は、二十数年の時を経て、成歩堂の隣
であらわになった胸の膨らみを隠そうともせずに護符の中身を取り出している。
小さな護符の中に写真やら何やらを詰め込んでいるらしく、なかなか取り出せずに悪戦苦闘
している。
中を覗きこんでみたり、指で掻き出したりと奮闘している姿は子どものように可愛らしい。

真宵は次々に発掘した中身を畳の上に広げて行く。
トノサマンのレアカードが出て来たのには、呆れを通り越して笑ってしまった。
魔法使いのような装いをした女性の写真は成歩堂も見覚えがあった。微笑を浮かべながら中
身を並べて行く真宵の横顔は、この頃少しこの女性に似てきた気がする。

そして、最後に真宵がそっと指を揃えて丁寧に置いたのが、いつか事務所で撮影した、成歩
堂と真宵のツーショットの写真だった。
まだスーツの衿に自由と正義、公平と平等を象徴したひまわりのバッジを付けていた頃の、
遠い記憶。
少し色褪せた写真が、年月の経過を如実に物語っていた。

「昔、はみちゃんが撮ってくれた写真だよ」
「覚えてるよ。……懐かしいね」
「──あたし、これにね。願掛けしてお守りにしてたんだ」

成歩堂は彼女からツーショットの写真を受け取った。
爽やかに笑う青いスーツの青年と、満面の笑みを浮かべた見習い霊媒師の少女が、懐かしい
事務所の風景の中で二人並んでこちらを見つめている。

「あの頃のなるほどくん、マスコミに好き放題言われてたじゃない? だから、そんなのに負
けるなーってね」
「……」
「……それでいつか、なるほどくんの汚名が晴れるようにって。……ずっと持ってたんだ。ご
利益あったでしょ?」
「──本当だ。さすが、家元さまだね」
「エッヘン。そーでしょ、そーでしょ? この真宵ちゃんが、朝に晩に供子さまにお祈りして
たからね」

真宵は得意気にニッコリ笑って彼の隣にコロンと寝転ぶと、もう一度「えへへ」と笑い、そ
れから小さくあくびをした。

成歩堂はそんな真宵に笑みを送ってから、再び写真に目を落とした。
もう7年か、8年くらい前だろうか。
カメラを持って来た春美に担ぎ出されて、半ば無理矢理撮られた写真だ。
端に写り込んでいるチャーリー君の背丈が今よりもだいぶ低い。
写真の中の少女が今こうして半裸で隣に座り込んでいるなんて、にわかには信じ難かった。

でも、抱いちゃったんだよなあ……。

腕の中で艶かしく悶える真宵を思い出すと、なんとも胸の中がくすぐったかった。真宵の痴
態を思い出してたちまち戻ってきそうになった昂ぶりを、ふーと息を吐いて逃が
す。

七年も、よく待っていてくれたもんだ。
これほど食べ頃の時期に、よく他の男に取られなかったよなあ……。

不意に成歩堂の脳裏に夕方真宵と話していた男の姿が過ぎった。
成歩堂を値踏みするように見た、あの目。
彼女はテレビの集金屋だと言っていたが、あれは真宵を狙っている目だったと成歩堂は思う。
男としての直感がそう言っていた。

残念だったな! 営業マン!

心の中が高笑いで満たされる。
と、同時に安堵でグズグズにくず折れそうな自分もいた。
こうやってここに来るのがあと一年でも二年でも遅かったら、どうなっていたかは分からな
い。

本当に、取られなくて良かったなあ……。

「真宵ちゃん、ぼく、キミに聞いて欲しいことが──……」

そう言いながら真宵に目を向けると、いつの間にやら彼女はウトウトとまどろみ始めていた。
成歩堂の声に意識を取り戻した真宵は、眠気を堪えているせいか舌が上手く回らず、ひどく
舌足らずな口調で言う。

「……ん、あ……? ごめん、寝てたみたい……。なんか、すごく疲れちゃったよ。……とっ
ても、眠くて……」

目を擦る真宵は、そう話す間もとろとろと寝入ってしまいそうだった。
乱れてしまっている前髪を整えてやりながら、頭を撫でた。
嬉しそうに微笑んだ真宵は、まるで子どものようだ。

真宵ちゃん、昔もよくこうやって事務所のソファーで寝てたなあ……。
よく、スーツだとか膝掛けをかけてあげたっけ。
スヤスヤ眠る真宵ちゃんの寝顔は、変わらない。
今も昔も同じように可愛い。

「──少し寝たら?」
「うん……、そう、する……」

しばらくモゾモゾ動いていた真宵がやがて静かになり、規則正しい寝息に変わるまで時間は
かからなかった。
幼く無防備な寝顔は、大泣きしている写真の幼女時代の面影を残しているのに、毛布代わり
にまとっている成歩堂のパーカーから伸びる艶かしい白い肢体とのギャップがそ
そる。
真宵のこんな姿を見ることが出来るのは自分だけだという優越感が誇らしく、心地良かった。

勝ち誇った笑みを一人浮かべながら、隣で寝息を立てる真宵に目を遣る。
かすかに笑みを浮かべたような白磁の頬をクニッとつねると、真宵は「ん……」と眉をしか
めてぼんやりと目を開けた。

「あ。ごめん……」

睡眠を邪魔されたのに、真宵は怒ることはせず、しばらくとろんとした瞳で成歩堂を見つめ
たあと、ポツリと言った。

「……ねぇ、……もうどこにもいかない……?」
「──うん、どこにも行かないよ」
「……良かったあ……」

心の底から安堵したようにヘニャッと双眸を崩して、真宵は再び瞳を閉じた。
成歩堂もゴロリと真宵の隣に寝転んで、右手に持った写真を天にかざして改めて写真を眺め
た。

待ち受ける運命など知らずに笑う、若き日の自分。
太陽の下で、光のありがたみなんて気付いていなかったあの頃の自分。

やがて待ち受ける長い闇の中で、彼は光の強さを知るだろう。

呑気に笑っているこの頃のぼくに、言ってやりたいな。
闇を照らす光はすぐそばにあるんだってことを。

成歩堂はもう一度写真を見つめ、それから何気なく裏返して思わず目を細めた。
サインペンで書かれた女の子らしい文字が、写真の裏で踊っていた。



あたしも強くなるから、なるほどくんも負けないで。
勝たなくて良いから、負けないで。

がんばれ!



倉院流霊媒道の家元が、最期まで身に付けていなくてはならない大切な護符に19歳の真宵が
込めた願い。

「──かなわないなあ、キミには。本当にかなわないよ……」

愛しさを堪えきれずに真宵を抱き締めた。
唇を合わせると、柔らかい唇がぷるんと震える。
その唇からは、相変わらず甘やかな寝息が聴こえるだけだ。

程無くして成歩堂にも睡魔が襲って来た。
あくびをかみ殺して、真宵のおでこを撫でる。
スベスベのおでこはとても撫で心地が良かった。
穏やかな真宵の寝顔は、成歩堂をも眠りの国へと誘う。

「ぼくも、少し寝ようかな……」

成歩堂はこれ以上ない優しい気持ちに包まれて、瞳を閉じた。
寝息はすぐに、二つに増えた。

──起きたら一番に、キミに聞いて欲しいことがあるんだ。
ずっとずっと前から言いたかったことなんだ。
ちょっと驚くかもしれないけれど、目が覚めたら聞いてくれるかい?

ぼくのお嫁さんに、なって下さい、って。

最終更新:2010年03月26日 22:51