注意:エロなし
・事後と事前なのでモロなエロ描写なし
・っていうか何もなし
・エロがないのに無駄に長い





カーテンの隙間から漏れる朝日の眩しさで、真宵は目を覚ました。

「・・・・・・?」

寝呆けているせいか、ここがどこなのか、何故自分がここにいるのか、すぐには判断できなかった。
目の端に成歩堂の背中が見えて、一瞬ギョッとしたものの、そこではじめて昨日の情事を思い出した。

(うあ・・・恥ずかしい)

真宵は胸のあたりまでを覆っていた布団をひっぱりあげて、頭がすっぽり入るほど奥にもぐりこんだ。
いきなり布団の位置が変わったからか、成歩堂の低い唸り声が聞こえたが、それはすぐに規則正しい寝息へと戻っていった。

真宵は、もう一度寝てしまおうかとも思ったが、頭が冴えてしまったせいか眠気はふっとんでいた。
昨晩のことは、思い出そうとしなくてもまざまざと瞼に浮かぶ。

(ううう・・・)

大好きな人と結ばれた幸福感、それだけを噛み締められるほど真宵はまだ大人になりきっていなかった。
頭が沸騰しそうな程の恥ずかしさは、行為の最中をも上回るかもしれない。

(なるほどくんが起きたら、どうやって接したらいいんだろう・・・?恥ずかしくて顔も見れないよ・・・)

それだけではない。
真宵の心の片隅には不安もあった。

さんざん痛がってしまったけど、成歩堂を傷つけてしまっただろうか。
彼は優しい言葉をかけてくれたけど、面倒くさいな、なんて思われてしまったかもしれない。
それに、ずいぶん乱れた姿を見せてしまったけれど、軽蔑されていないだろうか。
あるいは、自分とこんな行為に及んだことを後悔してはいないだろうか。

一度芽生えた不安はじわりじわりと心に巣くってしまい、数十分後には幸福感が押しつぶされてしまった。



「ん・・・あ、おはよ・・・」
「おっ、おはようっ!」

ふいに成歩堂が目を覚ました。

「・・・・・・・・・あんま眠れなかったの?」
「え?どうして・・・ちゃんと寝たよ」
「だって真宵ちゃん、眉間にシワよってるよ」

成歩堂は苦笑いをして真宵の額をそっと撫でた。

「・・・!」

真宵は頬を紅潮させて、目を瞬かせた。不安が顔に出ていたらしい。
成歩堂は上半身をおこして真宵を抱き寄せた。

「わわっ」
「ちょっとこうしててもいい?」
「う、うん・・・・・・」

成歩堂の腕にしっかりと抱きしめられながら、真宵はその胸に顔をよせた。
規則正しい心臓の音と、外で鳴いている小鳥の声が、いくぶん気持ちを落ち着かせてくれる。
成歩堂も、しっとりと長い真宵の髪を撫でながら、穏やかな幸福感に浸っていた。

ふと、その黒髪からのぞく首筋に目がいった。


(あ・・・ヤバい)

首筋と鎖骨の下あたりに、うっすらと赤い痕が数個。
痛々しく、しかし艶めかしくしるされているそれは、間違いなく成歩堂がつけたものだった。


「真宵ちゃん・・・ごめんね、首」
「え?首??」
「痕ついちゃった」
「あと?・・・あっ、ホントだ」

真宵は目を丸くしてそこに手をはわせた。気恥ずかしさも相まって成歩堂の目を見ることが出来ない。

「なんか蚊にさされたあとみたいだなぁ」
「・・・・・・まだ春先だからその理由じゃ通らないな」

成歩堂は頭を掻いた。
彼は、自分はあまり衝動的な性格ではないと思っている。
いつも冷静、とはいえないが、欲求をそのままに、後先考えずに行動する、とは思わない。
しかし、このキスマークを目の前にしては、この自己評価はあてにならなかった、とため息をつかざるを得なかった。


真宵の体から離れるのは名残惜しかったが、起床時からうっすらと感じていた空腹感が現実味をおびてきて、
成歩堂は腕をほどいた。
昨日体力使いきったかな・・・などと考えながら、成歩堂は立ち上がる。

「ぼく、朝ご飯つくってくるよ」
「えっ・・・あ、あたしも」

ベットから降りた成歩堂を追おうとして立ち上がろうとした真宵は、鈍い痛みを感じて動きを止めた。

「どうしたの?」
「ん・・・・・・・・・な、なんでもない」

成歩堂の問いに、答えが遅れた。
自分でも痛みの正体と何故痛むのかが、一瞬わからなかったからだ。
そしてすぐに理解すると、また気まずい恥ずかしさを感じて、首を横にふるしかなかった。

昨夜は、真宵にとってはじめてのセックスだった。
成歩堂が十分に前戯をし、出来る限り優しく扱ってくれたのは真宵にもしっかりわかっていたが
それでも今まで閉じていた場所をいきなり押し広げられるというのは、ずいぶんと痛みを伴うものだった。

「・・・体、大丈夫?」

それに気づいたのか、成歩堂は真宵を心配そうに見やる。

「ヘ、ヘーキだよ!」
「無理しなくていい。一人で作るから、真宵ちゃんはまだ寝てなよ」
「でも・・・」
「いいから」

無理矢理ベッドに押し戻されたので、真宵は素直にベッドの上に座り込んだ。

「ごめんね。その・・・痛くして。もっとぼくが上手ければよかったんだけど」
「え!・・・そ、そんな!なるほどくんは上手かったよ!・・・・・・いや、比較対象が居ないからわかんないけどさ!」

真宵の必死のフォローに、なんだか力が抜けて、成歩堂は苦笑いをした。

「・・・まぁ、ゆっくりしててよ」
「なるほどくん、ご飯作れるの?」
「そりゃあ目玉焼きくらいは、ね」
「ホントかな。あやしいよ」
「ぼくをみくびらないでくれ。・・・あとで後悔するぞ」

自信なさげに捨て台詞をはいて、成歩堂はキッチンへと消えた。

(は、はぁ・・・。けっこう、いつもどおりに話せたかな?目は見れなかったけど・・・)

真宵はホッと息を吐きだした。


成歩堂と話すのにこんなに緊張する日がくるなんて、思ってもみなかった。
彼の事は父親のように尊敬していたし、兄のような存在でもあった。
また、弟みたいにからかいがいがあって、同僚でもあり、そしてかけがえのない友人だった。

それゆえに想いを告げることに躊躇があった。
いまや真宵の生活の大部分は、『成歩堂法律事務所』での出来事が占めている。
つまり、成歩堂と過ごすこと、が真宵の日常であった。

好きだと言って、もしそれが実らなかったら―
日常は、きっと崩壊してしまうだろう。気まずくなって、冗談が言い合える仲には決して戻らないだろう。
そんなことは、真宵にはとても耐えられそうになかった。

そしてまた、想いが実ったとしたら―
それもそれで、真宵にとってはあまり良い事に思えなかった。
家族のようなの関係が変わってしまうのは、なんだかとても寂しい事のような気がするのだ。
それに、男と女、その延長線上に必ずある『性行為』、真宵はそれも恐ろしかった。
男性が少ない環境で育ったせいなのか、個人の問題なのか、『純情』といえば聞こえはいいが、
そんな事自分に出来るわけがないと思っていたし、成歩堂がそんな目で自分を見ると思うと腰がひけた。


しかし。
数日ぶりに成歩堂の顔を見た瞬間、そんな思いは全部ふっとんでしまった。

誘拐されていた間中、考えていたのは彼の事だけだった。
きっと助けてくれる。そう思ってカードに落書きをした。
助けてくれなくてもいいけど、それだったらアイツを有罪にしてくれる。彼は弁護士だから、とそう思いなおしもした。
そして結局、成歩堂はその両方をやってのけたのだった。

真宵は、自分のために何度も戦ってくれた目の前のギザギザ頭のこの人が、何よりも大切だと気づいたのだった。
彼に触れたい。
彼に想いを伝えて、一緒になりたい。
真宵の中で小さく芽生えだした感情は、たった少しの間で大きく大きく膨れがってしまったのだった。


(ふぅ・・・ま、こんなもんでしょ)

目玉焼きとカリカリに焼き上げたベーコンを皿の上に乗せてテーブルに置き、成歩堂は茶碗に手をのばした。
ご飯をよそいながらも、神経は隣の部屋の真宵に集中していた。

(それにしても・・・昨日は驚きの連続だったな)

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王都楼慎悟の裁判が終わったあと、やたらと元気そうに振舞う真宵が痛々しくて見ているのがつらかった。
そして昨夜、事務所を閉める際に、真宵は成歩堂に聞いた。

「今日なるほどくんち行っちゃだめかなぁ」
「え、もう10時だけど・・・何しに来るの?・・・・・・・・・っDVDなら見ないぞ!」

だいぶ前にトノサマンDVD-BOXを手に入れてはしゃいでいた真宵を思い出し、成歩堂は牽制した。

「ちっ。・・・まぁ、いいんだよそれは。そうじゃなくてね、泊まってもいい?」
「舌打ちすんなよ・・・って、え?」
「と・ま・って・も・い・い?!」

両手を胸の前であわせて、真宵はにっこりと笑った。

「な、なんで・・・?」
「え?・・・・・・えっと」
「・・・」
「ちょ、ちょっとその、寂しいかなぁ、なんて」

おどけるように照れたふりをする真宵の姿に、やっと成歩堂は誘拐の一件のが尾をひいているのだと気づいた。

(にぶいな、ぼく・・・)

しかし、そう簡単にOKを出すわけにもいかない。
男の部屋に泊まるという事の裏に何があるのか、真宵が考えていないのは明白だ。
成歩堂は困った。
自分が真宵の意思を無視して無理矢理襲ったりすることは絶対にないと言い切れるが、悶々として一夜を明かすのは目にみえている。

「だめ、かなぁ?」
「・・・いや、いいよ」

しかし今は、自分の精神の安定よりも真宵のそれの方が大事だ。
今一人になりたくないというならば、それを優先してやるのが良いことのような気がした。

「ホント?!やったぁ。じゃあDVD・・・」
「それは見ない!・・・でも一回真宵ちゃんち寄ろう。着替えとかいるでしょ」
「はぁい♪」

下心がまったくなかった、とは言い切れない。
ただ、つらい思いをしたばかりの真宵に、これ以上寂しさを感じてほしくなかった。。
それに、過度な保護欲かもしれないが、一人にしたらまた居なくなってしまうのではないかという心配で
側についていたかった、というのもある。

ただそれだけ・・・のはずだった。


ほんの数か月前なら、今、これほど動揺しているって事もなかっただろうな。
成歩堂はそう思いながら、何やら歌番組を見て口ずさんでいる真宵の横顔に目をやった。
なにせ、自分の気持ちを確信したのは、裁判中、極限の状況の中で、だったのだから。


―無罪の人間が有罪にされようとしている。
―自分の依頼人が、実は有罪だった。
これほどまでに真実がはっきりと目の前にあるのに、成歩堂には有罪・無罪の判断がつけられなかった。

真宵ちゃん・・・!

ただそれだけ、真宵のことだけが心の中にあった。
無実の人間を有罪にする事は出来ない。
しかし・・・霧緒を無罪に、王都楼を有罪にするとなると真宵の命が危ない。
もし彼女が殺されたら・・・・・・そう思うと、身が焼けるように痛く苦しく、絶望感があった。

誘拐されたのが真宵でなくても、罪のない人だったら成歩堂は同じように苦しみ悩んだだろう。
しかし、大げさではなく、この世の終わりかと思わせるほどのあの深い闇・・・絶望は、感じた事がないものだった。


(結局千尋さんのおかげで裁判の方も真宵ちゃんの命もどっちも助かったけど・・・危なかったな)
裁判から一夜明け、今さらではあるが成歩堂は安堵のため息をついた。
今の今まで、なんとなく気が張り詰めていたのだ。
成歩堂が崩れるようにテーブルに伏せると、真宵が不思議そうな顔をして隣まですり寄って来た。

「どーしたの?なるほどくん。眠いの?」
「ん・・・いや。なんか安心しちゃって・・・」
「え・・・。その、・・・あたしの事?」
「うん」

背を丸くしてテーブルに顎を乗せたまま真宵の方を見やると、彼女は成歩堂をじっと見つめていた。


「・・・なるほどくん」
「うん?」
「ちゃんと、お礼言ってなかったね。本当にありがとう」
「・・・い、いいよ。そんな事言わなくても」
「でも、でもね!ほ、本当にいつも助けられてるなぁって・・・」

真宵も、今の今まで気持ちがはりつめていた。
そんな気持ちが、彼のたった一言二言でほぐれようとしている。

ワイン庫に監禁されているときは、成歩堂を信じて泣かなかった。
裁判所で成歩堂と再会した時も、自分を心配する春美の前で泣きわめくわけにはいかなかった。
成歩堂と二人きりになっても、なかなか感謝の言葉が出てこなかった。
自分でも、何がなんだかよくわからなかったのだ。

「・・・泣いてもいいよ」

成歩堂の言葉に真宵はこくりと頷き、その胸を借りた。

どのくらいそうしていただろうか。
真宵は鼻をすすりあげて、成歩堂からはなれた。

「ごめんね・・・こっ、こんなヘンなとこ見せちゃって・・・」

めずらしい泣き顔を見ながら、成歩堂はニヤリと笑ってみせた。

「何言ってんのさ。真宵ちゃんのヘンなとこなんて見飽きてるくらいだよ」
「ど!どういう意味よっ!」
「そのままの意味」

真宵はむっと頬をふくらませたが、すぐに笑顔に戻って成歩堂のむなぐらをつかんだ。

「だいすきだよ、なるほどくん!」

成歩堂は、今聞こえた言葉と、むんずと掴まれているシャツの胸部分を見比べて、ぽかんと口を開けた。
・・・告白?・・・・・・にしてはタイミングがおかしいだろう。
それに、ケンカでも売られているかのように胸ぐら掴まれてるし・・・。

「聞いてる?」
「へ?・・・あ、ああ。なんだって?ぼくが好きって・・・・・・・・・えええっ?」
「へ、返事をね!聞きたいんじゃないよ・・・き、期待してるわけじゃないから!ただ言っときたかっただけだから!」

あわててつけたす真宵の顔はみるみるうちに真っ赤になり、成歩堂はやっと何が起こったのか理解した。

「ちょ、ちょっと待ってよ。じゃあ、何だこの手は?おかしいだろ」

成歩堂が今にも自分をひねりあげそうな腕をつかむと、真宵は更に赤くなって慌てた。

「だっ、だってね!だって・・・き、気合いを入れなきゃ言えそうになかったんだもんっ」
「なんでぼくの体を使って気合を入れるんだ!自分で入れろよ!」
「あ、そっか。へへっ」
「・・・」

告白の場となっても結局この雰囲気か・・・。姿勢を正して成歩堂は咳ばらいをした。

「本気?・・・その、ちょっと、今回の事件で、一時的にぼくをヒーローか何かだと思ってるだけとか、じゃない?」
「なるほどくんが・・・ヒーロー?・・・あははっ」

からかうように口角をあげる真宵に、成歩堂も顔が熱くなるのを感じた。

「・・・今のはナシ。でも、本当?」
「・・・ほんと。そんなに何度も聞かれたらあたしだって恥ずかしいよ・・・」
「ご、ごめん」

相手の気持ちを確認してから言うなんてなんだか卑怯に思えたが、成歩堂も真宵に気持ちを伝えようと口を開いた。
目の前で、ふられる瞬間を怖れ怯えている真宵の姿は、小動物のようだった。

「そう、だったのか。・・・返事、聞きたくないなんて言うなよ。ぼくも真宵ちゃんが好きだ」
「・・・・・・・・・うそ」
「嘘じゃない。・・・生憎、そんな事冗談で言えるキャラじゃないからね」
「・・・あたしが言ったから、無理にこたえてるんじゃないの?ほんとのほんとにそうなの?」

不安そうに揺れる瞳が愛おしかった。
成歩堂は、真宵の背中に腕をまわして引き寄せた。

「うん。ほんとのほんと。・・・今回の事件でどんなに君が大切かわかった」
「・・・し、信じられない。びっくりして死にそうだよ」
「今はそれ、あんまりシャレに聞こえないな」
「シャレじゃないよ。本当にびっくりしてるの。吐きそうだよ。・・・はぁ・・・よ、よかったぁ」

真宵はどんな状況においても出てくる言葉は真宵らしかった。
それでも、頬を染めて自分の体にぴたりとくっつく様は、いつものはつらつと元気な彼女と少し違い
愛らしく、女性らしく、成歩堂の男の部分をくすぐった。


自然と数秒唇を重ねた後に、成歩堂は名残惜しくも真宵の体を放した。

「・・・さ、寝ようか」
「一緒にねる?」
「ぶっ・・!・・・い、いや。僕はソファで寝るからいいよ」

成歩堂は飲んでいた茶をふきだしつつ、手をあげてNOという意思表示をした。
しかし真宵は首をかしげる。

「なんで?一緒に寝たらいいじゃん。せっかく一緒にいるんだからさ」
「あ、あのなぁ・・・」

本当にこの子は、どこまでわかって言っているのだろう、成歩堂は冷や汗をかきながら真宵の頭にポン、と手をのせた。

「真宵ちゃん、もうちょっと色々警戒した方がいいよ」
「ケイカイ??」
「うん。・・・あー、ぼくも男だからさ、・・・その・・・変な気分になる事だってあるんだよ。特に好きな女の子と一緒だとね」
「変な気分・・・」
「わかるでしょ?さすがに。・・・本当はこうやって男と一晩一緒に過ごすってだけで危ないんだから。
相手が僕だからいいけど、気をつけてくれよ」
「・・・で、でも・・・なるほどくんち以外には泊まらないよ!だから大丈夫」

そりゃそうだ、と成歩堂は思った。というか、そうでないと困る。

「いや、そうなんだけど・・・。ぼくだって我慢出来ないときもあるかもしれないから。だから・・・」
「べつに我慢しなくてもいいよ。・・・あたし、なるほどくんとなら何があったっていい」

真宵は、何も分からないで言っている・・・訳ではなかった。
その証拠に、驚いた成歩堂が真宵を見ると、顔を真っ赤にさせてぴん、と背筋をのばして立っていたのだから。

「・・・参ったな」
「だ!だから!・・・とりあえず一緒に寝てみよう!」
「・・・・・・何があっても知らないぞ」
「どんとこい、だ!」

そう言って、むん、と気合いを入れる真宵の肩は明らかに震えていて、成歩堂はやれやれと首をふった。

(今夜は本気で眠れそうもない・・・我慢の男だな、ぼくは)


「真宵ちゃん・・・さっきぼくが言ったことわかってる?」

電気を消した部屋の中。ベッドの上。
背中にぴたりとくっつく真宵の体温を感じながら、成歩堂は欲望とそれをおさえる理性のせめぎ合いに目まいをおこしそうだった。
真宵が頷く気配を感じる。

「わかってるよ・・・。でも、でも・・・はなれたくないんだもん、今日は」
「・・・ぼくはどこにも行かないよ」
「わ、わかってる!ぜんぶわかってるの。でも・・・」

真宵の頭から、誘拐された時の事、監禁されている時の事が消えない。

「・・・・・・・・・本当に襲うよ?」

言うつもりなどなかったのだが言葉が勝手に飛び出して、成歩堂はあわてて口を押さえた。
先程、我慢の男だな、なんてカッコつけて思った事は、意識のむこうに飛んでいったらしい。

「な、なるほどくんがしたいんだったら、あたしはいいよ」

真宵はひるまずにそう答える。

「・・・いや、そういう事はさ、自然に・・・というか、真宵ちゃんもしたいと思ってくれる時までは」

まったく忙しいな、僕の思考は。今さっき襲うなどと発した口で言う事じゃない、と内心自嘲的になりながらも
成歩堂が言いかけると、真宵は少し怒ったように反論した。

「だから!・・・っあたしもなるほどくんにさわりたい!・・・の!」
「さ、さわ・・・。さわるだけじゃないんだぞ?」
「―わかってるよ、ばかっ!」

暗がりの中でもはっきりと怯えや震えが伝わってくるのに、言葉にははっきりと意志が宿っていた。

成歩堂は起き上がって、真宵の上に馬乗りになった。
表情を読もうと努力しながら、慎重に手首をつかむ。
怖がる女の子を・・・というのは倫理に反する。しかし、音をたててくずれかけている理性は、もう元には戻らない。

「・・・本当だね?いい?ぼくは途中でやめないよ。というか、やめられない」

真剣な眼差しに、真宵の心臓は一気に高鳴った。

(なるほどくんって・・・おとこのひとなんだなぁ)

新しい発見をしたかのように、真宵に驚きの表情が広がった。
恐怖や不安は増していくばかりだったが、それよりも今は目の前のこの人だけを感じていたかった。



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「うわぁ、けっこうおいしそうだね」
「けっこうは余計。・・・まぁ、ただの目玉焼きだからね」

向かい合って座り、二人は遅めの朝食をとった。

「このベーコン!いい焼き加減だね!」
「・・・・・・無理して褒めるなよ。むなしいから」
「へへっ、ばれた?」

それでも香ばしいべーコンと温かい牛乳は、真宵の体に沁みて幸せな気持ちをふくらませた。
自然と笑顔がこぼれ、箸もすすんだ。


「良かった」
「え?なにが?」
「いや・・・真宵ちゃん、今日ずっと険しい顔してたからさ。そんなにウマそうに食べてくれると嬉しいよ」
「えっ?あたしそんな顔してたかなあ」

自覚はあったがとぼけてみせると、成歩堂は咎めるような顔をした。

「してたよ。・・・結構不安になったんだからな」
「不安?なんで?」
「いや、だから・・・もしかして昨日のこと後悔してるんじゃないだろうな、とか」
「えっ!しししてないよっ!」
「だったらぼくの目を見て喋れよ。今日一回も目を合わせてないぞ。というかそらしてただろ」
「う・・・ご、ごめんなさい。なんか恥ずかしくって・・・」

そこで真宵は今日はじめて成歩堂の目を見た。
いつもと同じ、優しい眼差しが自分を見つめている。とたんに真宵の頬に赤みが差した。

「・・・ま、いいけどさ」

成歩堂はやれやれ、と少し笑んだ。
恥ずかしさからくるものと理由がわかってしまえば、逆に微笑ましささえ感じる事が出来た。

「な、なるほどくんこそ!・・・その、後悔とかしてないよね?」
「するわけないだろ」
「・・・そ、う。へへっ、よかった」

成歩堂の即答に、真宵は今日一番の笑顔を見せた。

「なんか、不安にさせた?ぼく」
「う、ううん。いや、さ。・・・・・・あたし、なんかうまく力、抜けなくて、その・・・めんどくさかったかなぁって」
「・・・馬鹿だな。そんなこと気にしなくていいのに」

昨晩。
自分から誘った、と言っても良いくらいだったのだが、いざそれが始まると真宵は緊張でガチガチに固まった。
成歩堂がリラックスして、力抜いて、と声をかけても、なかなかうまく出来ず、真宵は激しい痛みに歯をくいしばる羽目になったのだ。


「それは・・・まだ、真宵ちゃんの気持の準備が出来てないってわかってたのに、我慢出来なかったぼくも悪かった」

いくら合意の上とはいえ、ガチガチに固まって震えている女の子と行為に及ぶというのは、あまり褒められたことではない。

「・・・ううん、いいの。嬉しかったから」
「・・・ま、だから次は、真宵ちゃんが大丈夫って思えたらにしよう。それまで待つからさ」
「うん・・・!」

成歩堂の優しい言葉にホッとして、真宵はまた箸を動かし始めた。
成歩堂もまた、やっと心から安心した様子の真宵を見てにっこりと笑みをもらす。
これからも仲良くやっていけそうだ。



初春の、まだ肌寒いある朝の事だった。

最終更新:2010年03月26日 23:08